ウィンリーエ学院 帰り道 2
盗賊に襲われるなどという予定外の事態に巻き込まれた結果、彼らをギルドへ届ける必要が出来てしまい、僕たちが今日中にお城へ帰り着くことは難しくなってしまった。
商業地区でのお買い物が済んで、もしかしたら帰る時間も出来るかと思っていたのだけれど、引き渡しの手続きに意外と時間をとられてしまった。
運ぶこと自体は、僕が全員を宙に浮かせて運んだから問題はなかったのだけれど。
(すみません、クローディア様。私どもがついていながら)
(構いませんよ。ロヴァリエ王女にも、ナセリアもフィリエも、それから騎士の皆さんにも、もちろんあなたにも怪我がなくてよかったです)
アルトルゼン様へご報告しなかったのは、おそらく愛娘が襲われたとお知りになれば、大変な事態になるだろうと予測できたからだ。
(私たちも皆さんが無事に笑顔で帰ってくることを願っています)
ただお城から学院まで見学に行くだけで随分と大事にとられてしまった。
「姫様。本日はここへお泊りになるということでよろしいですか」
オランネルト鉱山のふもと、オルトネイル工房のすぐ隣のギルドの宿に馬車を止める。
このギルドが商業地区へは一番近い場所にあるので、明日の見学も楽になるだろうと考えたためだ。
「ありがとうございます。今日は余計な手間をとらせてしまって申し訳ありませんでした」
ナセリア様がそうおっしゃって、頭を下げようとなさるので、僕たちは全力でそれをお引止めした。
「この程度の事、何でもございません。それでは、夕食の時間になりましたら、お呼びに参りますので」
僕たちはナセリア様の御前から失礼すると、僕は部屋の前の廊下に、騎士の皆さんは馬車の護衛等、それぞれの持ち場に戻った。
しかし、ずっと部屋の前の廊下に居座られているというのも、あまり良い心地はなさらないのではないだろうか。結界を展開しておけば、侵入者の発見は容易だし、ある程度の攻撃ならば防ぐことのできる結界は、僕が、或いは騎士のどなたかが駆けつけるまでの時間は稼いでくれることだろう。
もっとも、姫様方がご自身で出ようとなされば出ることは出来てしまうので、以前の事も考えると、完全に安全というわけではないのだけれど、内側からも出られないのでは、姫様方の行動を制限することになってしまうし、色々と不都合が生じる。
やはり、次からは女性の従者の方、戦闘力はなくても良いから、例えば、時間が許すのであれば、ユニスについてきてもらえると、僕としても大分安心できるのだけれど。
「ユースティア殿」
しばらくそこで立っていると、帯刀された騎士の方がいらっしゃった。
冒険者ギルドの性質上、武器の所持を禁止されてはいない。自身の命を預けるものを、身体から離すなど、常に危険に身を置く冒険者であれば絶対にしないだろう。
「どうかなさいましたか? 何か問題が起こったのでしょうか?」
部屋の中の姫様方の無事は結界の様子からも確認できている。ナセリア様も、フィリエ様も、ロヴァリエ王女もご健在で、目立った問題は見受けられない。
「いえ、そうではございません。ええっと、そうですね‥‥‥」
歯切れの悪く切り出した彼は、どうやらこちらに気を遣っていらっしゃるような雰囲気をしていらした。
「魔法顧問殿。ここの護衛は我らも順繰りで行いますので、どうぞ、ご休憩をとられて下さい。あまりお1人で根を詰めすぎますと、疲れてしまいますから」
僕自身は平気だったけれど、皆さんが気を遣ってそのように申し出てくださったことは理解できた。
「我等にも姫殿下の護衛という大役を賜らせてはいただけないでしょうか」
言い方こそそんなものだったけれど、皆さんの言葉に込められた気持ちは嘘や偽りはなく、僕を心配してくださっているようなものだった。
アルトルゼン様より賜った重要な任務だったけれど、少し休みをとった方が頭の働きも良くなるというのは事実だったので、僕は騎士の皆さんのお言葉に甘えさせていただくことにした。
「分かりました。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
気晴らしに街中でも散策されてきてはいかがですかと言われたので、街中の把握ならば魔法顧問の職に就かせていただいた際に済ませてありますと答えたら、真面目過ぎますと笑われた。
ナセリア様のお誕生日のプレゼントを用意するのに街へ出たことはあったし、ユニスに案内して貰ったりした‥‥‥あれは反対側だったっけ。
「そうか。もうすぐ、というほどでもないけれど、フィリエ様とミスティカ様のお誕生日があるのだったなあ」
ミスティカ様のお誕生日は季節を過ぎ、年を明けてからすぐだったけれど、ほとんど変わらないということには違いない。
おふたりの好みと言われても、どういったものが良いのか、お姫様の欲しがるようなものは分からない。
ナセリア様の時と同じような腕輪とも考えたけれど、同じ物でも良いのやら考えはまとまらない。
「とりあえず、街に出てから考えよう」
幸い、と言っていいのか、お給料は過剰といってもいいほどにいただいている。
ほとんど使うようなことはないので貯まる一方のお金は、おそらく買い物に困ることはないだろう。
僕は夕暮れに染まりつつある街へと1人で繰り出した。




