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ウィンリーエ学院 帰り道

 どうせ目的地はお城なんだし、帰りは飛んで帰ってもいいんじゃないの、というフィリエ様のご意見はナセリア様によって当然のごとく却下された。


「お話になりません。フィリエ、あなたはお父様とお母様をご心労で倒してしまいたいのですか?」


「大丈夫よ、ひと言念話を送っておけば済む話じゃない」


 たしかに、空を飛んで行けば、道中で起こるかもしれないトラブルなどを防ぐことは出来るかもしれないし、時間も段違いにはやくなり、今日中にお城へ着くことも可能になるだろう。

 しかし、フィリエ様とナセリア様は大丈夫だろうけれど、ロヴァリエ王女はおそらく学院からお城まで飛んで行かれるだけの魔力を未だお持ちではない。訓練次第で伸ばすことは出来るだろうけれど、今のままでは、途中で魔力欠乏に陥ってしまうだろうことは目に見えている。

 まさかフィリエ様だけで飛んで帰らせるなどということはさせられようはずもないし、かといって、僕がロヴァリエ王女のフォローをしながら飛行したのでは、万が一の事態に対応できない可能性が出てくる。


「でも、お城にある本にも書いてあったけれど、こういう風にお姫様が乗っている馬車って悪漢に襲われやすいのでしょう? そっちの方がお母様も心配すると思うけど?」


「ご心配には及びません、フィリエ様。その際は私が必ずお守りいたしますので」


 一体、フィリエ様がお読みになられた本はどんなものなのだろうかと気にはなったけれど、そんなことよりも、フィリエ様のお話に危なく瞳を輝かせられたロヴァリエ王女の方が気になった。


「ロヴァリエ王女殿下。まさかとは思いますが‥‥‥」


「い、いやねえ、まさか私が、馬車を襲ってきた悪漢を格好良く倒したいなんて思っているとかいうつもり、ですか?」


 僕は、体調は良いはずなのになぜか頭痛を感じたような気がした。

 お姫様であっても、そういった冒険がしてみたいという夢を否定するつもりは全くない。全くないのだけれど、どうも不安を拭い去ることは出来ない。


「ロヴァリエ王女。もし、万が一そのような事態に陥ったとしても、決して馬車から降りたりなさらないでくださいね」


「それは約束しかねるわ。あなた達の仕事も分かっているし、王女としての責任も感じてはいるけれど、やはり王女として悪漢を見逃すわけにはいかないもの」


 完全にやる気だった。むしろ、そういった事態を望まれているような気配すら感じられる。

 万が一の場合には、拘束の魔法を使ってでも馬車に縫い付けようと思ったところで、馬車がゆっくりと停車した。


「姫様」


 扉がノックされ、御者の方が前の窓から顔を覗かせられる。


「どうしましたか?」


「はい。実は、道の上で男性が1人、倒れ込んでいらっしゃいまして」


 ナセリア様が答えられる前に、ロヴァリエ王女が馬車を飛び出されてしまっていた。

 正義感に燃えられることが悪いことだとは言わないし、道で倒れていらっしゃる方に手を伸ばされるのは間違ってなどいないのだけれど、もう少し、ご自分の立場というか、状況を理解していただきたかった。

 人を助け起こすのに甲冑や槍、剣などを持たれるはずもなく、僕が慌てて馬車を降りた時には、すでにロヴァリエ王女は道の真ん中に蹲っていらした男性に駆け寄られていた。


「大丈夫ですか?」


 まさかロヴァリエ王女だと分かっていたはずはないのだろうけれど、結果的にはそれを話さずとも無意味だった。僕たちが乗っている馬車にはリーベルフィアの紋章が大きく描かれているし、そのような大きな馬車を持っているのは王族でしかありえないためだ。

 ロヴァリエ王女の伸ばされた手を掴んだ男性は、そのまま引き込むようにロヴァリエ王女を後ろ手に捻じりあげてしまった。


「動くなっ!」


 僕は自分が最初に出ればいいだろうからと索敵魔法を使用していなかったことを後悔した。

 いつの間にか、草むらにでも隠れていたのだろうか、同じような風体の男性が、馬車を包囲するようにじわりとにじり寄ってきていた。


(ナセリア様。私が合図を送った時には、迷わず、躊躇わず、馬車の屋根を吹き飛ばして、一直線にお城へお戻りください。そして何よりも、御身とフィリエ様の事だけをお考えください。そして、絶対に馬車の外へはお出にならないでください)


 それだけナセリア様に念話を送ると、僕は馬車の扉が絶対に開かないように固定の魔法を使用した。念のため、幻術の魔法も使用する。


「武器を捨てろっ!」


 護衛の騎士の方はじりじりと後退しながらも躊躇うような素振りをみせられている。

 武器を捨てたからといって、ロヴァリエ王女の安全が保障されるという可能性は全くない。それどころか、余計に状況を悪化させるだけかもしれない。

 しかし、


「はやくしろっ!」


 ロヴァリエ王女の首元に当てられたナイフから、一筋の赤い線が垂れる。

 まさか人質を殺すような愚かなことはしないだろうけれど、他国の姫君を傷つけたとあっては、これから先、街中を歩くことは出来ない。

 僕は振り返って、騎士の皆さんに頷いて見せる。同時に固定の魔法だけを解除する。


「よーし。お前ら、荷物を降ろせ」


 荷物はない。

 全て僕が収納して持ち歩いているからだ。


「荷物がありません!」


「そんなはずねえだろ! よく探せ!」


 非常に芳しくない状況だ。

 幻術、迷彩の魔法は誤魔化しているだけであり、実際に手探りで探されれば、気づかれる可能性が高い。感覚をさらに高いレベルで誤魔化すためには時間が足りなかった。


「お待ちください。馬車を荒らされては困ります」


 僕はやむなく、自身の収納していた荷物を取り出して見せた。


「何だ、それは! どこから出した!」


 怪しんでいる様子ながらも、リーダー格らしい男が顎をしゃくると、他の男たちが僕の持っていた荷物をひったくるようにして奪っていった。

 僕はロヴァリエ王女の様子を窺う。

 ロヴァリエ王女も魔法をいくらかは使えるようになっていたけれど、細かいコントロールはまだ苦手とされている。たとえば、自身の首に当てられているナイフと身体の間に障壁を展開するといったような。

 そして、僕もそのように魔法を使用するために動くことが出来ない。

 ナセリア様達の乗っていらっしゃる馬車にかけている幻術を疎かにするわけにはいかないし、事態のこれ以上の悪化を防ぐために、魔法を使う余裕は持っていなければならない。


「どこからと言われましても、その辺の空間からとしか申せません。私自身もこの魔法の詳細は分かっていないので。使えはするのですが」


 何とか引き延ばして、相手をイラつかせて、馬車ではなく、僕に注意が集まるように仕向ける。

 おどけたような仕草を見せた僕に、賊の1人が、ふざけるなと殴りかかってくる。

 大人しく殴られるつもりはないので、その場で半身になって拳を躱すと、他の男にぶつかる様に軽く背中を押してやり過ごす。


「おい、てめえ、避けるんじゃねえ。こいつがどうなってもいいのか!」


「人質は生きているからこそ意味があるのですよ。そして、その人も僕の制止を聞かずに真っ先に馬車から降りられたのです。覚悟はおありでしょう」


 僕はロヴァリエ王女の瞳をじっと見つめた。恐怖の色も映ってはいるけれど、それ以上に僕に対する非難が窺えた。


「学院での授業をよく思い出してください。出来るはずです。たとえ密着しているとしても、ご自身の身を護るために必要なことはお教えいたしました」


 苦手でも、出来なくても、やっていただかなくては困る。

 一瞬で良いのだ。この距離ならば、一瞬、ロヴァリエ王女が障壁を展開してさえくだされば、その隙に距離を詰められ、あの刃物を握り込むことが出来る。

 そうすれば、ある程度、ほんのわずかでも動揺を誘えるはずである。

 それで動揺しないような相手であれば、そもそも人質をとるのにこんな杜撰な方法をとったりはしない。

 相手がこちらの想像を超えて愚かな策を練ってきたのでない限りは。


「誰がしゃべっていいと––」


 そう男がロヴァリエ王女の首元からナイフを外した隙を逃しはしない。

 身体強化と、加速魔法を使用して、1歩で間合いを詰めると、目を見開く男が腕を引くよりも速く、その手のナイフを握り込む。柄ではなく、刃の部分を、である。

 

「何してんだお前っ!」


 この程度で慌てるようなら最初から刃物なんて振り回すんじゃない、と思ったけれど、こちらにとっては好都合。

 掴んだナイフを根元から折り、反対の手でロヴァリエ王女を、失礼だけれど、弾き飛ばした。

 そのまま無言で男の鳩尾に肘鉄を入れる。危なかろうが、そんなことは知ったことではない。


「制圧してください!」


 呆気にとられたように固まっている騎士の皆さんに向かって大声をあげる。

 兵の練度だけを考えれば、相手も多少はやるのだろうけれど、ほとんど相手にはならなかった。


「ナセリア様! フィリエ様! ご無事ですか!」


 即座に馬車の扉を開けて幻術を解除する。

 ナセリア様とフィリエ様は硬く手を握り合っていらした。


「申し訳ありません。全ては私共の失態です」


 即座に盗賊を縛りあげられた騎士の皆さんと一緒に地面に膝をつき頭を下げる。

 

「頭を上げてください。全ては過ぎたこと、そして問題は––」


 ナセリア様の視線がロヴァリエ王女の首元へと向けられる。

 僕はロヴァリエ王女の怪我を即座に治癒した。そして、この王女様にはひと言どころではなく、言っておきたいことがまた増えてしまった。


「ロヴァリエ王女! ご無礼を承知で申し上げます! 何故、私の制止を振り切って出て行かれたのですか!」


「だって、道の真ん中で人が倒れていたのよ。普通は助けようと駆け寄るものでしょう。一刻の猶予もないのかもしれないし」


「なるほど、立派なお心がけです。しかし、あえて言わせていただきますと、仮にその一刻の猶予も許さない状況だったとして、貴女に何か出来ることはあったのですか?」


 自分のことになってしまうけれど、僕であれば治癒の魔法も使えただろう。騎士の皆さんであれば、抱き起されることも出来たのかもしれない。

 しかし、ロヴァリエ王女が、心意気だけで、何か出来ることはあったのだろうか。


「同乗されていらっしゃる姫様方のことをお考えにならずに、私の忠告を無視された結果が、先程の状況です。偶然、何とか収めることが出来ましたが、御身に迫った危険は十分にご理解いただけていると思います」


 結果的に助けられたとか、死傷者が出なかったとか、そういったことは全て運が良かっただけに過ぎない。彼らがもっと過激であれば、即座にロヴァリエ王女の首が落とされていたという可能性も考えられる。


「正義感を持たれることが悪いと申し上げているのではございません。ただ、もう少し、我々を信頼していただけますか」


 信頼して欲しいなどと、よくもまあ僕の口から出たものだ。

 そう思いつつ、僕はロヴァリエ王女の前で膝をつき、先程ナイフを握り折ったのとは逆の手で、彼女の手を取った。


「貴女に、御身に大事がなくてよかったです」


 ロヴァリエ王女はお顔を赤く染められて、ごめんなさいとおっしゃられた。

 ロヴァリエ王女を馬車までお連れすると、騎士の方が賊を縛り終えられたので、僕たちはギルドへ寄ることにした。

 

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