ウィンリーエ学院 12
食堂にいらっしゃるフィリエ様とロヴァリエ王女のお姿はすぐに見つけることが出来た。
というのも、食堂の一角には人だかりが出来ていて、魔法を使ってお探しするまでもなかったからだ。
「どうなさいますか、ナセリア様」
元々は食堂へ来てからフィリエ様とロヴァリエ王女に合流する予定だった。
しかし、ただでさえあれだけの注目を集めていらっしゃるのに、今から僕たちまでもがあの輪の中に混ざってゆけば、余計に注目を集めてしまい、さらに食事をし辛くなってしまわれるのではないだろうか。
「仕方がありません。2人と合流するのは諦めて、私たちは別の––」
ナセリア様は少しばかり頬を染めておっしゃられたのだけれど、直後にわずかに裂けた人の輪の中からフィリエ様の元気なお声が聞こえてきた。
「お姉様、ユースティア、こっちよ」
視線が一気に僕たちの方へと向けられるのが分かり、ナセリア様が小さく溜息をつかれた。
フィリエ様とロヴァリエ王女の前の机には、パンとサラダ、赤いスープにハンバーグが並べられていて、半分ほど食べ終えられたところらしかった。
「身体を動かしたらお腹が空いちゃって」
流石というか、当然というべきか、フィリエ様も、ロヴァリエ王女も、清楚な食べ方をなさっていらっしゃるけれど、持っているフォークを動かす速度は大分お早い。
食欲がないよりは、ある方がずっと良い。僕とナセリア様が食事を購入してくる頃には、おふたりともすでにお皿を空になさっていた。
午前中はずっと本を読んでいただけだったとはいえ、お腹が空いていないわけではない。
ナセリア様は、焼き魚とすり下ろした大根にたれをかけたものを丁寧にほぐされながら、静々と小さなお口に運ばれていた。
「それでね、それでね、あたし、今日はなんだか昨日までより、ずっと上手くできるようになっていた気がしたの」
フィリエ様は興奮したご様子で、今日の授業の内容を楽しそうに語ってくださった。
「ロヴァリエ王女との勝負にも勝ったんだから」
フィリエ様が、褒めて、とでも主張されるように小さなお胸をはられると、ロヴァリエ王女がすぐさま口を開かれた。
「だからもう1度勝負しましょうって言ったのに、勝ち逃げなんて」
「あら、あたしは逃げていないわ。ただ、運悪く昼食の時間が来ちゃっただけじゃないの」
フィリエ様とロヴァリエ王女の間では火花が飛び散っていらっしゃるようで、フィシオ教諭がいらっしゃれば、是非とも内容をお尋ねしたかったところだったのだけれど、残念ながら、食堂にフィシオ教諭のお姿はお見受けできなかった。
それはそうと、フィリエ様とロヴァリエ王女が打ち解けられていらっしゃるご様子なのはとても喜ばしいことのように思えて、ナセリア様もそんなおふたりのご様子を微笑んで見ていらしたので、僕も何だか嬉しい気持ちになった。
フィリエ様とロヴァリエ王女とでは、多少年齢に開きがあるけれど、こんな風に争い、競い合える相手がいるというのは良いことだと思うし、それだけでもこの学院へ来た意味はあったと思う。
「だったら、お昼が終わった後、もう1度勝負よ」
「フィリエ様、午後にはこの学院を出立しますから、学院ではそのお時間をとるのは難しいかと」
やる気に水を差すのは大変心苦しかったけれど、あまり遅くならないうち、出来れば夕方に差し掛かる前にはギルドについていたい。
午後の授業の事を考えると、フィリエ様とロヴァリエ王女が対戦する余裕はないようにも思えた。
「えー」
案の定、フィリエ様は不満そうな声を上げられた。
フィリエ様もロヴァリエ王女も、まだまだ元気そうではいらっしゃるけれど、特にフィリエ様はご自身が感じていらっしゃらないだけで疲れも溜まっていらっしゃるだろうし、無理をされて、倒れられては大変だ。
「ユースティアはあたしを見くびり過ぎじゃないかしら」
「いえ。この後は馬車にも揺られます。今日は近くのギルドまでですので大丈夫かと存じますが、予期できないからこそ、不測の事態と呼ばれているのです。もちろん、私が全力でお守りいたしますが、何卒。その代わり、お城へ戻りましたら、私がいくらでもお相手を致しますので」
フィリエ様はしばらく僕の事を見つめていらしたけれど、やがてわかったわと深く座り直された。
「ねえ、その代わりと言ってはなんだけど、お母様とお父様、お兄様とミスティカ、レガールにお土産を買う時間はあるかしら?」
「おそらく大丈夫ではないかと。ナセリア様も書店に立ち寄られたいとおっしゃられていらっしゃいましたので、そういうことでしたら、明日の帰る道を商業地区を通る様に変更していただけるよう、私の方から伝えておきます」
フィリエ様は納得されたようなお顔で、飲み物に手を伸ばされた。
◇ ◇ ◇
「2日間もお邪魔させていただき、誠にありがとうございました」
昼食を終えて、僕たちは学院長室へと、エルトリーゼ学院長に挨拶へ窺った。
「こちらこそ、姫様方、それに魔法顧問殿にいらしていただいて、とても励みになったようですから」
そう感じていただけるのは、大変名誉なことなのかもしれないけれど、僕としてはそれほど大きな事をしたわけではないと思っている。
僕が生徒の皆さんに上手に教えられたという自信はなかったし、あの場では生徒の皆さんも、フィシオ教諭も感謝を告げてはくれたけれど、所詮は魔導書に載せたことの演習に過ぎない。
「そうではありませんよ。ここへ入学、とくに魔法学科へ入学してきた生徒は、こう申しては何ですが、少し自信家過ぎるところがありましたから。ユースティア殿が編纂された魔導書が出回って以来、それまでとは本当に生徒の皆の目の色が変わっていたのですよ。そのご本人に来ていただけたのですから、それはとても生徒たちにとっては嬉しいことだったに違いありません」
どうやら感謝されているらしいというのは分かった。
こちらこそ良い勉強になりましたと頭を下げた僕の隣では、ナセリア様が嬉しそうな表情を浮かべておられ、フィリエ様は当然ねとでもおっしゃるようにやはり得意げなご様子だった。
「ありがとうございました、エルトリーゼ様。私も良い勉強になりました。帝国へ戻ったら、この学院で得たものはきっと反映させていただきます」
ロヴァリエ王女がそうおっしゃられると、エルトリーゼ学院長も、同じように、リディアン帝国の学院の話などを尋ねていたようで、こちらもお話し、伺ったことは今後の学院の授業に組み込んでまいりますと、頭を下げられていた。
「本当にありがとうございました。またいずれ参らせていただくこともあるかと思いますが」
「お待ちしております」
午後の授業を馬車の中から窺いつつ、僕たちは学院を後にした。