ウィンリーエ学院 7
生徒たちの動きは活発で、とても魔法学科の生徒とは思えなかった。
というのも、僕のリーベルフィアの王城に仕えていらっしゃる魔法師団のような魔法師の方に対するイメージでは、魔法師というのは肉体的な能力よりも、魔法の技術の研鑽や魔法の深淵を探らんとする探求心に溢れた方ばかりだったので、あまり運動が出来るというイメージを持っていなかったためだ。
魔法によって身体能力を強化することも出来るし、肉体的な能力に劣っていても、鍛えた戦士の方やモンスターの侵攻などに対抗できるように魔法の鍛錬を行っているのだろうけれど、眼下で繰り広げられているようなはつらつとした動きは見たことがない。
もっとも、僕はこの国に来てから、ほとんどお城の魔法師団の方しか魔法を使える方とは接触していないので––当然、姫様、王妃様は除外して––彼らの方が特殊なのだという可能性も否定できないのだけれど。
「ユースティア殿は参加されなくてもよろしかったのですか?」
フィシオ教諭が僕の事を気遣われていらっしゃるような眼差しで見つめられていた。
「私は教える側の立場ですし、私が参加してしまっては勝負にならないでしょうから」
いくら王室魔法顧問という肩書を持つからとはいえ、年下の子供にやられて面白いはずもないだろう。
少しばかりここの生徒の授業を見学し、姫様方に魔法を教えている僕だからこそ自信を持って言い切ることが出来るけれど、この戦い、このルールの下では、ここの生徒にナセリア様達が酸化なさったところで、僕1人だったとしても、おそらく勝ちは動かない。
「自信がおありなのですね」
「信じられませんか?」
フィシオ教諭の瞳を横目でちらりと窺う。
そこにはほんのわずかだったけれど、疑いの色が浮かんでいた。
「‥‥‥大変申し上げにくいのですが、失礼を承知で申し上げます。私にもあなた様と同じか、少し上の年頃の子供たちがおりますが、これがとても可愛くて、目に入れても居たくないとはまさに‥‥‥話が逸れました」
フィシオ教諭は咳払いを一つされると、空中で留まられたまま、丁寧に腰を折られた。
それは決して子供に対するものではなく、目上の人に対するような、非常に敬意の込められた礼だった。
「失礼を承知で申し上げます。コーマック前魔法顧問殿は私たちのようにこの国で魔法を志すもの全ての憧れでもありました。彼に勝ったというその魔法のお力を、一片だけでも私にお見せいただくことは出来ませんでしょうか」
僕の知る限りのコーマック前魔法顧問殿は憧憬を抱かれるような方ではないと思っていたのだけれど、そうやらこの国に暮らしていらっしゃる皆様の意見は大分違うようだった。
一片だけと言われても、彼––コーマック前魔法顧問様と戦った時に使用した魔法は数種類程度、しかも、飛行の魔法をのぞけば、威力やその他は別にしても、それ程珍しい魔法というわけでもない。
その時点ではどうだったのか知る由もないけれど、少なくとも今では魔導書に全て記載されている魔法しか使用してはいない。
「それはもちろん構わないのですが‥‥‥。お知りになりたいのは、魔法の種類ですか、それとも発動までの時間ですか、それとも威力もしくは強度などに関する情報ですか、効果範囲、或いは精度でしょうか?」
ただ魔法を見たいとおっしゃられても、具体的な内容が分からなければ、どっちつかずの魔法になりかねない。
知りたい情報に合わせて、分かりやすく解説する必要があるのだろうから。
「1度で全て知りたいなどと、傲慢な事を言うつもりはございません。ただ、私と立ち合っていただけないでしょうか?」
僕が生徒たちの戦いへと目を向けると、フィシオ教諭もそちらへ顔を向けられた。
競技場は全て結界に収めているため、異常などがあればわかるけれど、今のところ大した問題は起こっていないようだ。
降参した、或いは討ち取られたと自身で判断された参加者はフィールドの隅の方に自発的に避けていて、同じく負けを受け入れた生徒とおそらくは反省点などを話し合っているのだろう光景が目に映りこんできた。
ナセリア様とフィリエ様、それにロヴァリエ王女は未だに生徒に混ざって、魔法をとばしていらした。
「承知致しました。おそらく、この実践訓練が終了すれば今日の授業は終了ですよね?」
フィシオ教諭が頷かれる。
「では、その後、疲れていらっしゃるだろう生徒の皆さんが寮へ引き上げなさってから‥‥‥というのは難しそうですね」
僕の姫様方への授業の際に集まっていらした生徒の皆さんの事を考えるに、僕とフィシオ教諭が立ち会うとなれば、当然それを見学しようとされるだろうというのは容易に想像がついた。
フィシオ教諭と手合わせをするということは、その間姫様方の護衛が若干疎かになるということを意味するのだけれど、生徒の皆さんが周りにいてくださるのであれば、言い方は悪いけれど、有事の際、壁になってくださることだろう。
「‥‥‥承知いたしました。魔法の発展のためとあれば、僕自身でも望むところです」
嘘や欺瞞も、重要な場面というのは存在する。
姫様方、特にナセリア様は、誤魔化されたり、黙っていらっしゃることはあっても、嘘をつかれることはないだろう。
それはとても高潔な生き方で、憧れる気持ちもあるけれど、僕には決して出来ない生き方だと理解している。
魔法の発展を願っているのは本当だけれど、わずかにでも姫様方の護衛に支障をきたす可能性のある出来事は避けるべきだと、理性では訴えかけてきている。しかし、感情の面では、コーマック元魔法顧問殿以来のまともな決闘ということに期待を寄せているのも否定は出来ない。
感情ではなく理性で動くのが正しい従者としての在り方だ。
一時の感情に流されて、大事な、国王様より信をもってお預かりしている姫様方を危険に晒すなど、愚の骨頂だ。
しかし、その一方で、姫様方の、この学院に習えば教師の役割を任されている僕は、姫様方に見本を見せるのも重要であると告げてきている。
実践の中から学ぶこともある様に、他人の戦いを見て学ぶこともあるかもしれない。
「分かりました。しかし、これだけはお約束ください。決して姫様方に害をなすことのない、あなたが完全に信頼している、この学院の教師の方を、僕の代わりに姫様方の護衛に、最低でも2人はつけてください」
僕がそう頼むと、フィシオ教諭は頷かれて、服から取り出されたメモにさらさらと書き込まれると、それを折って空へと放たれた。
パタパタと折りたたまったメモは、風を切るように飛んでいった。
「エルトリーゼ学院長に立ち合いを依頼致しました。よろしかったでしょうか」
少し下を見ると、はらはらとしたご様子のエルトリーゼ学院長の手の中に折りたたまれたメモ用紙が緩やかに落ちていくところで、それを開き、読み終えたらしいエルトリーゼ学院長の顔が僕たちのいる宙へと向けられた。
「他の方はどうなさるおつもりですか?」
聞いた直後、エルトリーゼ学院長が校舎の方へ向かって馬車を走らされた。
そんな話をしている間に、学生の皆さんの訓練は一応の決着を見たようで、フィリエ様が高々と誇らしげに国旗を掲げられていた。
「理解致しました。フィールドはこのままこの場所を使用するということで構わないのでしょうか?」
「いえ。できれば、純粋な魔法だけでの勝負にしたいので、元の平坦なグラウンドに戻すつもりです」
戻す、つまり壊したり分解したりして現在の渓谷のような情景を破壊するだけならばさほど時間はかからない。
というよりも。
「––いらぬ心配でしたか」
訓練の終了と同時に、魔法で形成したフィールドは光の塵になったように消え去っていた。




