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ウィンリーエ学院 6

 ここでいうところの実戦とは、戦争という意味ではない。陣地を分けて、相手の国旗を奪取するか、破壊するかという戦いだ。

 実践訓練であるため、もちろんどのような行為にも反則はつかないけれど、あまりにも悪質、危険すぎる魔法や攻撃に関しては、僕やフィシオ教諭が止める手はずになっている。

 くじ引きによりチームを分け、それぞれ50人ずつ程度の軍に分ける。

 偶然というか、姫様方は、ナセリア様とフィリエ様、そしてロヴァリエ王女という具合に、リーベルフィアとリディアンで分かれられた。


「それではこれより舞台となるフィールドを形成しますが、フィシオ教諭、ここの土地は弄ってしまっても構わないものですか?」


 訓練に使われている競技場は、現在、何の障害物もない平坦な土と草のグラウンドだ。

 実際の戦闘では、平野でぶつかりあうのではない限り、このような戦場はあり得ない。

 例えばリーベルフィアが他国と戦争をすることになるとして、主な戦場となるのは他国との国境線であるリリエティス川、ムーオの大森林を含むオランネルト鉱山、或いはヴォーレン湖付近となることだろう。

 ヴォーレン湖付近、東側のラノリトン王国との国境に限れば割と平地も多いのだけれど、平地での訓練は普段の授業や訓練でも慣れているのだろうし、普段暮らしている土地も平地が多いのだからさほど問題はないだろう。


「勿論です。魔法で土地を改変なさるというのですね。私どもも数人の教師が一緒になれば出来ないこともないのですが、お手並み、拝見いたします」


 了承を得た僕は、競技場の一部を岩山へと改変した。

 流れる川の水は、地下をループさせることで、こちらから水を供給し続けずとも、いくらでも沸き、流れ続ける。

 双方の陣地の前は森林地帯を形成しており、隠れたりするのにはもってこいの場所だろう。


「こ、これは‥‥‥、なんという、これほどの魔法を、いや、これは魔法なのでしょうか‥‥‥」


 フィシオ教諭はあんぐりと口をお開きになっていらして、生徒の皆さんの方からも呆気にとられているような雰囲気が伝わってくる。


「落ち着いてください」


「落ち着いて!」


 左右に分かれた陣地から、ほとんど同時に手を叩いたような乾いた音が聞こえた。

 僕は邪魔にならないように、そして危険があれば即座に参上できるように、フィシオ教諭と一緒に空から見ていたのだけれど、何やらナセリア様とフィリエ様が先頭に立って何かお話になられていて、反対側では、戸惑っていらっしゃるご様子ながらもロヴァリエ王女が生徒の前に出ていらした。

 しばらくすると両軍から元気の良い叫び声があげられた。


「危険だと判断した場合にはこちらで、私とフィシオ教諭とでお止めしますので、まずは全力で相手の旗を奪う、もしくは破壊することを目指されて下さい」


 フィシオ教諭の合図で、双方、守りと攻めのバランスを考えられながら、徐々に進軍を開始している。

 予想通り、ナセリア様が自軍の旗の守りにつかれていらっしゃるのに対して、フィリエ様とロヴァリエ王女は自ら先頭に立たれて、早くも森林地帯へと侵攻なさっていた。


「フィシオ教諭」


 僕は食い入るように眼下の戦場を眺められていらっしゃるフィシオ教諭にお声をかけた。


「な、何でございましょうか」


 教諭の声にはわずかに怯えが混ざっていて、その眼は何か別のモノでも見るかのように、恐怖や、或いは不安といった感情が渦巻いていらした。

 魔導書にも一応掲載されているとはいえ、このように地形を変更するような魔法は、姫様方にもお教えしてはいない。膨大、というほどでもないけれど、かなりの魔力を消耗するし、魔力で無理やり誤魔化すのではない限り、必要とされる想像力もまた桁が違うものだからだ。

 もちろん、ナセリア様が音楽や美術、その他芸術に携わっておられ、想像力も人一倍あるのだろうことは、普段の授業からでも分かって入る。 

 しかし、いくらナセリア様といえども、まだ10歳の女の子であるという事実は変わらない。

 万が一、倒れられたり、もっと他の重大な、或いは未知の現象に悩まされるという不安が払拭できない限り、無茶や無謀を犯すべきではない。

 僕は授業をしているのであって、不退転の戦場のど真ん中で作戦を練っているわけではないのだから。


「それほど身構えられないでください。少しお話をしようと思っただけなのです」


 僕がおそらく、この国の魔法師として最高の栄誉をいただいているとはいっても、所詮はまだ、何歳なのかは分からないけれど、せいぜいがフィシオ教諭の半分すらも生きてはいない子供であるという事実は変わらない。

 書物からは得られないような、魔法に関わるものではなくとも、長く生きてこられた尊敬するべき先人の方に話を聞かせていただきたかっただけなのだ。


「私もこの魔法顧問、そして若様、姫様へ魔法をご教授するという役職についてから、自分なりに学んだり、人に尋ねたりはしているのですが、現職の方の意見もお聞きしたいと思いまして」


 フィシオ教諭はこのウィンリーエ学院で長い間教師をなさっているということなので、教師としての指導方法など、僕にはない、そしておそらくは書物などには乗っていない、現場での経験を生かした指導方法というのもあるはずだ。


「私などの意見でよければ喜んでお教えいたします」


 フィシオ教諭は少し驚かれたご様子だったけれど、すぐに表情をやわらげられて、先程までとは違う、僕が初めて働きに出かけた時に色々と教えていただいた職人の方と同じような表情を浮かべられた。


「その代わりと言うわけではないのですが」


 遠慮がちな、フィシオ教諭のおっしゃりたいことは聞くまでもなく分かっていた。


「もちろん、魔導書に関することでも、魔法に関することでも、私に答えられることでしたら、出来る限りお答えいたします」


 僕たちは戦いの様子を眺めながら、互いに意見を交換し合った。

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