ウィンリーエ学院 5
石をある程度集め終えると、適当な距離になるまで離れていただいた。
「姫様。これから私が言うことを、よく聞いていてください」
本来であれば、臣下として、或いは姫様を護る剣や盾としての役割を果たさなければならないのだけれど、これだけは最初に言っておかなくてはならない。
ナセリア様、フィリエ様、ロヴァリエ王女の視線が僕に集まっているのを確認しつつ、僕は深呼吸をした。
「これから身を護るための、もしくは相手を倒し、制圧するための、戦闘に関する魔法を学んでいただきますが、最初の指導を終えた段階で手加減の類は一切致しません」
これは武術にも通じるところだけれど、中途半端に覚えるのが最も危険だ。
はっきり言ってしまえば、今まで姫様方の身に危険が及んだとして、無事でいられたのはこの世界の魔法のレベルの低さが主な原因だ。
本当のところはどうかわからないけれど、ナセリア様が襲われたのだって、1度や2度ではないかもしれないし、それでも無事でいらっしゃるのは、ご本人の魔法の実力もそうだけれど、相手の練度の低さ故、魔力の大きさで圧倒出来たというところが大きいのだろう。
しかし、自慢ではないけれど、僕たちが編纂した魔導書が出回ってしまった以上、本当に危険と思われる極一部の魔法を除き、多くの魔法師が同じ魔法を使え、知識を得たことになる。
その結果、相手が1人ならばまだしも、複数人で来られては不覚をとられる可能性を否定できない。
「もちろん、構わないわよ」
「望むところです」
しかし、そんな心配は無用だったようで、フィリエ様も、ロヴァリエ王女も、やる気十分の返事をしてくださった。
ナセリア様は、相変わらず静かに頷かれただけだったけれど、おそらく心配はいらないだろう。
姫様方が今までの魔法の授業でも真剣ではなかったり、集中を乱されたりしたことはない。
あと心配だったのは油断や過信だったけれど、とりあえず、今のところ姫様方の瞳にその色は映っていなかった。
「分かりました。では、始める前にまず、出来るだけ強固なシールドを張ってみてください。範囲は出来る限り小さく、その代わりに強度をあげてください」
本当は小石程度の1点に集中するべきシールドを展開する場面はそうそうないのだけれど、初めてのシールドだ。下手に分散された魔力での強度ではこちらの攻撃に耐えられない恐れがある。というよりも、おそらくは耐えられない。
「では、参ります。もし、お怪我をなさった場合、今の訓練の段階で治癒魔法を乱用いたしますとご自身の身体の免疫機能が低下する恐れがありますので、痛みを抑える魔法しか使いませんので、その点ご注意ください」
僕は姫様方と一緒に集めた小石を拾うと、3つ同時に浮遊の魔法で宙に浮かせて、一気に加速させて押し出した。
僕が指示した通り、姫様たちのシールド範囲は狭く、僕の方がコントロールに失敗すれば、姫様方の衣服、そして柔肌を切り裂いてしまうことだろう。
出来るだけ少ない質量体で分かりやすく危険度を認識してもらうために小石を選んだのだけれど、これだけの魔力を込めて飛ばせば十分な殺傷力を持つ。
どうやら小石は僕の狙い通りに飛んでゆき、姫様方のシールドの丁度中心に激突した。
しばらく空中に留まりながらシールドとせめぎ合いを演じていた小石は、やがて力尽きたように地面に落ちていった。
「お見事です。こちらも割と本気で飛ばしたのですが、上手に防がれましたね」
「当然よ。これは前から習っていたもの」
フィリエ様は小さなお胸を張られて、得意げに勝ち誇った顔を見せられた。
「一応、威力の方では問題はなさそう、ということですね。では、どんどんゆきます。次第に数を増やしますので、ご自身の判断で、シールドの限界を見極められて、フィールドの方へ移ってください」
次には10個づつ程度、つまりは30程の小石を宙に浮かせる。
対象が増えれば、当然制御も難しくなるのだけれど、30個程度であれば全く問題はない。1000とか、10000とか言われると、流石に少し自信もなくなるのだけれど。
「では参ります」
範囲が広くなればシールドの強度も下がるのと同様に、対象が増えれば攻撃する魔法の方も威力だったり、精度だったりに若干の加減も入る。
つまり、これから飛ばす小石群それぞれの威力は、先ほどの1つで飛ばした小石よりも若干落ちるはずだ。
雨のようにとはいかないけれど、降り注ぐ小石群を姫様方のシールドは見事に防ぎきった。
次には一方向からだけではなく、あらゆる方向から同時だったり、少しずつタイミングをずらしたりして小石を飛ばしてみる。
「くっ‥‥‥このっ‥‥‥きゃっ!」
やはり見えていない範囲、特に後ろからの攻撃には隙が出来やすいようで、フィリエ様はその場で身体の向きを変えたりされながら、必死にシールドを展開されていた。
ロヴァリエ王女はさらに大変なご様子で、すでにその場でダンスでも踊られるように身を翻されながら、ご自身の身体に向かってくるものだけを正確に防御なさっていた。それはそれで見事なものだけれど、練習の意図からは少しばかりずれている。もっとも、本人を護るための魔法なので、結果としてご自身が護られれば、それで構わないのだけれど。
そんな中、ナセリア様はその場から全く動かれずに、静かに佇んでいらした。
どうやら結界の魔法を併用なさっているご様子で、自身の数メートル内に入った小石を捕捉されているらしく、背後からの攻撃も一定距離に近付くとその場で撃ち落とされるように、地面に落ちていく。
常にフィールドを展開していれば、その威力を越えない限りは死角なく攻撃を防ぐことは出来る。
「そうか、そっちに移行すれば良かったのね」
フィリエ様とロヴァリエ王女も気づかれたらしく、やがてナセリア様と同じように、その場から動かずに防御なさることに成功された。
「見極めは重要です。ご自身の認識力を上回る数に対して、即座に切り替えれば、無駄な体力や魔力を出来る限り消耗せずに済みます」
「もう1度よ、ユースティア」
フィリエ様の瞳はやる気に満ち満ちていらした。
ロヴァリエ王女も、少しばかり考え込んでいらしたご様子だったけれど、お顔を上げられて、力強く頷かれた。
「では、また1個から始めますので、しっかりと見極められてください」
姫様方の返事を聞いて、僕は再び投石を開始した。
◇ ◇ ◇
しばらく繰り返すうちに、姫様方もシールドの切り替えと、展開の仕方が大分つかめてきたご様子だった。
最初こそその場でステップを踏まれることが多かったけれど、時間が経つにつれて、動く範囲も小さく、シールドやフィールドを突き抜ける小石も少なくなっていった。
「では、次に捕獲系の––」
捕獲系魔法に移ろうとしたところで、何やら周りが騒がしくなっていることに気がついた。
今まで訓練に集中していたため気付かなかったけれど、どやらお昼の休憩を終えた学生の皆さんが戻って来られていて、大道芸の見物でもするかのように僕たちを中心とした輪が形成されていた。
「––移る前に少し場所を移動いたしましょう。ここでは皆さんのお邪魔になってしまいますから」
僕はそう言って移動しようとしたのだけれど、フィシオ教諭に引き留められてしまった。
「ユースティア殿、そして姫様にも失礼を承知で申し上げたいのですが、何卒、この場で続きをなさってはくださいませんか」
「しかし、それでは皆さんの授業のお邪魔になってしまうのではないでしょうか」
しかし、生徒の皆さんは僕たちの周りに、決して邪魔にはならないような遠くに円を作っていらして、どうやらこの場で見学されるつもりらしかった。
「復習という意味でも、書に載っていない詳しい解説までいただけて、生徒の理解も深まります。決して迷惑にはならぬよう、静かな見学を徹底させますので、何卒」
そう深く頭を下げられてしまった。
「あちらが構わないといっているのだから、いいんじゃないの」
「フィリエ様」
そうはいっても、実戦に勝る訓練はないはずだし、何となく気が引ける。
僕はこちらを見ている100人ほどの学生を見回す。
「‥‥‥では、こう致しましょう。生徒の皆さんにも協力していただいて、より実践に近い形での訓練に致しましょう」