ウィンリーエ学院 4
お昼の後の休憩時間、生徒のいなくなった競技場で、先生方に許可をいただいて僕は姫様たちに今日の分の魔法の授業をしていた。
それは本来の僕の仕事にも入っていたし、昨日は移動で潰れてしまって休んでしまったので、もし使用させていただけるのなら、と尋ねてみたところ、許可をいただくことができた。
「ねえ、ユースティア。あたしもここの学生のように戦ったりしてみたいわ」
移動と見学ばかりで元気の有り余っていらっしゃるご様子のフィリエ様は、どうやら先程の授業に随分と感化されていらっしゃるご様子だった。
ロヴァリエ王女の身体がぴくりと震え、どうやらフィリエ様と同じお考えを持っていらっしゃるご様子だったけれど、訪問国の学院内であるため遠慮されたのか、それ以上の反応はなされなかった。
姫様方にお教えしている魔法の中には、もちろんそういった戦うための魔法も含まれている。何かあれば即座に誰かが駆けつけられるのだろうし、そもそも、その何かを起こさないようにするのが僕たちの役目なのだけれど、絶対にないと言い切れるほど自惚れてはいない。
しかし。
「‥‥‥いままでの魔法も確実に安全だと言い切ることは出来ませんでしたが、純粋に戦闘のための魔法となりますと、危険度は跳ね上がります。もし、万が一、お怪我でもなさるようなことがあれば」
「構わないわ」
「‥‥‥人への対応を念頭に置くのであれば、実際に体験していただくのが最も分かりやすくはなると思います。しかし、その場合」
「もちろん構わないわ」
「‥‥‥それでは」
「もういいでしょう、ユースティア」
なんとかフィリエ様に諦めていただこうと思っていたのだけれど、僕が反論する前にナセリア様に遮られてしまった。
「ここであなたがいくら危険性を説こうとも、フィリエの意志はおそらく変わりません。時間の無駄というものです」
溜息交じりに告げられた言葉は諦観したものだった。
「幸い、ここはそのための施設でしょうから、周囲への被害も、有事の際の対応も、この学院においても最高峰でしょう」
たしかに周囲への被害を極力抑えられる、安全な広い場所となると、そうそうあるものではない。
お城の庭はたしかに広いけれど、庭師の方達が手入れされた場所を焼き尽くすような悲惨な事態にはしたくないし、ましてやお城の建物自体を、間違っても崩壊させてしまうようなことにはしたくない。
念のため、エルトリーゼ学院長とフィシオ教諭にお尋ねしたところ、どうぞご自由にお使いくださいとのことだったので、まあ、いつかは教えなくてはならない事だったので構わないかと割り切ることにした。
本当ならば、国王様、それに王妃様にご許可を求めたいところだったのだけれど。
「構わないと思います。お父様も、お母様も、心配はなさると思いますが、魔法の授業に関してはユースティアを信頼して、一任しているとおっしゃっていましたから」
「‥‥‥承知いたしました。しかし、最初は防御のための魔法を学んでいただきます。周囲への被害もそうですが、まずはご自身を守る術を身につけてください。それは譲れません」
防御のための魔法は逆に使えば攻勢にも使うことは出来る。しかし、純粋な攻撃の魔法となると、防御への転用は難しい。
目の前で見ていたために気持ちが昂っていらっしゃるのか、それとも新しい魔法への期待からか、フィリエ様は翠の瞳をきらきらとさせて、興奮しているように元気よく返事をされた。
「防御のための魔法といっても、やることはこれまでの魔法とそれほど変わるわけでもありません。基本はご自身のイメージに沿って、そうですね、まずは壁を作り出すことから始めましょう」
僕は、何の性質も持たない、シールドタイプのただの魔法障壁を作り出した。
「感じられていらっしゃると思いますが、これが障壁の魔法です。今は分かりやすく1枚の壁のように展開しておりますが、このように複数展開することも可能ですし、このように半球、もしくは球形に展開することも可能です」
姫様方は魔法の適正も高く、感じ取られやすい体質なので、おそらく今僕が展開している魔法障壁も感じ取っていらっしゃることだろう。
魔法は意図していない限り、基本的に無色透明で、魔力を感じ取れなければ見ることは出来ない。しかし、魔力を感じることは出来るので、どう展開されているのか、形を理解されていらっしゃることだろう。
「もちろん、障壁にも種類はあります。一定の空間もしくは範囲を防御するためのフィールドタイプと呼んでいるもの、そして範囲は狭いけれどもその分強固なシールドタイプと呼んでいるもの。先程、私が開したものは、お分かりの事とも思いますが、シールドタイプの物です」
続いて、僕は訓練場に生えている草を少し刈らせてもらうと、分かりやすく見やすいようにそれらを繋ぎ合わせて大きさを調整する。
「そして、これも種類はあるのですが、捕獲するための魔法としてバインド、ケージ、結界と呼ばれるものがあります」
草をまとめるのには鎖よりも紐のようなものの方が良いだろうと思い、魔力で形成した紐で草をまとめ、それを檻に閉じ込め、それを覆う様に結界の魔法を展開する。
先程、馬車の中でも使用されていらしたようだから、今更僕が言うまでもないのだろうけれど、ロヴァリエ王女もいらっしゃることだし、初めの方から説明する。
「今はこのように目に見えるように作り出しておりますが、結界の魔法は術者の判断により、その存在を認識させなくすることも出来ます」
試しに術者である僕以外に認識できないようにすると、ロヴァリエ王女はわずかに目を見開かれた。結界の存在自体は、空中に浮いている草の存在から理解できていらっしゃるだろう。
次に結界内のものも認識できないようにする。
僕が魔法に失敗していなければ、ナセリア様たちの方からは空中に浮いていた草が消えたように見えたことだろう。
「向こう側が見えているけれど、ここにはちゃんと結界が張られているのよね」
フィリエ様が手を伸ばされると、見えない壁にぶつかったようにあるところでそれ以上先へ進めなくなる。
ナセリア様とロヴァリエ王女も同じように指を伸ばされて、結界のあると思われる場所を突っつかれている。
「次にはこうして結界自体を通り抜けさせることで、より隠蔽することも出来ます」
これは僕自身でやってみても効果がないので、実際に姫様方に手を伸ばしていただいた。
「なんか、こうして見てみると不思議な気分ね」
伸ばした手の感覚を確かめるためか、ロヴァリエ王女が結界を貫通した手を握ったり開いたりしている。
そこには結界がたしかに張られているのだけれど、何もないように見えていらっしゃることだろう。
「全部同じように思っていたけれど、結構種類を分けているのね」
フィリエ様が感心したように頷かれる。
おそらくはコーマック前魔法顧問に教えていただいていたのだろうけれど、これほど正確には分けていらっしゃなかったご様子だ。
「いつも申しておりますが、魔法の根幹たるものは魔力と、そして魔法師本人のイメージ力だと考えております。個人的な感覚でも出力や発動までの時間にわずかながら差がある様に感じられますし、それぞれのイメージを持って使用される方が良いかと思われます」
もちろん、使うのは本人なのだから、ご自身が使いやすいようにして頂くのが1番なのだけれど。
「ううん。こうして分けた方が何となく使いやすく感じるもの」
感じる、というのは大切な感覚だ。とくに、魔法を扱う際には。僕はそう考えているから、フィリエ様がそうおっしゃってくださったのはきっと良い方向に向かっているのだろうと考えられた。
「では‥‥‥そうですね、いきなり強すぎると大変ですから、その辺に落ちている小石を拾って練習してみましょう」