ウィンリーエ学院 2
ウィンリーエ学院の敷地は広大だった。敷地の規模だけで考えれば王城にも迫るのではないかという、むしろ学院の方が広いのではないかとも思えた。
考えてみればリーベルフィアには教育機関と呼べるものはこのウィンリーエ学院しか存在していないそうなので、規模が大きくなるのも当然なのかもしれない。
なにしろ、最初に入ってきた門から玄関、そして学院長室まではそれほど距離がなかったけれど、その職員及び教員の方が使用されている棟から移動するのにはもっぱら馬車が使用されるということで、学院内にはたくさんの馬車が走っていた。
流石に全寮制というだけのことはあり、学院内では生活や学業、その他に学院生活で必要なほとんどの物を手に入れることが出来るという事だった。
「では年数などは決まっていないのですね」
「ええ。学院は学びに来るところで、学ぶのは生徒たち自身ですから。身についたと考えるのも彼ら彼女らの判断次第です。一応、学年は5年生まで、それ以降は学年という区切りには納めないと決められてはおりますし、卒業式も執り行われますが」
施設を移動する馬車の中では、主にロヴァリエ王女の質問にエルトリーゼ学院長が答えられるという形での会話がなされていた。
「複数の科を受講している生徒はいらっしゃるのですか?」
「本当に極わずかですが、そういった生徒もおります。その場合には休日はほとんどなくなりますから、本当に稀ではありますけれど。もしくは、それこそ5年生以上で意欲のある学生ですね」
学費の問題もあるのだろうし、本当にやる気がなければ務まらないだろう。
大抵は選択した学科を集中的に学び、知識を身につけ、学院を出てそれを実践することで稼ぎにするのだということだった。
そんな風に話をしている間に、僕たちを乗せた馬車は学院の敷地内でも端の方に位置する魔法学科と呼ばれる学科の敷地に到着した。
一般科目の校舎は、職員棟と続きの棟になっていたのだけれど、当然、それ以外の学科別の棟は敷地内にバラバラに配置されていて、中でも魔法学科の敷地は入り口から最も離れた場所にあった。
「魔法学科は、まあ、私が言うのもあれなのですが、最も危険な学科ですから」
ここは学院であって、戦争地域ではない。
騎士科の棟は割と入口近くにあるのに対して、魔法学科が遠くに配置されているのには、曰く、まだ未熟な生徒の魔法が暴発してお客様の迷惑にならないようにという配慮の結果だそうだった。
どうやら、過去に魔法の制御に失敗して、今の僕たちと同じように学院の見学にいらした方のご迷惑になるようなことがあったとか、制御できずに校舎や敷地内のものに損害を出したこともあるらしく、後者に限っては、現在でもその数は大して減っていないのだという。前者が全くない、ということでもないということだったけれど。
「おかげで、魔法学科の生徒が一番得意なのは修復魔法だと揶揄されることもあります」
やれやれといった感じでエルトリーゼ学院長は短いため息をつかれた。
「危ないっ!」
その直後、馬車へと迫る魔法の存在を感知して、僕は馬車を覆う様に障壁を展開した。
感知したのは魔法だけだったけれど、一応、魔法によって包まれた物体という可能性も考慮して、対魔法障壁だけではなく、対物体障壁も重ねて展開する。
「きゃあっ!」
もちろん、急に止められることになった馬車の方も忘れたりはしない。
最も注意するべきは姫様なのだけれど、
「ユースティア! 私たちの方は大丈夫ですから!」
ナセリア様の声が聞こえ、僕は御者の方と牽引している馬、それから馬車本体に慣性を中和するための魔法をかける。
ナセリア様とフィリエ様、ロヴァリエ王女、エルトリーゼ学院長のことも当然心配だけれど、どれ程の規模か分からないため、まずは全体を守るべき魔法を使わなくてはならない。
僕とナセリア様が障壁を張り終えると、丁度そこに魔法がぶつかった。
同時に展開した結界のおかげで、御者の方と馬の無事は確認している。
「ナセリア様! フィリエ様! ロヴァリエ王女! ご無事ですか!」
外へと向けていた目を引き戻して振り返ると、ロヴァリエ王女は外を睨みつけておられ、エルトリーゼ学院長は頭を押さえて座ったまま丸まっていらした。フィリエ様は何故か楽しそうにしておられ、ナセリア様は特に動じていらっしゃるご様子もみられずに、直前と同じ姿勢のまま黙って座っていらした。
「私が外を確認して参りますので、姫様方は中でお待ちください」
疑問形で尋ねて断られると厄介なことになるはずなので、僕はそう言い切ると、馬車の外側の障壁を展開しなおしてから、先に外へと降りてしまわれたエルトリーゼ学院長に続いて馬車を降りた。
「何事ですか」
エルトリーゼ学院長が御者の方に尋ねていると、斜め前方から上下にウィンリーエ学院の校章の入ったジャージを着た生徒が数人、こちらへ向かって走り寄っていらっしゃるところだった。
「フィシオ先生、何が起こったのですか」
学院長に厳しい視線をぶつけられたピンクと紫の中間くらいの濃い髪色をした女性が頭を下げられる。
「申し訳ありません、学院長。私達は演習場で対人戦闘の魔法の訓練中だったのですが」
フィシオ教諭の説明によれば、1対1を想定した魔法戦闘の訓練中、1人の生徒が使用した魔法をもう1人の生徒が受け流すのに失敗してしまい、その場で相殺されるはずの魔法が流れてこちらまで飛んできてしまったのだという事だった。
「たまたま私1人ではなかったから良かったものの、普通でしたら大惨事、とまではいかずとも、事故は免れませんでしたよ」
そこで初めて、フィシオ教諭は僕が隣に建っていることに気付かれたご様子だった。
「こ、これは‥‥‥!」
僕が人前に顔を見せたのはそれほど多くはないはずだけれど、流石にこの国の魔法教育の責任者であろうフィシオ教諭は僕の事をご存知だったらしい。
「あの、出来れば畏まらないでいただけるとありがたいのですが」
「そうはまいりません、ユースティア魔法顧問殿」
フィシオ教諭が後ろの生徒に説明なさると、続いて生徒のお2人にも頭を下げられた。
「あなた様の編纂された魔導書は大変興味深いものです。私もいまだ全てを十全に使いこなすという域には至っておりません」
そんな風に畏まられると、非常にやり辛い。
フィシオ教諭に続いて、生徒のお2人もさらに深い礼の姿勢をとられた。
「本当に普通になさってください。私がこの学院に来たのは、こちらの学院での指導体系を学び、若様、姫様方へお教えする際の参考にしようと思ったからなのです。今までは自身の経験だけで行っておりましたが、実際の教育機関での指導方法を見れば、改善すべきところなども見つかるかと思いまして」
「それだけの地位にいらして、なお、向上の精神をお持ちとは。敬服致します」
何故だか余計に畏まられてしまったけれど、これ以上この場所に留まっていては、肝心の見学が出来ない。
「フィシオ教諭、そろそろ戻られた方がよろしいのではないですか。ユースティア殿もお困りのご様子ですから」
エルトリーゼ学院長が救いの手を差し伸べてくださって、ようやく僕たちは見学へと移ることが出来そうだった。