いざ学院へ 2
ウィンリーエ学院までは、お城からの馬車であれば1日半で辿り着く。前回、ユニスに案内してもらった際、僕が待ち合わせの広場まですぐに到着したのは飛行の魔法を使用したからで、さすがに姫様方を乗せた馬車を飛ばすわけにはいかない。
姫様を3人も載せている馬車は、出来る限り急いでくれていたのだけれど、出かけたのがお昼過ぎだったことも相まって、どうやら今日中に学院の見学をするのは難しそうだった。
「申し訳ありません、姫様。おそらく街中には入ることが出来ると思うのですが」
ウィンリーエ学院はリーベルフィア唯一最大の学院であり、周りには王都ウィルセンブルのような街並みは見られない。とはいっても、そう見劣りするものでもなく、学生にとっては必要なのだろうと考えられる、紙やペンなどを扱ったお店はそこかしこに見受けられた。
しかし、僕たちを乗せた馬車が学院近くに辿り着くころには、すでに辺りは暗く、夜の帳が降りていた。
「構いません。見学は明日に回しましょう。その件、学院の方へ伝えておいてくださいますか」
ナセリア様が仰られると、御者の方は深く了承を返された。
「畏まりました。では、私は姫様方を近くのギルドまでお送りいたしますので、そちらで今夜の宿をお取りください。私は馬車の番がありますので結構でございます」
学院の横の音楽ホールのすぐ北側に冒険者ギルドがあり、僕たちはその手前で御者の方と別れた。
「姫様。冒険者ギルドとは、一体どのような場所なのでしょうか」
以前いた世界では働いていたこともあるけれど、この世界でも同じかどうかは分からない。しかし、お祭りの際に物盗りの彼らを捕まえた際、引き渡した騎士の方達が話をなさっていたのである程度ならば知ってはいる。
冒険者と呼ばれる方達の集いの場とも言えるような場所で、未踏域の調査や驚異の排除と素材の入手、事件の調査、それからもちろん宿泊施設も担当しているというところだ。
しかし、冒険者ギルドという存在は知っていても、そこに所属している冒険者と呼ばれる方々や、そこで働いていらっしゃるであろう職員の方の実態までは分からない。
その方達が姫様にとって完全に信用できるという保証はないのだ。
「私も詳しいことは知りませんが。騎士の皆さんならば、何かご存知かもしれません」
「冒険者というのは」
ナセリア様が尋ねられるよりも先に、ロヴァリエ王女が口を開かれた。
「未踏域の調査、これは地図の作成なども含んでいたり、素材の入手や驚異、モンスターなどの排除、宿場、事件の調査、そして各商人や店からの依頼を幅広くこなしている職業の事、です」
よく調べていらっしゃる。
騎士団の訓練にまで参加なされたときから予想はしていたけれど、今、冒険者の事を語られるときの口調から考えても、やはりロヴァリエ王女はそういったことに興味がおありのようだった。
そして、どうやらこの世界でも冒険者やギルドの役割はそう変わらないみたいだった。
「姫様、あまり外にいらしてもお冷えになりますから、おはやく中へお入りください」
まさか襲われるとは思わないけれど、女性にも1人は付いてきていただけば良かった。ユニスの家はここからどれくらいだったっけ。そんなことを考えながら、僕はギルドの扉を開いた。
「おい、あれ」
「馬鹿、無遠慮な視線をぶつけるな」
夜も大分暗くなっていたけれど、酒場のようになっているギルドの中では、いまだに数名の、おそらくは冒険者であろう格好をされた方達が、ビールのジョッキを掲げられていた。
しかし、僕たちが、正確にはナセリア様とフィリエ様、ロヴァリエ王女が姿を見せられると、それまで騒がしかったことが嘘のように、しんと静まり返った。
静寂の中、僕たちが木造りのギルドの床を鳴らす、軋むような音だけが響く。
「どうして静かになってしまったのかしら?」
フィリエ様が不思議そうに小首を傾げられると、誰かがむせ返ったような、咳き込む音が聞こえてきた。
同じ男性として、気持ちが分かった僕は、どうしてでしょうねと誤魔化すような笑いを浮かべながら、固まっていらっしゃる受付の女性のところまで姫様方をお連れした。
「遅くに申し訳ありませんが、まだ空き部屋はありますでしょうか?」
尋ねると、流石というべきか、受付にいらっしゃるお姉さん方はギルドの中で真っ先に我に返られた。
「えっ‥‥‥あっ、はい。いえ、申し訳ございません。空き部屋はもちろんございます」
「何部屋ご用意いたしましょうか」
おそらくは男性である僕がいるからこう尋ねられたのだろう。
「一部屋で構わないわ」
答えられたのはフィリエ様だった。
しかし、フィリエ様やナセリア様の身長では、サインするための宿帳に届かないので、サインは僕の名前でおこなった。
「とりあえず今晩と、おそらくは明日の晩も泊まりたいのですが」
学院の見学を終え、戻ってくる頃には今日と同じくらいの時間になってしまうことだろう。もしかしたらもっと遅くなるかもしれない。
「はい。お部屋はどちらになさいましょう」
僕だけであれば、一番安い部屋、そもそも宿なんて取らないのだけれど、姫様方のためには最もお休みになられやすいお部屋が良いだろう。
「ユースティア、何か違いがあるの?」
「はい、フィリエ様。私の知識と同じかどうかは分かりませんが、ベッドの硬さ、食事の有無、部屋の位置取りと広さ、そういったもので違いが出てくるのではないでしょうか」
確認するために受付の女性の方を伺うと、笑顔で頷いてくださった。
「ふーん。私は何処でもいいけど。ナセリアお姉様は?」
「ロヴァリエ王女のご希望に従いましょう。彼女が今回の発起人なのですから」
僕たち3人の視線がロヴァリエ王女に集まる。
「ここではリディアン帝国の金貨でも使えるのでしょうか?」
リーベルフィアで発行されている金貨と、リディアンで発行されている金貨では、微妙に意匠が異なる。
「問題ございません。大陸の金貨は何処の国でも重さは同じで、価値も一対一ですので」
ロヴァリエ王女は少し考え込まれた後、
「では一番高い部屋をお願いします」
金貨を1枚腰の袋から取り出された。
お祭りの時、フィリエ様が出された金貨ではお釣りが出せないからと返されたけれど、流石にギルドではそのようなことはなかった。
問題なくお釣りを受け取った僕たちは、職員の女性に案内されるまま、今晩泊まる部屋へと向かった。
◇ ◇ ◇
通された部屋は、僕が以前掃除したりしたことのある冒険者ギルドの部屋よりも少し豪華な造りだった。
どこが、と明確に分かるわけではなかったけれど、何となく全体的にグレードが上がっている感じだった。
もちろん、4人で泊まるのだということも考慮されてはいるのだろうけれど。
「ふーん。家ってこういうものなのかしら?」
フィリエ様に尋ねられても、僕は普通の家の中を見たことはないので答えられない。
冒険者ギルドを普通の家とは言わないだろうし、ユニスの家でも中まではお邪魔したりしなかった。
「ここってお風呂はついていると言っていたわよね。お姉様、ロヴァリエ王女、一緒に入りにいきましょう」
ああ、さっきの懸念が現実のものに。
「ユースティ」
「参りません。ですが、何かありましたらすぐに駆け付けますので」
悪戯めいた笑顔を浮かべられたフィリエ様の言葉を遮るように、僕は言葉を重ねた。
それから黙って、何も聞こえないふりをして、姫様方を御三方とも浴場までお連れした。