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シナーリアさんと訓練

 話を聞いたところでは、どうやらシナーリアさんは自分の実力を試すための武者修行をしているのだということだった。

 彼女の暮らしている国、ハストゥルムという名前らしいのだけれど、そこでは女性の騎士など鼻で笑われ、相手にもされないような存在らしい。女子供は家に籠って料理や裁縫でもしていろというのが一般的であるらしかった。


「しかし、私は違う。騎士となればそれだけ稼ぎが増えるし、家族を楽させることが出来る」


 シナーリアさんは稽古を一時中断して、僕に自身の身の上の話を聞かせてくれた。

 いくらシナーリアさんに実力があるといっても、その実力は正当に評価されたりはしない。まず女性だというだけで、試験すら受けさせて貰えないらしい。


「だから、私はそんな奴らをねじ伏せるだけの圧倒的な実力を示してやるつもりだ」


 シナーリアさんは熱く燃えるような瞳で、自身の夢を語ってくれた。


「そういうお前はどうなんだ? なぜこんなところにいる?」


 ここはハストゥルムの東にある森でもかなりの深部らしく、普通は人が寄り付かないところであるらしい。

 なぜこんなところにいるのか。

 それは僕も知りたいところだった。

 どうして僕はこんなところにいるのだろう?

 ハストゥルムなんて聞いたこともないし、まあ、元々暮らしていたあの路地裏、街の名前も知らないのだけれど。


「分からないんです。気がついたらここに居ました」


 力なくそう答える僕に、シナーリアさんは、ふむ、と頷くと、何も持たずに立ち上がった。


「なるほど、記憶喪失という事か」


 記憶喪失というわけではない。何があったのかは鮮明に覚えている。忘れることは出来ない。


「‥‥‥ならば、しばしの間、私が稽古をつけてやろう」


 だからといって、僕が訂正も出来ずにいると、シナーリアさんは、しばし待っていろと言い残し、森の奥の方へと歩いていって、腰の高さくらいの割と丈夫そうな木の枝らしきものを2本持って戻ってきた。


「そら」


 投げ渡されたそれは、座っている僕の手の中にすっぽりと納まった。


「これは‥‥‥?」


「何があったかは知らないが、思い切り身体を動かせばそれも忘れることが出来るだろう。私も一人でやるより、誰か相手が欲しいと丁度思っていたところだったんだ。都合がいい」


 こうだと言われるままに、僕は見よう見まねで木の枝を構える。

 

「もうちょっと‥‥‥こうだな‥‥‥よし。うむ。中々様になっているじゃないか」


 手や足の位置を訂正されて構えると、何だか窮屈にも感じられたけれど、慣れるまでだと笑われた。


「そのまま、こうやってだな‥‥‥!」


 シナーリアさんが、僕と同じ構えから流麗な動きで木の枝を振るう。

 風を切り裂く音が聞こえ、僕が感心していると、本物の剣を振るえばもっとすごいんだと照れたように笑っていた。


「じゃあ、一緒にやるか?」


「はい」


 何もしないでいるよりも、こうやって身体を動かしている方が楽だった。

 僕はシナーリアさんに言われた事だけを頭の中で繰り返し、余計なことは考えないように、ひたすらにただ木の枝を振り続けた。



 ◇ ◇ ◇



 体力には自信があったけれど、初めての経験だったこともあり、しばらくすると腕が動かなくなってしまい、僕はその場に仰向けに倒れ込んだ。

 全身からは滝のように汗が流れている。


「お疲れのようだな、ユースティア」


 倒れたまま顔だけ向けると、木で出来た器を2つ手に持ったシナーリアさんが上から覗き込んできた。


「スープだ。出来立てだから美味しいぞ」


 起き上がると、彼女の向こうに火をおこしたりしていたような跡が見受けられた。


「遠慮するな。そんなことではこの後がもたないからな」


「この後ですか?」


 不思議に思って尋ねてみる。


「ああ。午後からは体術の訓練をするんだ」


 そう言ってシナーリアさんは、鎖のつけられた丸い小さなペンダントのようなものの蓋を開けて見せてくれた。そこには数字がぐるりと周りを囲う様に12個ほど書かれており、2本の止まった棒と、1本の動く針が中心を軸にして止められていた。


「これは何でしょうか?」


 見たことのない物だった。耳をすませば、カチッカチッと微かな音を立てて動いている。


「ん? 見ての通り時計だが?」


 トケイ? 言葉こそ翻訳されて聞こえるものの、知らない言葉の意味までは分からない。


「なんだ時計も知らないのか‥‥‥ああ、記憶喪失だったな」


 シナーリアさんは若干呆れたような様子を見せつつも、時計というものについて教えてくれた。

 曰く、1日をいくつかの時間というものに分け、それを計測するための道具であるらしい。ややこしいことだけれど、ここで言う「時間」と、僕の考えている「時間」と言うのは違うものであるらしかった。

 なるほど、これがあれば、夏と冬で日の出ている間に差があっても、同じ、えーっと、時間で仕事をすることが出来るのか。

 午後、というのは主に昼食後の時間を言うのもであり、日の出ている間で、12の数字を短い針が差したところから後の時間の事らしい。


「これは簡素な造りだから私のような庶民でも、誰でも手に入れることは出来る。もっとも、街には時計職人と呼ばれる人たちもいて、こんなような価値の低い、簡素な時計から、なんだかよくわからん複雑で高価な時計まで作っているのだがな」


 お前も街へ出たら買ってみるといい、そう言われたけれど。


「どうした?」


「僕はお金を持っていないんです」


 それだけで何となくの事情を察してくれたのか、シナーリアさんがそれ以上何かを尋ねてくることはなかった。

 それから2人で黙々とスープを口に運び、なくなるとシナーリアさんは時計を弄り始めた。


「食べてすぐ動くと腹が痛くなるからな。これが鳴るまで休憩だ」


「鳴る‥‥‥?」


 僕の疑問には答えてくれず、シナーリアさんは面白がっている風の笑みを浮かべた後、ごろんとその場に横になってあっという間に寝息を立て始めてしまった。


「危機感の薄い人だなあ‥‥‥」


 それとも僕を信用しているのか。

 そんなわけはないだろうけど。

 まあしかし、寝る、休憩をとるというのは賛成だ。慣れないことをしたせいで、大分疲労が溜まっている。

 僕は同じように寝転がると、目を閉じて眠りについた。



 けたたましい音で目が覚める。

 自然ではありえない音だ。それに混ざって、鳥が驚いて羽ばたいていく音が聞こえてきた。

 何が起こったのだろうかと思い、即座に体勢を起こして、油断なく辺りを見回す。僕は隣に人が寝ているのだということも忘れて、防御壁を展開した。


「時間だ‥‥‥、何をそんなに警戒しているんだ、ユースティア」


 しばらく音が鳴り続けていたが、シナーリアさんが起き出してまた何か時計を弄ると、あれほど響いていた音は全く聞こえなくなった。


「これは決まった時間になると音を鳴らして知らせてくれるんだ。便利だろう」


 シナーリアさんは、立ち上がって伸びをすると、僕にも立ち上がるように言い、午前に剣を教えて貰っていたところまで、今度は剣を持たずに歩いていった。

 そういえば、午後には体術の訓練をすると言っていたっけな。

 僕は見失わないように、シナーリアさんの後について行った。




「お前が剣を振ったことはないと言いつつもあれだけの動きを見せたことで、お前の身体能力がそこそこ高いのは分かっているつもりだ」


 僕は手招きされるままにシナーリアさんの近くまで歩いていく。


「しかし、武術を教える前に、お前に重要なのは受け身をとることだ。それをしないと教えている最中に死んでしまいかねんからな」


 背中で落ちたり、前に、横に転がりながら受け流したり、様々な角度での受け身とやらのとり方を見せて貰い、その日は1日中ずっとやっているようにと言われた。

 僕が受け身とやらの練習をしている間、シナーリアさんは投げる真似や、打つ真似なんかをしたりしていて、その動きは何だかとても格好良く見えた。

 


 ◇ ◇ ◇



 その夜、シナーリアさんが焚火の火を消して毛布にくるまってしまった後で、僕はその場を抜けだした。

 真っ暗な闇の中、星と月の明かりだけを頼りに移動するには、僕はまだこの森に慣れていなかったので、索敵魔法を慎重に使い、人間は僕の他にシナーリアさんしかいないことを確認して、それでもこっそりと光を作り出し、足元と行く先を照らした。


「よし」


 全く眠くはない。

 基本的に深夜からの仕事が多かった僕は、大して寝ずとも体力的には問題なかった。

 

「こうだったな‥‥‥」


 昼間教えて貰ったことを思い出しながら、硬い地面に受け身をとる練習をする。それに、昼間はシナーリアさんの目があったから出来なかったけれど、やっぱり僕の身を最後に護るのは――体術が身につくまでは――魔法の力だ。こちらの訓練もしておこうと思った。

 そして十分な汗をかい掻いた後、浄化の魔法を使って身体を綺麗にした。


「そうそう。水の位置くらいは確認しておかないと」


 水筒を持っているということは、シナーリアさんは魔法を使うことは出来ないに違いない。

 魔法が使えれば、水を準備するのは造作もないことだからだ。

 魔法がどのような扱いを受けているのか分からない以上、隠しておくに越したことはない。彼女にまで魅惑はかけられないからだ。


「ここで身体を洗ったことにしよう」


 着ていた服も少し湿らせて、身体を拭いたように偽装した。


「こんなもので良いだろう」


 そういえば、シナーリアさんは身体を洗ったりはしていなかったなと、どうでもいい事を思いつつ、僕は彼女のところへ戻って眠りについた。

 


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