学院見学
ロヴァリエ王女がリーベルフィアへいらしているのは、先日編纂し、大陸に出回ることとなった魔導書の著者である新しい魔法顧問、つまりは僕に会ってより深い知識を得るためだということだ。
つまり、ナセリア様たちとご一緒に授業に出られたリ、リーベルフィアの観光へも出向かれていらっしゃるということだけれど、僕が魔法の授業とは関係なく、魔法師団の方達と訓練している場にもよくお顔をお見せになる。
騎士団の皆さんのところにお邪魔するときにもついていらしたけれど、魔法師団の特訓にもご興味をお持ちのようで、見学されていらっしゃるロヴァリエ王女に笑顔で手を振られたりすると、騎士団の皆さんと同じように皆さんそちらへ視線を引き寄せられたりされていた。
「あの、ロヴァリエ王女殿下」
訓練の休憩時間に僕はロヴァリエ王女のところまでゆき、遠慮がちに話しかけた。
「見学なさるのはもちろん構わないのですが‥‥‥その‥‥‥」
まさか、あなたのよう綺麗なお姫様に見られていると、皆さん、どうにも落ち着きがなくなってしまうのです、と正直に告げるわけにもいかないだろう。
ロヴァリエ王女のリーベルフィア訪問の目的は魔導書の編纂にあたった僕たちの魔法を学ぶためだ。もちろん、外交としての親善の目的や国外視察も兼ねてはいるのだろうけれど、1番の目的はリーベルフィアの魔法師団だろう。
そんな国家間でのやりとりや約束に、僕たちの個人的な感情を持ち出すわけにはいかない。しかし、まあ、何というか、やりにくいことには変わらない。今だって、僕とロヴァリエ王女の方をちらちらと伺い見ている視線は感じているし。
「団長殿」
どうしたものかと困っていると、背後から僕を呼ぶ声が聞こえる。
僕は魔法顧問ではあるけれど、魔法師団の団長ではない。そのような役職を賜ったことはないのだけれど、というよりもそもそもそのような役職があるのかどうかも知らないのだけれど、なぜかここの皆にはそう呼ばれることが多い。短いから呼びやすいのかもしれないけれど。
「何かありましたか、リディックさん」
リディックさんは魔法師団の中でも割と僕と近しいくらいの年齢にみえる青年で、2年ほど前からここに勤めていらっしゃる、学院でもかなり優秀な方だったということだ。もっとも、僕の本当の年齢は分からないので、もしかしたら大分離れているのかもしれない。
リディックさんは薄く緑がかった短髪を掻かれながら、大変申し上げにくいのですが、と前置きされた。
「大変申し上げにくいのですが‥‥‥」
リディックさんのお話は先程僕が考えていた内容とほとんど同じだった。やっぱり、ロヴァリエ王女のような美少女にじっと見つめられながらの訓練というのは、大分神経の疲れるものらしかった。
「ですが、ロヴァリエ王女がリーベルフィアへいらしているのはまさにこちらの魔法を学ぶためですから、僕の方から何か告げるというのは‥‥‥」
しかし、僕は別に構わなかったのだけれど、皆さんの訓練にならないというのであれば本リアの目的からはずれてしまっているのかもしれない。もっとも、どちらが重要なのか、僕に決めることは出来ないけれど。
ロヴァリエ王女だって、皆さんが十全に訓練出来ないところをご覧になっても、得るものは少ないだろう。
「あの、そういえば、リディックさんは学院の魔法科? とかいうところに通われていたのですよね?」
「はい。そうですが? まさか、団長殿」
僕の考えを読まれたのか、リディックさんは、はっとした顔つきになられた。
「その学院というところは、僕のような者でも入ることは可能なのでしょうか?」
ロヴァリエ王女の目的が魔法を学ぶためならば、お城の中での訓練だけでなく、教育機関での実際の学び方をご覧になられた方が良いのかもしれない。
結局、リディアン帝国へお戻りになられた際、それを学ぶのはおそらくそういった場所での方が多くなるのだろうから。
「それは‥‥‥もちろん、魔法顧問殿を門前払いなどされはしないでしょうが、しかし‥‥‥」
「いえ、僕も1度くらいは、その、正規の教育機関というところの授業形態を見てみたかったのです。僕も姫様方や魔法師団の皆さんに僭越ながら魔法などお教えする立場におりますが、実際の現場を見学すればより良い方法が浮かぶかもしれませんし」
とりあえず、今日のところは魔法師団の皆さんに我慢していただくことにして、僕は訓練が終わった後、国王様のところへ学院の見学許可をいただきに行った。
「もちろん許可しよう。顔を見せれば生徒たちの励みにもなるだろうしな」
国王様からの許可はあっさりと出た。
ロヴァリエ王女の魔法見学のため、是非とも学院へと訪問させてくださいと謁見を求めたアルトルゼン様は、玉座の間ではなく執務室にいらして、その場で訪問と見学の許可する書状にサインをなさった。
「懐かしいです。私もたまには母校へと顔を出したいのですけれど」
執務机の前に置いてある椅子に腰かけられたクローディア様は頬に手を当てられて、懐かしむような、うっとりとしたたお顔をされた。
王妃様が腰かけられている椅子の周りで静かに遊んでいらしたレガール様は、のそのそとクローディア様のお膝に上がられて、不思議そうな瞳を向けられた。
「今私が行くといえば、きっと国王様がたくさん護衛をつけてしまわれるでしょうし、のんびりというわけにはいかなくなりますものね」
レガール様の髪を優しく撫でていらした王妃様はぱっとお顔を輝かせられて、僕の事をお見つめになられた。
「そうです。ユースティアさんが一緒であれば、私も外へ出てよろしいのではないでしょうか」
「いや、その、王妃様」
いくら何でもそれは無茶だろう。
普通のときならばまだ可能性はあるかもしれないけれど、今回の目的はロヴァリエ王女の見学だ。もちろんお忍びで、学院側のお偉いさん方には話してしまうのだけれど、出来るだけ普段の様子を見たいだろうロヴァリエ王女のご期待に副うことは難しくなる。現役のこの国の王妃様よりは、まだ他国のお姫様の方が騒ぎは小さいことだろう。
「いや、それはだめだ、クローディア」
幸い、アルトルゼン様がお引止めくださって、僕も一安心というところだった。
「こんなに可愛い私の妻をわずかたりとも危険に晒すわけにはいかん」
その後もアルトルゼン様は、食い下がるクローディア様をダメだダメだと却下され続けた。
やがて、王妃様は小さな溜息をつかれ、
「もういいです。分かりました。私は行きませんから、その代わり、お願いを1つ聞いてくださいね」
「ふぅ‥‥‥。1つと言わず、いくらでも聞こう」
とても良い笑顔を浮かべられた。
「私の代わりにナセリアに学院の様子を見てきて貰いましょう」