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お兄様の事なんて別に大好きじゃないんだからねっ!

「本当によろしいのですか?」


「ええ、もちろんよ。そのために私はリーベルフィアへ来たんだから」


 腰をかがめて僕の腕に捕まるロヴァリエ王女の腕はわずかに震えていた。

 ロヴァリエ王女は、たしかに魔法をお使いになることは出来るのだけれど、今日まで一緒に魔法の訓練をしてきた中で、それ程魔法の扱いがお上手ではないというのは分かっている。

 この世界、この国へ来てから、それほど多くの方と接したわけではなかったので正確なところは分からないけれど、全員が全員魔法を扱えるわけではないというのはどうやら本当らしいと薄々分かってはいた。例えば、感謝祭であった夜盗の一味には魔法を使えない人もいたわけだし、そもそもお城に勤めていらっしゃる方も、魔法師団の方以外には殆ど魔法を使える方はいらっしゃらない。


「では、私が今から王女殿下に魔力を流しますので、何か感じられたなら教えていただけますか?」


 魔法を使えるというのが普通以前に疑問にすら思ったことのなかった僕には、魔法を使えないという感覚が分からなかった。

 魔法を遮断された事ならあったけれど、あれも完全に魔法が使えなくなったり、封じられたりしていた訳ではなく、ちょっと使いづらいかな、という程度の事だった。


「わ、わかったわ‥‥‥」


 緊張気味のロヴァリエ王女の了承を得て、僕は繋いだ手から魔力をロヴァリエ王女の身体へと流す。

 他人に魔力を流すのは、ただそれだけであればそれほど難しいことではない。ハストゥルムの森の中で暮らしていた時に、食料を狩るときには遠距離からの魔法や武器だけではなく、対象に直接魔力を流すことで、なるべく少ない損傷で獲物を手に入れるという方法も取っていたことはあった。


「では、参ります」


 分かりやすいように、感じやすいように、暖かなものとして魔力を渡すと、ロヴァリエ王女は繋いだ手をピクリと動かされ、驚いたような声を上げられた。おそらく口を押さえられようとされたのだと思うけれど、僕と手を繋いでいらしたために口を覆うことが出来なかったのだろう。


「すごいわね。これって、こうすれば、魔力だっけ、それがない人にも魔法を使えるようになるの?」


 どうなのだろう。

 僕は自分の魔力を感じられなかったことがないから分からないけれど、魔力の素となるもの自体は空気中にも普通に存在しているらしいので––らしいというのは、王妃様やナセリア様、フィリエ様、それに魔法師団の方が仰っていたり、本に書かれていたりしただけなので、本当のことは僕も知らない––それを感じられるのであれば、だれでも使うことのできる可能性はあるのではないかと思う。


「それはその個人様の感覚になりますから、何とも申せません」


 ロヴァリエ王女はしばらく僕と繋がった部分を見ていらした。


「ユースティアのと混ざり合っているからかしら、変な感じがするわね」


「最初だけですよ。きっと。では、ゆっくり参りますので」


 ロヴァリエ王女が緊張気味に頷かれたのを見て、僕は慎重に飛行の魔法を行使した。


「うっ‥‥‥あっ‥‥‥ちょっと‥‥‥」


 地面から足が離れるという感覚に戸惑われていらっしゃるのか、ロヴァリエ王女はやはり慌てたように足をバタバタと動かされた。

 

「大丈夫ですから、落ち着いてください。今はまだ僕は手を離したりはしませんから」


「絶対よ‥‥‥」


 手を放しても、フィールドで包み込んでいるため落下してしまうことはないとはいえ、その恐怖心で魔法がお使いになれなくなってしまうかもしれない。

 ぎゅうっと力強く握られた手を離さずに、僕はロヴァリエ王女と一緒にお城の屋根の上辺りまで浮かび上がった。


「片手だけでも離して」


「だめよっ!」


 余計に硬く握られた手を引き寄せると、安心してくださるようにしっかりと真後ろからその引き締まったお身体を抱きしめた。


「こうしているので、是非この宙からの景色をご覧ください」


 こわ張っていた身体が少しずつ弛緩して、横からそのお顔を見ると、ロヴァリエ王女が綺麗な瞳を潜められながら、リーベルフィア上空からの景色をご覧になっているのがわかった。


「綺麗ね‥‥‥」


 もう大丈夫よ、ありがとうとおっしゃられたロヴァリエ王女の手を離す。

 基本的に、空での移動には足を使うことは出来ないので、移動の魔法を使用することになる。

 ロヴァリエ王女は滑るような動きで、ゆっくりゆっくり前へと進み出られると、大きく腕を広げられて、それから気持ちよさそうに大きく伸びをされた。


「空を飛ぶのって素敵ね」


「今はまだ浮かんだという程度ですが」


 流石に最初から自由に飛び回るのは難しい。飛行の魔法を中断したら落下してしまうという事実の元に、他の魔法を使用するのは躊躇われる気持ちが強くなるからだ。普段から魔法に慣れていらっしゃらないのであればなおさらだろう。

 ナセリア様やフィリエ様、エイリオス様は元々魔法を、この世界の基準で考えれば、十分上手に使われていたので、それほど時間はかからなかったけれど、そこまでではなかったらしいロヴァリエ様には少し大変なのかもしれない。


「でもこれ、随分魔力を消費するみたいね」

 

「おそらく、落ちるのは危険という本能が無意識に働き、どうしても空中に自身の身体を留めるのだという思いがそうさせているのではないでしょうか」


 大分消耗されていらっしゃるご様子のロヴァリエ様は、地面へ着くなり、ぺたりと座り込んでしまわれた。


「地面が恋しかったわ」


 通常の魔力消費だけで考えれば、飛行の魔法を行使するだけの魔力をロヴァリエ様は残していらっしゃるように見えたけれど、おそらくそう順調にはいかないだろうから、今日のところはここまでにしておいた方が良いのかもしれない。


「どうなさいますか? 今日のところは身体を動かすような魔法は練習しないつもりでしたけれど」


 きっとロヴァリエ王女が身体を動かせるようになるのには時間を要するだろうと思っていたから、今日練習するのはその場でも出来る魔法にしてある。


「何? 今日はまた別の新しい魔法を教えてくれるのね!」


「はい。ですが、その、見た目的には全く変化がないので、分かり辛いかもしれませんが」


 僕は口を閉じて、姫様方にも同じように口に手を当てて貰う。


『聞こえましたか?』


 一様に目を大きく見開かれるのが分かった。

 使用者に対して十分な信頼がなければ届けたり、受け取ったりは出来ないはずなのだけれど、上手く伝わったようで何よりだった。

 その事実に、僕が信頼されているのが分かってとても嬉しい気持ちになる。


『これは離れた距離にいても言葉を伝えることのできる念話と呼んでいる魔法です。出来ること自体は分かっていましたが、今まで使ったことはなかったので、成功したようで何よりです』


 考案したわけではないし、元々使えることは分かっていた訳だけれど、今まで使えるシチュエーションはなかった。

 相手も魔法が使えることが前提だったため、魔法を使えなかったティノ達やシナーリアさんには試すことは出来なかったからだ。

 教える、などと偉そうに言ってみても、僕も使った、そして使えたのは初めてで、本当に使えて一安心というところだ。


「すごーい! ねえ、ユースティア、どうやったの? あれ、声に出てるわ」


 フィリエ様は興奮されたご様子で、うんうんと唸っていらっしゃる。しかし、念話が届くことはなかった。


『まず、伝えたい相手の事を思い浮かべてください。1人でも、複数でも構いません。勝手に伝わるわけではないので、普通にものや事をお考えになる分には問題ないかと思われます』


 現に僕も色々と考えているけれど、それが伝わってしまったというような感覚はない。


『なるほど、理解しました』


 やはりというか、最初に成功されたのはナセリア様だった。


『こうすればイメージも伝えられるのですね』


 頭の中に流れてきたのは今僕たちがいるお城の庭の光景だった。目で見ながら、頭の中にも同じ光景が再現されているというのはおかしな感じもしているけれど。


「なるほど、イメージか。そういえば、魔法にはイメージが大切だと、以前ユースティアは言っていたな」


 エイリオス様が考え込むような素振りを見せられると、僕の頭の中にはクローディア様の姿が浮かんだ。

 それから、


『伝わっただろうか?』


 エイリオス様のお言葉もしっかりと聞こえてきた。


『はい。とても鮮明でしたよ。クローディア様の事をとても思っていらっしゃるのですね』


『あ、ああ』


 エイリオス様は少し恥ずかしかったのか、頬を染められて横を向かれてしまった。

 そう思っていると、今度は頭の中にエイリオス様のお顔が浮かんだ。


『あぁっ! 待って! 今のなし! なしなんだからねえ!』


 しかし、コントロールできていないときには魔法はそのまま継続してしまいがちである。

 フィリエ様からは今、目の前にいらっしゃるエイリオス様のお顔が次々に流れ込んできた。


『お兄様の馬鹿ぁ!』


 お顔を真っ赤にされたフィリエ様はそのまま走ってお城の中へ駆けこまれてしまった。

 なんだか、以前にも似たような光景を見た気もするけれど、あの時は確かナセリア様だったなあ。


『ユースティア、済まないが、私は少しフィリエの様子を見てくる』


 エイリオス様がフィリエ様を迎えに行かれたので、その場には僕とナセリア様、そしてロヴァリエ様だけが残された。


『では練習に、イメージと言葉、両方伝えられるように、しりとりでも致しましょうか』


 僕たちは地面に座り込んで、お顔を真っ赤にされたフィリエ様を連れてエイリオス様が戻られるまで、しりとりに興じていた。


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