学問の国のお姫様と魔法の授業
「‥‥‥ユースティア。私たちの目のない午前中、ロヴァリエ王女に何したのよ」
刈り入れと脱穀の終わった麦の穂で小さな建物をつくる練習をしている最中、稲穂よりももっと輝く金の髪を揺らしながら、建物の後ろからお顔を覗かされたフィリエ様に尋ねられた。
「何と言われましても、午前の騎士の皆さんに交じっての訓練の時に、その、ほんの少し‥‥‥」
「つまり、コーマック前魔法顧問の時と同じように、やり過ぎてしまったわけね」
あの時やり過ぎたのは、主にフィリエ様に頼まれたからだと思ったのだけれど、しゃべっても良いことはないと分かっている僕は頷いた。
お昼を終えられて真っ先に庭へ出てこられた、細い眉をすーっと上げられたナセリア様にも、お昼の間中、ロヴァリエ王女にずっとユースティアの事を聞かれて大変でしたと、訪れつつある冬の風よりもさらに冷たい、氷の礫のような言葉をぶつけられた。
ロヴァリエ王女は、僕が姫様方に魔法を教える様子を、運び出した椅子に腰かけられながら、じっと見つめていらっしゃる。
「できた‥‥‥」
「はい、ご立派です、エイリオス様」
早々に一部の隙も見当たらないほとんど完璧な塔を完成させたナセリア様と、大きなお城を創られたフィリエ様に続き、エイリオス様も僕がお手本に作ったものと寸分違わない家屋を完成させられた。
「ユースティア、せっかくいらしているのだから、ロヴァリエ王女とも一緒にどうだろうか」
「そうですね‥‥‥、その通りですね、エイリオス様」
このままじっと見つめられているのも心臓に悪いと思っていたので、エイリオス様のご提案は、まさに丁度良い申し出だった。
「ロヴァリエ王女、よろしければ一緒にやってみませんか?」
ロヴァリエ王女は鋭い目つきで僕を見つめられた後、少し逡巡するようになさってから、ご一緒させていただけるのでしたら光栄ですと、非の打ちどころのない完全な笑顔を張り付けられた。
うわー、これは完全に午前中の訓練の影響だ。僕の事をどうにかしてやろうという意志が、ロヴァリエ王女の気持ちに反して全面に押し出されている。
「まず、魔法を扱ううえで、最も重要なのはイメージすることです。使う魔法の事、及ぼす影響、結果として残る物や事柄、どうしたいという強い思いが魔法に強く作用するのです」
ロヴァリエ王女は、隣に建っているナセリア様のお造りになられた塔をご覧になりながら険しいお顔付で組み上げようとなさっていたけれど、まず、麦を真っ直ぐに立てるところから苦労していらした。
悪戦苦闘していらっしゃるロヴァリエ王女のお顔には、一切の余裕は見られない。けれど、それは良い意味で集中しているのではなく、少々強引なもののように見受けられた。
「ロヴァリエ王女殿下」
「何、ですか。今集中しているので、出来れば話しかけないでいただけますか」
感謝祭の際に、輪投げの屋台でナセリア様がおっしゃられていたことと同じようなことを言われて、僕は思わず笑ってしまいそうになった。
「では、独り言をつぶやきますので、聞き流していただいて構いません。創成の魔法を使ううえで最も重要なのは、ほとんどの魔法に同じことが言えるのですが、やはり具体的に完成した形をご自分の頭の中で正確にイメージすることです。そのイメージ通りに魔法で組み上がるのですから、どれだけはっきりとしたものがイメージできるのかということが、この魔法の要訣でもあります」
ロヴァリエ王女が手を止められて、僕の方へと顔を向けていることを確認しながら先を続ける。
「たとえば‥‥‥ナセリア様、こちらの塔はとても見事な出来栄えで、このまま固定の魔法をかければすぐにでも置物として市場へと流せるレベルの物だと思いますが、どれ程までイメージなさいましたか?」
ナセリア様は皆に聞こえるように、ロヴァリエ王女の方へと向かって語られた。
「素材が麦の穂ですから完全に一致するとまではいきませんけれど、塔に積まれた石の高さ、何段重ねられているのかということや窓の個数、傾き、それから、先程見せていただいたユースティアがこちらを組み上げるまでの工程でしょうか」
無意識にやっていることもあるだろうけれど、要点を上げ続けると果てしなく細かくなり続ける。細部までイメージすることは重要だけれど、あまりにも細かすぎると、今度は魔法力の方が自身のイメージに追いつかなくなる可能性が出てきて、結果上手くいかない事にもつながる。
もちろん、慣れてくれば細かいことでも調整できるようになるのだけれど、ロヴァリエ王女はこの魔法にまだ慣れていらっしゃらない。
「ロヴァリエ王女。口惜しいとは思いますが、まずは簡単な方から始めてみませんか」
「分かりました。では、その簡単なものを教えていただけますか」
こだわるかと思ったロヴァリエ王女は、意外なほどあっさり切り替えられた。
「何よ‥‥‥何ですか。私が自身の実力も推し量ることのできない我儘な子供だとでも思いましたか?」
そうではないけれど。
負けず嫌いのお姫様はやっぱり自分の納得のいくまで挑戦するのだと思っていたから。
「いえ。では、そうですね、まずは見慣れている家具、椅子や机などからはじめてみませんか」
見慣れているとはいえ、もちろん角の丸み、それぞれの脚の長さ、背もたれの格好、街中にあるような物であればシンプルなのだけれど、ロヴァリエ王女が普段から見慣れているような、お城にあるようなものは装飾なども多く、椅子を再現するのにも日が傾きだすまでかかった。
四苦八苦されながら、途中からはフィリエ様のアドバイスなども素直に受け入れられて、ロヴァリエ王女は見事、ご自身が座ることのできるまでの椅子を造り上げられることに成功された。
「出来たわっ!」
「やるじゃない!」
すっかり意気投合されたご様子のフィリエ様とロヴァリエ王女は、その場でハイタッチまで交わされた。
「ユースティアもありがとう。私、自分でもここまで魔法を上手く使えるなんて思っていなかったわ」
感極まったらしいロヴァリエ王女は、フィリエ様の後に僕にも抱き着いて来られた。
ロヴァリエ王女は胸当ての甲冑をつけていらしたので、幸いというか、残念だったというか、僕の顔が埋められてしまうことはなかったのだけれど、女の子、いや、女性に特有の甘くていい匂いが鼻孔をくすぐり、思わず王女様だということを忘れて抱きしめてしまいそうになってしまった。
「あっ、ごめんなさい。つい。その、はしたなかったわね」
「い、いえ、光栄でした、ロヴァリエ様」
不意に冷たい空気が流れてきたのを感じて、元へと辿ると、ナセリア様がひんやりとしたお顔で睨んでいらした。
僕と目が合うと、ナセリア様はご自身の胸元を見られてから、つーんと顔を逸らしてしまわれた。