負けず嫌いの王女様
僕たちはお互いに剣を構えて向かい合う。
ロヴァリエ王女の立ち居姿は、教本でもあればお手本として載っていそうなほどに美しく、相対している僕は思わず見惚れてしまいそうになった。
そんな僕たちの様子を、騎士団の皆さんも訓練の手を止めて興味深げに観戦していらした。
僕が言うことではないのかもしれないけれど、皆さん、ご自身の鍛錬は良いのだろうか。
「行くわよ!」
訓練とはいえ、本気で取り組むのは当然で、ロヴァリエ王女の突き出された剣には一切の躊躇も見られなかった。
「やあっ!」
掛け声とともに鋭い突きが繰り出される。
僕は手に持つ剣で突きを逸らし、その勢いを利用して距離をとる。
「はっ!」
僕の避けた方へと、瞬時に煌く先端が追いかけてくる。男性の、本職の騎士のような力強さはないけれど、その分速さは彼らよりも上であるように見える。息をつく間もないほどに、次々と攻撃が繰り出され、僕はなんとか捌くので手一杯だった。
束ねた亜麻色の髪を馬の尻尾のように揺らしながら、ロヴァリエ王女が流麗な動きで舞うたびに、剣が空気を切り裂く音が、鋭く耳を打つ。
「どうしたのっ‥‥‥ですか、先程から回避ばかりじゃ‥‥‥ではないですか」
模造刀とはいえ、当たれば怪我だってするかもしれないし、そもそも、ロヴァリエ王女の攻撃は鋭く、中々反撃に移るチャンスは見えてこない。
「訓練なんだから、むしろ手を抜く方が無礼にあた‥‥‥りますよ。私を侮辱するのっ‥‥‥ですか」
侮辱するつもりも、女性だから手を抜くという気持ちもない。
僕よりも身長の高いロヴァリエ王女の攻撃を掻い潜るだけの隙が中々見つけられないでいるだけだ。
しかし、言われっぱなしでいるというのも、リーベルフィアの魔法顧問は剣術も出来ないのかと、姫様たちに対する心のない言葉が広がる原因にもなりかねない。
けれど、ロヴァリエ王女が何と言おうとも、彼女がお客様で、お姫様であるという事実は変わらない。お姫様の顔や体を打つというのに躊躇が生まれていることを否定することは出来ない。
実力を出さずに負けてしまうのは失礼だろうし、ずっとこのまま打ち合いを続けていても、おそらくお互いに決定打となる一撃を入れることは出来ないだろう。ここだけで体力を消耗しきってしまうのも、午後からの姫様たちの魔法の授業に差しさわりが出るかもしれない。
見たところ、ロヴァリエ王女のプライドは大分高そうだった。ロヴァリエ王女の言う通り、わざと負けると言うのは侮辱することにもなりかねない。
だけど、相手も僕も武器を持っているという状況は危険な事には変わりがない。真剣と比べて、殺傷力は格段に落ちているとはいえ、また、いざとなれば魔法で治癒できるとはいえ、余計な怪我をするのは避けたい。
「やあっ!」
何度か切り結んだ後、突き出されるロヴァリエ王女の剣にタイミングを合わせ、巻き込むような形で剣を上空へと弾き飛ばす。
振り下ろす途中で剣を弾き飛ばされて、そのままの格好で固まっていらっしゃる王女様の首筋に剣を突き付ける。そして、宙を舞っていた模造刀が落ちてくるのに合わせて、剣を引いた。
「おおぉっ!」
周りにいらした騎士団の方達から歓声が沸き起こる。
剣を、もしくは武器を失った方が生殺与奪の権を握られていたのだ。おそらく、ロヴァリエ王女には自分の剣が弾き飛ばされたという感覚はなかったはずだけれど、自身の首元に、模造刀とはいえ、剣がつきつけられていた状況は理解していらっしゃることだろう。
「あ、あの、ロヴァリエ王女?」
「うぅ‥‥‥ぐすっ。別に泣いてなんていないわよっ」
へたり込んでしまわれたロヴァリエ王女に、何も言っていないのに潤んだ瞳で強く見つめる、というよりも睨みつけられた。
「あなた、王宮魔法顧問じゃなかったの? どうして剣術も出来るのよっ」
「ええっと、どうしてと言われましても‥‥‥。以前、一緒に暮らしていた騎士の方に教えていただいていたので」
魔法師は魔法、騎士ならば剣や槍、そして武術と、戦いにおける役割というものは大体決まっている。
魔法師は自身の肉体を鍛えるような暇があるのならば魔法の研鑽に時間を費やすため、身体能力は魔法で向上させない限り騎士には劣るというのが一般的だ。
しかし、僕はそうしなくても魔法が使えることを知っていたために、魔法の訓練などわずかにしかしたことはなかったし、剣術に関しては騎士の方に随分と訓練をつけていただいた。あの時は何かに没頭していることが必要だったからだ。
「もう1回! もう1回勝負よっ!」
城内の案内はまだ全然と言っていいほど進んでいないのだけれど、どうやらこのまま大人しくなさるおつもりはないらしい。ロヴァリエ王女は随分と元気なお姫様だった。
結局、お城の案内はほとんど進まず、午前中はずっと、負けず嫌いのロヴァリエ王女のお腹が鳴るまで、訓練が続いた。
可愛らしい音を、僕や騎士団の皆さんに聞かれたロヴァリエ王女はお顔を真っ赤にされた。
「そろそろ若様、姫様方のお勉強も一区切りつく頃合ですし、お食事の席までご案内させていただけますか?」
王女様のこういった行動には慣れていらっしゃるのか、暖かな眼差しで見守られていたロヴァリエ王女のお付きの方と一緒に、僕はロヴァリエ王女を昼食の席まで案内した。