学問の国のお姫様は騎士の訓練に興味津々のご様子です
そうしてついに、ロヴァリエ王女が、リーベルフィアの王城を訪れた。
アルトルゼン様とクローディア様のいらっしゃる玉座の間で、大臣や長官の皆様と一緒になってご到着を待っていると、ナセリア様とエイリオス様、ミスティカ様、フィリエ様、レガール様に案内されながらいらっしゃった。
腰まである長く綺麗なつやつやとした亜麻色の髪は頭の上でひとつに縛られていて、透き通るように白い肌、若草色の大きな瞳で淡々と歩くその姿は、お姫様というよりも武人か騎士のようにも見えた。
身に纏っていらっしゃるのはドレスではなく、甲冑のような金属のプレートを形よく膨らんだ胸と肩口ににかけて着こんでおられて、動きやすくするためなのか、白いプリーツのスカートの丈は膝よりもさらに高く、膝上のソックスとの間にわずかに覗く、綺麗な白い太ももが眩しい。
それでいて、国王様の御前へと出られるのに、流石に帯刀するのは憚られたのか、腰に鞘こそ差してはいらっしゃらないものの、鋭く研ぎ澄まされた一振りの剣を思わせるような雰囲気を醸し出していらした。
「リディアン帝国第一王女、ロヴァリエ・アインシュタットでございます。この度はこちらの訪問を受け入れてくださり、大変感謝しております」
アルトルゼン様の前で膝をついたロヴァリエ王女は、きびきびとした口調でそう述べられた。
「遠いところをよくぞいらした。歓迎しよう」
アルトルゼン様はいつもと変わらない楽し気な口調で微笑まれ、居並ぶ従者の中で、正確に僕へとその視線を向けられた。
「先に紹介しておこう。彼がユースティアだ。リーベルフィアの魔術顧問であり、あの魔導書の編者でもある」
ロヴァリエ王女とお付きの方達の視線が僕の立つ方へと向けられて、僕は一歩前へと進み出ると、深く頭を下げた。
「何かあれば何でも聞くと良い。魔法に関してこの国で彼の右に出る者はいない。よろしければ、私の子供たちと一緒に授業を受けられてみてはいかがかな?」
ナセリア様たちにお教えするだけでも毎度とても緊張するというのに、その上、他国のお姫様まで一緒にとなると、僕の心臓は破裂してしまうか、神経が擦り切れてしまうのではないだろうか。
いくらか慣れてきたとはいえ、やはり相手は王子様、お姫様なわけで。
見ればどうやら、アルトルゼン様は面白そうに微笑んでおられて、この期に及んで僕があたふたとしているのを、大層楽しんでいらっしゃるご様子だった。
「構いませんか?」
ロヴァリエ王女は、その大きな瞳で僕のことを真っ直ぐに見つめられ、元々なかった僕の拒否権は完全になくなった。
もちろん、教えるのが嫌だとか、そういったことではなく、ただ僕の緊張と心労だけの心配だったので、こちらの個人的な都合だけで、わざわざ遠いところをお越しくださったお姫様の目的を否定するような、そんな情けないところは見せるわけにはいかなかった。
「勿論でございます。私などの知識でよろしければいくらでも。もし王女様のお力に、少しでもなることができたのであれば、光栄でございます」
「それでは、よろしくお願いします」
ロヴァリエ王女は悪戯めいたお顔で微笑まれ、横に並ぶ皆様からはなんだか見とれているような雰囲気が流れてきていた。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもございません」
玉座の横の方からじっと冷たい視線が注がれているような気がして、少し身体を震わせてしまい、その場は誤魔化してしまったのだけれど、玉座の間にいる間中、視線は付き刺されたままだった。
◇ ◇ ◇
ロヴァリエ王女はすぐにお城中の人たちを虜にした。
初日はお城を見て回りたいということで、午前中には騎士の皆さんの訓練を見せていただいたのだけれど、僕と、それからロヴァリエ王女が騎士団の皆さんの練習に顔を出されると、数人の方が手にした練習刀をとり落とされて、団長様に注意されていた。
ロヴァリエ王女は見学されながら、うずうずと落ち着きのない様子で、剣の動きを追っていらした。
「リディアン帝国ではやはり、あまりこのような光景をご覧になったりはなさらないのですか?」
リディアン帝国は学問の国だというのがこの大陸では常識らしい。その国のお姫様ともなれば、やはり毎日本に囲まれているような生活をなさっているのだろうから、こういった騎士の皆さんの訓練を見るような機会はないのかもしれない。
「えっ? あっ、ええ、そうですね。お城を抜け出してダンジョンに潜ったりなんてさせて貰えないのよ。前にそれですっごく怒られたし。本当に困った父‥‥‥あ、いえ、何でもありません」
間は小さな声でよく聞き取れなかったのだけれど、ロヴァリエ王女の瞳には好奇心の色が渦巻いていて、この訓練にもとても興味を惹かれているのだろうということはよく分かった。
「あの、今日の魔法の訓練は昼食後の午後からですから、それまではこちらに参加されてはいかがでしょうか?」
「いいのっ!」
即答だった。
ロヴァリエ王女は僕の方をがっしりと掴み、期待に満ちた瞳を輝かせていた。
「え、ええ。さすがに尋ねてみなければ分かりませんけれど」
一国の王女様を訓練なんかに参加させてしまって、万が一が起こっては大変だ。騎士団の皆さんの実力はよく知っているけれど、それでも絶対とは言い切れない。
「リュアレス団長」
お声をかけると、短い黒髪のがっしりとした体形のいかつい顔の男性がこちらを振り向いた。
騎士団の団長を務められているリュアレス団長は顔こそ怖いけれど、僕のような子供にも親しく、そして厳しく指導してくださる、とても豪放磊落な人物だ。
妻子もいらっしゃるらしく、お城に住んでいらっしゃるわけではないのだけれど、騎士団一の実力をお持ちで、良い意味で些事にこだわらず、騎士団の皆さんからも慕われている。
「どうした、ユースティア。今日はお姫様の案内じゃなかったのか」
僕はロヴァリエ王女がここの訓練にとても興味をお持ちであることを説明して、どうにかここでご一緒させてくださるように頼んでみた。
「お姫様の頼みとあっては、叶えて差し上げたいのは山々なんだがな‥‥‥」
とはいえ、流石に二つ返事でというわけにはいかなかった。
「あの、でしたら、模造刀を2振りお貸ししていただけますか。差し出がましいようですが、皆さんの訓練のお邪魔をするわけにも参りませんので、私がお引き受けします」
騎士団の皆さんが、少し齧った程度の僕なんかよりずっと実力がおありなのは、一緒に訓練をさせていただく中でよく知っている。僕なんかより、ずっと良い訓練になることだろう。
「そうか。それなら安心だな。よろしく頼む」
「え?」
だから、すぐに頷かれたのには驚いてしまった。
「何を驚くことがある。ユースティアの実力は俺達皆がよく知っているさ」
「十分に任せられるよ」
皆さん、本当に何も心配していないという風な様子で、僕に模造刀を差し出された。
「では、ユースティア、でよろしいでしょうか?」
「お好きなようにお呼びください、ロヴァリエ王女」
ロヴァリエ王女は模造刀を構えられた。
その姿は思わず見ほれてしまうほどに美しく、他国からの大事なお客人の姫様だからと手を抜くのはとても失礼だろうと思わさせられた。
剣術はそれほど得意なわけではないけれど、王女殿下のご期待に添えるだけのものはお見せしなければならない。
「では始めましょうか」
「よろしくお願いいたします」
美しく剣を構えられた王女様は、花の綻ぶように微笑まれた。