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エスコートの練習という名を借りたデート

 索敵魔法や探索魔法を使用すれば、知り合いや知っているものであれば即座に場所を発見することは出来るけれど、人にはそれぞれ他人に明かすことのできないプライベートなこともあるだろうから、むやみやたらと使用しないようにしている。

 もちろん、緊急、火急の場合はその限りではないけれど、今はそれほど急いでいるわけではない。待ち合わせの広場で、2対の女神像の噴水のところにやはりというか、ユニスはすでに待っていた。

 冬の第1月、銀月の気候は、涼しいというにはいささか気温が低すぎて、雪こそ降ってはいないものの、吐く息は白く、コートを着込んで毛糸の帽子をかぶっただユニスは暖かそうなマフラーに首を埋めていた。


「お待たせしてしまってすみません、あ、いや、待たせちゃってごめん、ユニス」


 もう大分経つというのに、いまだに家族以外の人に砕けた口調を使うことには慣れていない。

 不満そうに睨まれて、慌てて言い直すと、ユニスは満足したように微笑んだ。


「大丈夫、私も今来たところだから」


 ユニスの帽子には雪が三角形に積もっていて、随分長い間待っていたのではないのかと思わせられた。

 非番のユニスの方が早く来て待っているんは仕方のないことだとはいえ、女性にこんなに長い間この寒い雪空の下で待たせてしまったのかと思うと、とても申し訳ない気持ちになった。


「せっかく非番なのに、無理言って付き合って貰ってごめんね」


「何言ってるのよ。悪いことなんてこれっぽっちもないわよ。私だってユースティアとデートできて嬉しいし」


 寒いからなのか、頬を赤くしたユニスに差し出される手を僕が握り返すと、ユニスははにかみながら言った。


「さ、そろそろ行きましょう。日が暮れる前には帰らないとまずいでしょう?」


 真っ白は雪が降り積もる石畳を2人で並んで歩いてゆくと、ユニスは途中で行きずりの馬車を止めた。

 2人で乗ると丁度すっぽり収まるくらいの馬車は、お金を払うことで希望の場所まで連れて行ってくれる者らしく、歩くよりも速く、ちょっとした観光には良いのかもしれない。


「どちらまで行きましょうか?」


「とりあえず、学院の方までお願いします」


 壮年の男性の御者さんの駆る馬車に揺られて、僕らはデート、もとい、リーベルフィア観光の下見に乗り出した。



 ◇ ◇ ◇



「これがウィンリーエ学院よ。リーベルフィア唯一にして最大の教育機関よ。私も家政科なんかに通っていたのよ」


 最初に連れてこられたウィンリーエ学院は、リーベルフィアの西の端にあり、もう少し行くとリディアン帝国との国境線でもあるリリエティス川が流れているのだという。

 お城と比べても遜色のないような大きさの門、そこから果てしないように続く並木道は先を見通すことが出来ないほどだ。


「お疲れ様です」


 知り合いなのか、ユニスは門のところに立っている、おそらくは門番の役割をしているのだろうがっしりした体格の男性に挨拶をしていた。


「おや、ユニス、久しぶりだねえ。お城勤めは大変かい?」


「久しぶりって、つい先月にも後輩の顔を見に来たじゃないですか」


 ユニスは朗らかに笑いながら守衛さんと話をしていた。


「おや、そっちにいるのは噂の魔法顧問になったって坊やかい」


「ええ。今日はちょっと訳あって彼、ユースティアの案内をしているの。まあ、理由はちょっと言えないんだけどね」


 ユニスと守衛さんたちが僕の方へと顔を向けたので、僕は微笑んで頭を下げた。


「お初にお目にかかります。王宮で魔術顧問の任に就かせていただいております、ユースティアと申します」


「ああ、この前の祭りで見たよ。あのコーマック殿を倒されたんだって? その若さですごいじゃないか」


「俺としちゃあ、コーマックよりもこの坊主の方が好感持てるぜ。あいつはどことなく偉そうだったからな」


 守衛さんは快く見学を許してくれて、僕はユニスに手を引かれるままにユニスの思い出の場所を思う存分見せて貰った。



 ◇ ◇ ◇


 学院の見学を切り上げた後、すぐ隣に立っている音楽ホール、そして闘技場の見学をしつつ、大きく北のオランネルト鉱山の正面を通り過ぎ、ヴォーレン湖に着くころには、大分日が傾き始めてしまっていた。


「ごめんね、ユースティア。やっぱり半日で観光のスポットを全部回るのは無理みたい。それにエスコートの練習にもあまりならなかったみたいだし」


「気にしないで。ありがとう、ユニス。とても助かっているよ」


 ヴォーレン湖の鏡のように美しい水面は反対側へ傾きつつある夕日を受けて茜色に染まり始めていた。ちらほらと降る雪にきらきらと夕日が反射している。

 元々、大陸でも最も広大なのだというリーベルフィアを半日で回り切ることが出来るとは考えていなかった。

 エスコートの方も、基本的に案内されるのが僕の方だったということもあり、上手くできたとは言い難い。

 それでも、ユニスの大好きな場所を知ることが出来たのは純粋に嬉しかったし、時間配分の計算の指標にもなった。自分で飛び回って地理を把握していた時には本当にざっと頭に入れるだけだったし、そもそも時間なんて気にしていなかった。移動手段に関しては言うまでもない。


「お城にはもっと早い馬車があるから、それで回るんだったらもっと早くに、たくさん回れるかも」


 ユニスの言う通り、今日は辻馬車だったけれど、当日に王女様を案内するのはおそらくお城の馬車になるだろう。

 お城の馬車には、魔獣とか幻獣と呼ばれる何だか大きな馬、スレイプニールと呼ばれる馬の引く馬車があるらしく、それだと普通の馬車の倍以上の速さで、しかも全く揺れたりもせずに移動できるのだという。

 お城だけではなく、ユニスの話では大きな貴族のお屋敷にも同じようにその馬車があるのだとか。


「街中のお店もたくさん紹介して貰ったし、とっても助かったよ」


 もっとも、ロヴァリエ王女が満足される案内をするのは相当プレッシャーのかかることだけれど。


「普段通りしていれば大丈夫よ。ロヴァリエ王女だって初めていらっしゃるのではないのだし、街中を少し回られれば良いんじゃない? それに、ユースティアは顔も良いし、魔法も体術も、勉強だって大分覚えが良いみたいだってミラさんも褒めていたわよ」


 ナセリア様も勉強を教えてくださるのだけれど、それはとてもありがたいことだし感謝してもしきれないことだけれど、やはりよく利用する図書室のことはミラさんの方が良くご存知で、書物もたくさんあるあの場所は勉強もはかどる。


「きっと、王女様のご期待にそえる案内が出来るはずよ。私はそのときはお城で掃除か料理をしていると思うけれど、頑張ってね」


「ありがとう、ユニス」


 結局、お城に戻ってきたのは大分遅くなってからだった。

 ユニスの家まで馬車で送って貰おうと思っていたのだけれど、ユニスは広場で馬車から降りたので、僕もそこで馬車を下りた。


「いいわよ、ユースティア。私が払うから」


「付き合って貰ったのは僕の方なんだから、僕が払うよ」


 御者さんへの支払いをどちらが払うかとユニスと揉めているのを、御者さんは笑いを堪えるようにして眺めていた。

 結局、半分づつの割り勘で落ち着いた。


「じゃあ、また明日ね、ユースティア」


「おやすみ、ユニス」


 別れ際、ユニスが悪戯っ子のような顔を浮かべて僕の頬にキスをしたので、僕もお返しにと、少し背伸びをしてユニスの頬に口づけをした。


「どうして驚いているの。挨拶みたいなものなんでしょう?」


「もうっ。お姉さんをからかうんじゃありません」


 流石に夕日は沈み切っていて、ユニスは頬が赤くなっているのを夕日のせいにはしたりしなかった。



 ◇ ◇ ◇ 



 お城に帰ってきた僕を、何故だかナセリア様が待ちかまえていらした。

 僕と目が合うと、ナセリア様は花のような笑顔を浮かべられて、僕に抱き着かんばかりの勢いで駆け寄って来られて、寸前で立ち止まられると、澄ましたお顔を浮かべられて、咳払いをなさった。


「おかえりなさい、ユースティア」


「ただいま戻りました、ナセリア様、フィリエ様」


 ナセリア様の後ろには呆れたような表情を浮かべたフィリエ様が、肩をすくめていらした。


「お姉様ったら、午後のダンスのお稽古とお勉強が終わってから、ううん、何でもないわ」


 ナセリア様はぴくりと肩を震わせられて、ぎこちなく後ろを振り向かれた。


「ユースティア、今度はお姉様とも2人きりでお出かけしてあげてね」


 そう言い残されてフィリエ様が去ってしまわれて、後に残ったナセリア様は、お耳を真っ赤にされていた。


「ユ、ユースティア」


 振り向かれたナセリア様の瞳には緊張の色が浮かんでいた。


「本当に私と、ふ、2人きりで、お出かけしてくださるのですか」


「よろしければ」


 僕がそう答えると、ナセリア様は目を煌かせられて、口元を綻ばせられた。


「約束ですよ」


「はい」


「そ、それから、明日のエスコートの練習の時には、私にお相手を務めさせていただけますか?」


 他国の姫様をお迎えするということで、前回のアルトマン様の時と同様、僕は相応しい対応をとれるように練習をすることになっている。

 ナセリア様が差し出された小さな柔らかい指に、僕は自分の小指を絡ませて、真摯な気持ちで約束した。


「光栄です、ナセリア様」


 ナセリア様は、一瞬寂しそうな顔を浮かべられた後、すぐに直前と変わらない美しい笑顔を見せられた。

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