本人が思っている以上にすごいことなのです
「ようやく終わった‥‥‥」
秋の暮れ、朱の月の末のある夕方、僕は魔法師団に宛がわれている研究室の机に突っ伏していた。
机の周りにはお城の図書室から持ち出してきた古びた魔導書や、学院等で用いられている資料、他にも少なくともリーベルフィアで手に入り得る限りの大陸中から集められた魔法に関する書物が足の踏み場もないくらいに散乱していた。
ここへ来てから、正確には僕がこの魔法顧問という職に就いてから続けていた、自身の魔法に関する知識とリーベルフィアで使われている魔法に関する書物の照らし合わせによる魔導書の編纂がようやく片をつけられるところまできた。
「お疲れ様です」
魔法師団の皆さんには当初から僕の魔法をお教えしていて、程度の差こそあれ、編纂した魔導書に記した魔法であれば皆さんが使えるようにもなっていた。
転移の魔法に関しては僕自身も良く分かっていないために記すことは出来なかったのだけれど、飛行の魔法や翻訳の魔法など、僕自身が使いこなすことのできる魔法であれば、全ての記載は滞りなく終了していた。
もちろん、僕自身、新しい、今まで使っていなかった魔法もいくらか開発したりもした。
「ありがとうございます。これも皆さんのご助力あってこそです。私1人ではこれほど早く終わらせることは出来なかったでしょう」
この国の魔法文化の発展のためにと国王様からお願いされていたことなので、曖昧なものを残すわけにはいかなかった。
僕だけの感覚では上手く検証できないこともあったりしたけれど、それらには皆さん、喜んで自分から演習に付き合ってくださったり、意見の交換をしあったりと、本当によくお付き合いしていただいた。
「いやいや、私たちはお手伝いをしただけですよ。もっと胸を張ってください」
「そうですよ。これは今年最高の功績ですよ。他のどの貴族もこれほどの貢献はありません」
別に僕は功績にしたくて編纂したわけじゃない。
言った本人も笑っているから冗談か何かのつもりなのだろうけれど、ここに集まっている魔法師団の皆さんは純粋に魔法の研究、追究に情熱を持っていらっしゃる方ばかりで、特に出世等の欲があるような方はいない。
「あとは学院関係者、冒険者ギルド、神殿、まあ、色々手続きはありますが、その辺りは国王様が承認をなさった後で別の方が出向くことになることでしょう」
「我々は交渉事などは不得意ですからな。この魔導書はまさに今までの魔法を一新することになります。彼らの説得をするのは、口の上手い、失礼、交渉事の上手い部署に任せましょう」
分厚い冊子にして、数冊にもなってしまった書物の中には、死霊魔法や精神操作系統、大量破壊等の危険な魔法も全て載せている。
僕はそれらは省いてもいい、むしろ省いた方が良いのではとも思っていたのだけれど、下手に隠して後から露見するよりは、国王様にもその存在をお伝えしておいて、ご判断を仰ぐのが正解であるようにも思えた。
「では、早速陛下の下へ参りましょう、ユースティア殿」
僕たちは、完成した書籍のうちの1冊を手に、玉座の間へと謁見を求めに向かった。
◇ ◇ ◇
玉座の前で膝をつき、国王様に献上してから数時間、至急にと集められたらしい学院の責任者の方や、冒険者ギルドのギルド長様方、そして神殿の最高位神官様方がいらっしゃるまでの間、僕たちは、まさか派手な実演をするわけにもいかず、室内で使用しても問題ない程度の魔法を披露した。
もちろん、国王様の御前、玉座の間で辺りに被害を出すわけにはいかないので、規模はかなり抑えられたものだけれど、披露しても問題のない魔法、例えば収納の魔法などにはなったのだけれど。
「このように収納の魔法には、個人の実力により容量に差こそありますが、状態の保存、身軽さ等様々な利点があります。もちろん、いくらでも悪用の方法はありますが、これを使用することによる恩恵は、冒険者の方や運び屋の方のみならず、様々な場面での使用が考えられます」
悪用できる、などと言っていたら、魔法に限らずどんな技術にも発展の可能性はない。
たしかに、この魔導書が出回れば魔法師の力はより強くなり、もしかしたら前の世界のように魔法師を弾圧するような動きが盛んになったり、逆に魔法師による悪行が盛んになってしまうかもしれないというリスクはある。
けれど、本来魔法は人を笑顔に出来る、暮らしを豊かに出来るものであるはずだ。
例えば、新鮮な水を魔法で得ることが出来ていたからこそ、僕はティノ達と一緒にあそこで暮らしていけたのだし、治癒の魔法が広まれば、病気や怪我に苦しむ人を救うことが出来るかもしれない。
僕たちは静かに、集まった方々が読了されるのと、最終的な決定権をお持ちである国王様が口を開かれるのを待った。
「この度の任、まことに大義であった。其方らの結果に対し、褒美を出そう。何か求めるものはあるか。何でも言ってみるが良い」
褒美と言われても困ってしまう。僕は仕事として行っていたのであって、そのことに対する報酬はむしろ過剰なほどいただいている。この上さらに褒美などと言われても欲するものなんて何もない。
それに、国王様の御前であるためか、あからさまに態度にあらわされたりはされていらっしゃらないけれど、集まった方からの視線を感じる。
僕たちの仕事に対して、嫉妬等の感情を抱いていらっしゃるのだろう。出世欲は貴族のほとんどに見られる傾向であるらしいから。
「いえ、国王様。褒美など、もったいなく思います。私たちがこれらをまとめたのは、全て自分の満足のためと、生活における利便性等の追及、そして申し上げにくいことではございますが、軍備の増強のためでございます。個人的に褒美を賜りたいなどと思っている者は、私共の中にはございません」
アルトルゼン様は僕の主張を黙って聞いておられたのだけれど、僕が話し終えると、子供のように悪戯めいた笑みを浮かべられた。
「ユースティアよ。其方の主張は理解した。しかし、他の者はお主とは少し違う思いであるようだぞ」
僕が黙ったまま横を見ると、僕以外の全員が、一歩前へと進み出て、深く頭を下げていた。
「陛下、恐れながら申し上げます。ユースティア殿はこの度の仕事において大変な貢献をなされました」
「私共も、彼の指導あってこそ、以前とは比べ物にならないほどの実力を手に出来たと自負しております」
「コーマック殿との決闘でもその実力のほどはご存じのはずでございます。あの頃よりも、数段上の実力を今では手にしていらっしゃいます」
魔法師団の皆さんが次々と口を開かれる中、アルトルゼン様が静かに片手をあげられると、玉座の間は再び静寂に包まれた。
「ユースティアよ。其方の仕事はこのように認められるものであるし、私もとても評価している。そして優れた働きには褒美を持って応えなければならないのだ。そして、例えばこの場で貴殿が引き下がった場合、今後与える褒賞がなくなってしまい、それでは国は良くならない」
国王様の瞳は一瞬、立ち並ぶ貴族の方の列へと向けられた。
「とはいえ、急に望みと言われても今の其方には少しばかり困る問題であろう。ゆえに、この件は無期限で保留とする。欲しいものが出来た場合、何なりと申し付けよ。その際、一切の文句、不満、不平は受け付けない」
国王様は隣に並ばれている列へと目を動かされた。
ナセリア様は一瞬目を見開かれた後、何故だか険しい顔で父王様を睨みつけていらした。