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パーティーの終わりに

 お城の中へ戻って来るなり、ナセリア様はパーティーの会場ではなく、普段は国王様がお使いになられている執務室へと向かわれた。

 僕が椅子をひくと、ナセリア様は一言お礼を告げられてから優雅にお座りになり、サラサラと紙にペンを走らされた。

 文字の読み書きに関しては、読む方は翻訳の魔法があるために困らないのだけれど、書く方では魔導書の編纂以降も勉強を続けている最中であり、こんな風にさらりとペンを動かすことはまだ出来ない。

 ナセリア様は大陸で広く使われているリーベルフィアの公用語の他に、数種類の文字列を書き込まれた。


「彼らを護送する際、ラノリトン公国とリディアン帝国、どちらを通過されるか分かりませんから。どちらの関所を通る際にも読めるようにする必要がありますから」


 もちろん、大陸一の大国であるらしいリーベルフィア王国の言語が通じないということはないのだろう。

 しかし、オランネルト鉱山やムーオの大森林を突っ切るのでないのであれば、護送の馬車は間違いなく迂回して、どちらかの国を通ることとなる。

 その際、いくら犯罪者とこちらでは分かっているとはいえ、一国の皇子を乗せた馬車が問題にならないはずもない。

 リーベルフィアの印とナセリア様の署名があれば通ることは出来るだろうけれど、おそらくは親切心だろうか。リーベルフィアの方がなさっているとは限らない場合を考えたうえでの気配りなのかもしれない。誰もが魔法を使えるわけではないということは、翻訳の魔法も普及してはいないということだろうから。



 ◇ ◇ ◇



「たしかにお預かりいたしました」


 捕らえたアルトマン様とジョセフィーヌ様を夜間の警備の任についていらっしゃった騎士の方にお引渡した。

 他国の皇子様をお迎えしてのパーティーということで、普段よりもより厳重な警備が敷かれていたのだけれど、その当人であるアルトマン様を引き渡された騎士の方は驚いて目を何度も瞬かせていらしたけれど、ほかならぬナセリア様のおっしゃることを疑うような方はこのお城にはいらっしゃらなかった。


「すっかり遅くなってしまいましたが、まだパーティーは終わっていないようですし、会場に」


 ナセリア様のドレスはお城に戻ってすぐに浄化の魔法で綺麗にしてある。普通、パーティーに参加されるためのドレスは、屋外で実施される場合やダンスを踊る場合を除いて、室内用に誂えられているものだ。

 ぱっと見ためでは目立つ汚れは見つけられないけれど、もしかしたら見えないところが汚れているかもしれない。とりあえず、まず間違いなく、靴底は汚れてしまっている。

 浄化の魔法で清めたところで、丁度会場の方から聞こえてきていた音楽が鳴りやんでしまった。


「終わってしまったようですね」


 たしかにもう、ナセリア様があくびを漏らされるほどには、夜も遅い時間であることに違いはない。あまり遅くまで開いていると、音は漏れていないとはいえ、出席されている方のご家族が心配なさるかもしれない。

 ナセリア様の言葉からは、わずかに残念そうな響がしていた。


「その、ナセリア様、本当によろしかったのですか?」


「何がですか?」


 自分でやったことだし、彼らの悪事は間違いなく企てられていたことだ。それでもやはり気になってしまうことには変わりがない。


「アルトマン様の事です。フィリエ様はあの方を敵視なさっていらしたご様子でしたけれど、ナセリア様はそれほどお好きではないようにはお見受けできなかったので」


 お知り合いの方が逮捕、或いは悪事を企てていたということに、お心を痛められていないとも言い切れない。

 僕が恐る恐る尋ねると、ナセリア様はすこし目を見張られて、口元を微かにゆるめられた。


「ユースティアには、私とアルトマン様が仲の良いように見えましたか?」


 仲の良いという感覚は、僕にはなじみの薄いものだ。

 家族に対する情愛の気持ちは持っているつもりだし、目上の方に対する尊敬の念も抱いたことはあるし、出会う人達への感謝の念も忘れたことはない。

 自分が何を恐れていたのか、この時の僕には理解できなかった。


「はい。何も考えずにいれば、お似合いでしたかと」


 初対面時から、アルトマン様には嫌われていたようだった。

 あれはおそらく、ご自身が想いを向けるナセリア様の近くに僕のようなより年の近い異性がいたことを鬱陶しく思われたのだろう。

 初対面から敵意のような感情を向けられた相手に対して、こちらから好意を抱くのは難しい。好意を向けてくれる相手に対してすら疑念の方が先に浮かぶのだから。ましてや敵意をだ。


「それで?」


 僕はそれ以上何かを言うつもりはなかったのだけれど、ナセリア様はどう思われたのか、僕に続きを促された。


「それで、とは?」


 ナセリア様は、途端に白磁の頬をわずかに朱に染められて、もじもじと指を動かされながら、きょろきょろと宝石のような金の瞳を動かされた。


「あっ、えっと、その‥‥‥ユースティアは、私の事」


 ナセリア様は可愛らしく、うぅっと唸る様に俯かれてしまった。


「ナセリア様、申し訳ありませんが、ほんの少しだけお時間をいただけますか?」


 丁度僕のお借りしている部屋の前に通りかかったので、僕は失礼して部屋へ戻ると、机の引き出しから準備していたプレゼントを取り出した。

 保存の魔法をかけていたので、劣化の心配はないはずだ。


「10歳のお誕生日おめでとうございます。特別でも、なんでもない、ただの腕輪ですけれど」


 お給料をいただいていて、それがリーベルフィアの中では大分多いということも知っている。けれど、僕のお給料程度で手に入れられるものがナセリア様のお持ちの物よりも立派であるということはないだろう。

 ナセリア様の御髪と同じ、銀色に輝く腕輪の真ん中には、本当に小さいものだけれど金色に輝く小さな小さな宝石が1つだけアクセントに付けられていた。

 もちろん僕のいただいていたお給料はほとんどなくなってしまったけれど、お城に住まわせていただいている分にはお金が必要なことはそうはない。実際、これを街で購入するまで、僕はいただいていたお給料を使ったことはなかった。


「ありがとうございます。大切にします」


 ナセリア様はうっとりとした瞳で受け取られた腕輪を眺められて、そのままそっとご自分の手首に通された。

 当日にはきっとナセリア様はいらっしゃる方へのご対応で忙しいだろうから、僕が贈り物を出来る時間はないかもしれない。そう思って少しばかりフライングして渡してしまったので気にしてはいたけれど、ナセリア様が輝く笑顔を向けてくださったので、僕もなんだか嬉しい気持ちになった。


「ユースティアのお誕生日には私もお返しを用意しますね」


 本当に嬉しそうな顔でそう言われて、はい、と答えるのも厚かましいように思えたし、本当の事を言ってはこの太陽のような笑顔を曇らせてしまうことになると予想できたので、僕は曖昧な笑顔を浮かべることしかできなかった。

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