パーティーの裏側で 4
ナセリア様の後に続いてお城の裏庭へと回った僕は、拘束していた2人を解放して、姫様の隣に降り立った。
すぐさまナセリア様を覆う様に半球形の障壁を形成すると、地面に手をついていらっしゃるアルトマン様とジョセフィーヌ様へ向かい合った。
「すぐに始めましょう。ナセリア様がパーティーにご出席なさるお時間が無くなってしまいます」
しかし、たしか今日のパーティーはお2人の歓迎のために開かれたものではなかったのだろうか。当人がいなくてどうしてパーティーが開かれているのだろう。
ナセリア様の誕生日のパーティーならばともかく、ここに主賓と言っても差し支えのないお2人がいらっしゃるのに、他の方がパーティーに参加される意味とは何だろう。
まあ、僕が考えていてもしょうがないことだ。パーティーに出席することよりも、ナセリア様の御身の安全をお守りすることの方が重要な任務であることに間違いはないだろう。
「ユースティア。あの、先程の魔法が有効であるのならば、そのままでも良かったのでは?」
そんなことを考えていると、ナセリア様が遠慮がちにそうおっしゃられた。
たしかに。あまりにもアルトマン様が乗気でいらしたので忘れていたけれど、本来の目的は決闘することではなく、彼らを捕らえることだった。
「申し訳ありません、ナセリア様。彼らの練度を考えれば、拘束したまま門のところに捨て置けば良かっただけでしたのに、わざわざこのようなところまで足を運ばせてしまい」
僕が寝たりしたところで、拘束の魔法が解けたりするわけではない。もちろん、相手の実力がこちらを上回っていた場合には、拘束の破壊や脱出などの魔法で逃げられてしまうこともあるけれど、そうでないのであれば、数時間程度で解除されるような魔法でもない。
「いえ。図らずもこうして2人になれたのは私も嬉しかったですし」
ナセリア様はほんのりと頬を染められながら、照れていらっしゃるご様子で、段々と小さくなる声でそのようにおっしゃられた。
「このっ!」
僕たちがしばらく見つめ合っていると、背後で鎖の弾けるような音と共に、僕の施した拘束魔法が弾ける感覚があった。
拘束を逃れられた事自体はさして驚くべき事態でもない。あの程度の拘束魔法であれば、脱出は容易であるはずだからだ。
例えば、僕も授業の中で姫様方に、もちろん簡単なものだけれど、互いに拘束の魔法を掛け合ったり、脱出、破壊したりする魔法を練習していただいたりしている。
僕が目を開けているうちにはそのようなことは絶対に起こさせないと誓っているけれど、予測できないからこそ万が一と呼ばれるのだから。
「ふ、ふん。こ、公認の魔術顧問と聞いていたが、じ、実力はそれほどでもないようだな。この程度の拘束魔法しか、使えないとは」
アルトマン様は、あの程度の拘束を解いただけにしては大分息が上がっておられた。ジョセフィーヌ様の方がまだご無事な様子だったけれど、こちらへ何かを仕掛けてくるような気力はないように見受けられた。
たしかに、一国の皇子様ともあろう方に、たとえ姫様をその手にかけうようとなさった賊だとしても、この程度の拘束魔法では失礼だったかもしれない。
とはいえ、当初の目的は決闘することだったはず。拘束が緩くても問題はないように思えた。
「これは失礼いたしました。たしかに一国の皇子様ともあろう方にあの程度の拘束魔法では失礼でした。このお詫びはこれからの決闘で償わせていただきます」
ナセリア様の前なので殺したりはしない。首や手足が飛んだり、内臓が飛び出たり、血が飛び散ったりするところなど、見せたいとは思っていない。それに、いくら賊とはいえ、一国の皇子様を僕個人の判断で殺してしまっては、国王様や王妃様にもご面倒をお掛けする事態にならないとも言い切れない。
出来る限り迅速に終わらせて、ナセリア様には何事もなかったかのように会場に戻っていただいて、姫様や王子様方、国王様や王妃様にご心労をお掛けしたくはない。そのためには、これ以上の会話は時間をかけるだけであり、全く不要なものだ。
「ご安心ください。僕は、お2人の命まで奪おうとは思っておりません。刑は国王様もしくは法官の方がお決めになられますので」
僕はナセリア様に判定役を担っていただこうと振り返った。
シナーリアさんがおっしゃっていたのだけれど、騎士が決闘するときにはその判定役をかって出る方がいるらしい。先日、僕の前に魔法顧問を務めていらしたコーマック様と決闘らしきものをしたときにも立会人の方、あの時はアルトルゼン様が御自ら立ち会われたけれど、この場でその役目を担うことのできる、つまり第三者的な立場にいらっしゃるのはナセリア様だけだ。
「何を言っている! それではそちらに有利ではないか!」
アルトマン様が怒鳴った声を上げられる。
何をおっしゃっているのだろう。2人で闘うことのできる方が有利に決まっているというのに。
「では、審判のいない、ルール無用の戦闘になっても、そちらは一向に構わないとおっしゃるのですね?」
審判がいないということは、つまり静止役がいないということだ。元々、現行犯たる彼らを捕らえるだけであっただけのはずなのに、決闘だの、ルールだの、審判だのと、随分とおかしな話になってきている。
まあ、どう転ぼうとも、僕のやるべきことは変わらないのだけれど。
アルトマン様は自信たっぷりの、余裕すら窺える表情で頷かれた。
「無論だとも」
その言葉を聞いた瞬間、僕は1歩でアルトマン様との間合いを詰め、鳩尾に肘をめり込ませた。加減を誤れば殺してしまう可能性もあったけれど、衝撃と同時に電撃を流して心臓のマッサージをしておいたから、死んだり、心肺停止状態に陥っていることはないだろう。確認すれば、わずかだけれど、呼吸する音も聞こえている。
「なっ」
間髪入れずに、隣で呆然と立ち尽くしているジョセフィーヌ様へと手のひらを向け、衝撃波により真後ろへと吹き飛ばした。
声を上げることすら出来ずに飛ばされたジョセフィーヌ様は、木にぶつかってぐたりとされているアルトマン様にぶつかられて、お2人は同時に息を詰まらせられた。
「あ、く、貴」
「決闘はもう始まっていますよね? まさかルール無用とおっしゃられながら、急所への攻撃や、急に仕掛けたことを咎められたりはなさいませんよね?」
上手く呼吸が出来ないようで、ぱくぱくと口を動かされているアルトマン様を見下ろす。
「ルール無用とはいえ、決闘ですから、ここであなたのお顔を踏みつぶしたりするような真似は致しません。まだ続けられる意志が御有りでしたら、どうぞお立ち下さい」
僕は念のためナセリア様のところまで下がってから静かに告げた。
容赦をするつもりはないけれど、戦う意志のない相手を必要以上にいたぶるつもりもなかった。
激しく咳き込まれながら立ち上がって来られたアルトマン様を、いまだぐったりとされているジョセフィーヌ様共々、結界の中に閉じ込める。先程とは違い、割と本気で作り出した結界だ。破られたことがあるため完全に安心することは出来ないのだけれど、あれから僕も修練を重ねている。大切な人を失わないためにだ。
アルトマン様が何かおしゃっている様子だけれど、結界の内部からの音は完全に遮断されているため、何とおしゃっているのかまでは分からない。
「ナセリア様、まだお休みになられなくても大丈夫でしょうか?」
大分辺りは暗くなってきている。もしかしたら、想定以上に時間をとられてしまっていて、結局ご心配をかける事態になっているかもしれない。
「ユースティアは私を何だと思っているのですか? このような状況で」
そこでナセリア様は可愛らしい小さな欠伸を1つ漏らされて、頬をわずかに朱に染められた。
「ナセリア様もお疲れのご様子ですから、このような決闘はもう終わらせましょう」
僕は捕らえていたお2人を眠らせると、そのまま一緒に空を飛んでお城へ戻った。