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リーベルフィア観光 2 ––湖畔でのお昼等––

 僕たちがヴォーレン湖に到着したのは、お茶の時間には少し早い微妙な時間だった。

 しばらく馬車に揺られてお疲れだったらしいアルトマン様と、アルトマン様を介抱なさるとおっしゃられたナセリア様を馬車の中に残したまま、僕とジョセフィーヌ様とで見晴らしの良い湖の畔に敷物を敷いた。

 

「ナセリア様、アルトマン様、準備が整いました」


 戻ってきて馬車の扉を開くと、ナセリア様の隣、先程まで僕が座っていたところにはアルトマン様が着席されていて、お2人の距離も鼻先が触れてしまいそうになるほどに近いところにあった。

 たしかにノックはしたのだけれど、お2人とも気付いていらっしゃらなかったご様子で、僕が顔を覗かせたのに気づかれたナセリア様は、慌てたご様子で席を立たれた。


「お邪魔をしてしまい申し訳ありません」


「じ、邪魔などということはありませんっ」


 ナセリア様は大分慌てた様子で、帽子の縁を掴みながら差し出した僕の手を取ってくださった。

 長い袖のワンピースが秋の風に揺られてふわりと膨らみ、肩にかけられたストールがゆらゆらと柔らかく揺れている。

 長い銀の髪をいつもは真っ直ぐ下ろされているのだけれど、今日は三つ編みにして、つばの広い真っ白な帽子の中に纏めて隠していらっしゃった。


「アルトマン様」


 ナセリア様を外へとお連れしてから、次にアルトマン様に手を伸ばしたけれど、アルトマン様は、結構と断られて、優雅にご自身の足で外へと降り立たれた。


「それでは私はここでお待ちしておりますので、御用がありましたらお呼びください」


 ナセリア様と同じところで食事をいただくわけにはいかない。僕はお2人がこちらの観光を済ませられるのを馬車で待つつもりだった。


「ユースティアは来ないのですか?」


 ナセリア様は驚いているような、残念そうな、落ち込んでいるような表情を浮かべていたけれど、僕は一緒に昼食をとるなどという無礼を働くつもりはなかった。


「はい。私の仰せつかっている役目はナセリア様の護衛ですので。同じものを食べたり、気を緩めたりするわけには参りません。どうぞ私のことはお気になさらず、気候も良いですし、この綺麗な景色をご堪能下さい」


 索敵、探知の魔法の対象をナセリア様にしていれば、万が一にも見失うことはあり得ないし、それを起点に防御魔法を構築することも可能なので、不測の事態にも対応できる。

 フィリエ様のおっしゃることを疑うわけではないのだけれど、他人の判断は先入観を持たずに––警戒はするけれど――自分で見極めたかった。


「ユースティア殿もこうおっしゃっていることですし、行きましょう」


 お2人は手を繋がれて、ジョセフィーヌ様のお待ちになっているところまで足並みを揃えて行かれた。

 ナセリア様をエスコートされるアルトマン様の態度は実に紳士的で、特に気にするべき点があるようには思えなかった。

 主がいらっしゃらない間に馬車の中の空気の入れ替えと清掃でもしようと思ったところ、座席の上に先程ジョセフィーヌ様が取り出されたバスケットが置き忘れられているのに気がついた。微かに開いた口からは、美味しそうなサンドイッチが顔を覗かせている。中からは甘そうな匂いがしているので、おそらくはジャムを挟んだもので、おやつ代わりの軽食と言ったところだろう。

 せっかくの御食事を忘れては意味がないと、僕はそのバスケットを届けるべく、手に取った。


「あれ、これは‥‥‥」


 今でも、自分で食べる物はそうでもないのだけれど、他人の口に入る物には、毒などが入っていないかつい確認してしまうことがある。

 調理なさった方には大変失礼なことだと理解はしているのだけれど、沁みついた習慣というのはそう簡単に拭えるものではない。

 ティノたちに身体を壊させるわけにはいかなかったので、手に入れた食料は絶対に確認をするようにしていた。それが他人の作ったものならばなおさらだ。

 

「毒、ではなさそうだけれど‥‥‥」


 検知の魔法に、若干の異物が混入しているという反応があった。

 僕が、今この世界にあるものの中で、最も信頼しているのは、もちろん自身の魔法だ。

 バリアや障壁などの魔法に関しては、内側から故意に破らない限りは絶対に破られないという確信もあった。それはつまり、あの時、ティノ達は自分から障壁を破ったのだという結論に達することにもなるのだけれど、その理由までは想像できないし、したくない。

 とにかく、何が言いたいのかというと、僕がこの世で唯一信じているものは自身の魔法に関する感覚だということで、それを今まで間違えたことはないのだということだ。


「せっかく用意してくださったものに対して心苦しいのだけれど」


 僕はサンドイッチに対して浄化の魔法を使用した。

 加減を間違えると必要な栄養素まで分解してしまうかもしれないのだけれど、もちろんそんな失敗はしない。

 もう一度検知の魔法を使用して、不純物、というか、普通の食物ではない物質が混入していないことを確認する。今度は大丈夫なようで、とりあえず姫様方に良からぬものを食していただくことにならずに済んで、僕はほっと一息ついた。


「何だったのだろう?」


 今となっては確認することは出来ないので、少しばかり欠片を残しておけばよかったかなと、後になってから気がついた。



 ◇ ◇ ◇



 おやつを終えられた後、ナセリア様とアルトマン様はその場に座られたまま、風景を見るなどされていた。


「どうかなさいましたか?」


 この後何か予定でも入っているのだろうか、ジョセフィーヌ様は結構な回数時計を確認なさっていた。


「い、いえ、何でもありません」


 そうおっしゃりながらも、忙しなく時計の蓋の開け閉めを繰り返されている。


「ナセリア様、体調の方は大丈夫ですか?」


 アルトマン様が少しばかり早口で尋ねられる。

 ナセリア様は、キョトンとした表情で、可愛らしく小首を傾げられ、銀の前髪がサラサラと揺れる。


「いえ、特に問題はありませんが?」


「暑かったりは?」


「いいえ? むしろ涼しいくらいです」


 アルトマン様が振り向かれ、ジョセフィーヌ様と視線を合わせられる。

 その瞳は厳しく、何かを訴えかけていらっしゃる様だったけれど、ジョセフィーヌ様は分からないという様に瞳を細められて、小さく首を横へ振られた。


「大分涼しくなってきましたし、そろそろお城へ戻りませんか?」


 ナセリア様はそうおっしゃられると、僕に向かって手招きされた。


「エスコートしてください」


「‥‥‥アルトマン様はよろしいのですか?」


 ナセリア様のエスコートを任されるのは光栄だけれど、他国の皇子様を放っておいても良いのだろうか。

 そのアルトマン様は、何故か空になったバスケットを受け取られると、中を確認するなどされていた。


「ええ、それとユースティア」


 ナセリア様に耳を貸すように言われた僕は驚いて辺りを見回してしまった。不審に思われただろうか。


「ナセリア様、これは一体……」


 いつのまにやら、僕とナセリア様を覆う様に綺麗な遮音障壁が展開されている。極限まで出力の調整がなされているため、内部にいる僕とナセリア様以外、言ってしまえば、アルトマン様とジョセフィーヌ様には、魔法を使っていることは気付かれていないだろう。

 ナセリア様の技術に感心しながらも、このような行動に出られた訳を考えていた。

 つまりは、この場で、アルトマン様とジョセフィーヌ様には聞かせたくない話がおありになるということだ。


「静かにして、こちらを振り向かないでください」


 言われた通り、何でもないかのようにただナセリア様のすぐ後ろを追従する。


「おそらく今晩だと思うのですけれど、夕食後、私の部屋まで来ていただけますか?」


 それから注意しているようにと早口でおっしゃられた。

 何をどうすればよいのか分からなかったけれど、とりあえず、ナセリア様の行動と、ナセリア様の周りで起きうるすべての事柄に気を配っておけば良いだろう。


「承知致しました」


 馬車の中には何だか甘い香りが漂っていて、いくつかのお店に寄りながら、月が綺麗に空に昇るころ、僕たちはお城へ戻った。

 

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