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ヒエシュテイン皇国からのお客人

 お城でのお祭りから数日、いよいよ秋も本番の秋の第2月、魔の月のはじめ、ナセリア様のお誕生日の少し前に、華美な装飾を施された馬車がリーベルフィアのお城に到着した。

 リーベルフィアのお城が所有している馬車は、白銀に輝く、物語の世界から飛び出してきたような、高貴な印象を与える物だったけれど、このヒエシュテイン皇国の紋章をつけた馬車は、荘厳というよりもむしろ、派手とか、その、あまりお近づきになりたくないような雰囲気を醸し出していた。

 馬車の前に紅の天鵞絨をはった台が置かれ、盾のような形をした紋章の馬車の扉が開かれると、フサフサのマントを羽織った男性が、劇団員のような大げさな仕草で長めの金髪を片手で払いながら姿をお見せになった。

 ちらりと横目で窺うと、ナセリア様は静かに目を閉じて人形のように硬質な美貌を浮かべていらしたけれど、フィリエ様は明らかにお顔を歪められていて、エイリオス様に横から叩かれていらした。

 金髪の男性は、横に並ぶ僕たちには目もくれずに、ナセリア様の下まで歩いて行かれると、その手を取って甲に口づけを落とされた。


「お出迎えありがとうございます、ナセリア姫。相も変わらずお美しい。ヒエシュテイン皇国第一皇子、アルトマン・ヒエシュテイン、あなたに会うために参りました」


 その様子を見ていたフィリエ様は、拳を固く握り込まれて、今にも動き出されそうなご様子だったけれど、どうにかご自重なさったようだった。


「遠いところお疲れでしょう。国王様と王妃様は玉座の間でお待ちです」


 ナセリア様は完璧な笑顔を浮かべられていたけれど、それは先のお祭りなどでも見ていたような自然なものではなく、どこか作り物めいた、張り付けられた笑顔のようで、本当に綺麗な人形のようだった。


「ところで彼は? 以前尋ねた時には見なかった顔ですが」


 アルトマン様はナセリア様の後ろに従われながら、腰を屈められると、わずかに僕に視線を向けられながら、ナセリア様の耳元に口を寄せられた。


「どうかされましたか、フィリエ様?」


 アルトマン様はフィリエ様の方へと顔を向けられた。僕の方からは見えなかったのだけれど、フィリエ様の表情がわずかに動いたらしく、肩がわずかに揺れていた。


「いえ、なんでもありませんわ、アルトマン様」


 フィリエ様がそうおっしゃられると、ナセリア様は歩みを止めることなく僕の方を振り返られた。


「彼はこの春過ぎに新しく魔術顧問になったユースティアです。彼の魔法の実力は本当に高く、そしてそれ以外にもほとんど何の仕事であっても人並み以上にこなす優秀な人で、私も‥‥‥とても信頼しています」


「へえ‥‥‥」


 僕とアルトマン様は初対面であるはずなのに、どうやらとても――敵視というよりも――嫌われてしまっているらしい。

 僕は黙って目礼を返したのだけれど、アルトマン様はその前に視線を外されていた。



 国王様の前でも、アルトマン様の立ち居振る舞いはそれは立派なもので、フィリエ様がおっしゃるような危険な人物とは思えなかった。

 フィリエ様がおっしゃるには、お姉様を見る視線が嫌らしいのよ、とのことだったのだけれど、僕はアルトマン様がナセリア様をご覧になる視線を伺えるような場所には立っていなかったし、少なくともナセリア様に害をなそうという意志は感じられなかった。

 持参品などという、随分と立派な品々を国庫に仕舞い終えると、普段であれば魔法の授業の時間だったのだけれど、今日は姫様方はアルトマン様のご対応をなさるということで、申し訳ないけれど休講にという旨を仰せつかった。

 そのため僕は魔法師団の皆さんと一緒に、図書室に保管されていた古ぼけた魔導書の解読と解析なんかに精を出していたのだけれど、


「ユースティア!」


 フィリエ様が大きな音を立てて魔法師団に宛がわれている部屋の扉を開けられたので、僕たちは一斉に整列した。


「どうかなさいましたか、フィリエ様」


「どうしたもこうしたもないわ! 昼食を終えたら、お姉様はアルトマン様にリーベルフィアを案内するために外へ向かわれるのよ!」


 それは‥‥‥だからどうしたというのだろうか? 他国からのお客人が来たのであれば、国内を案内して回るのは普通のことではないだろうか。僕はリーベルフィアを見て回ったことはないけれど。


「それでアルトマン様がなんておっしゃられたと思う? あまりに大人数だと小回りも聞かなくなるから、出来れば小さい馬車で、お姉様と2人で回りたいなんて言い出したのよ! あの人、この国に来るのは何回目だと思っているのかしら!」


「落ち着いてください、フィリエ様」


 ここで僕たちを相手に話していても事態は何も変わらない。


「これがどうして落ち着いていられるのかしら! 個室にあの人とお姉様を2人きりで放り込んだら、って、乙女に何を言わせる気!」


「痛いです、姫様。大事な本を投げないでください」


 フィリエ様は瞳を潤ませて、僕の手を握り込まれた。


「私は失敗しちゃったから一緒に行けないけれど、ユースティアなら護衛とかなんとか、どうとでも理由は付けられるでしょう? お願い、お姉様を護って差し上げて」


 フィリエ様が危惧されていらっしゃるような、アルトマン様の危険性を僕は今一理解できていないのだけれど、たしかにナセリア様と他国の要人がお出かけになられるのならば、護衛は必要かもしれない。

 アルトマン様の実力は存じ上げていないけれど、ナセリア様はいくらこの国の中で魔法に秀でた方だからと言えども、まだ9歳の――もうすぐ10歳になられる――女の子であるということには変わりがない。


「私がお父様に口添えするから。お父様だって、お姉様があの人と2人きりでなんて、心の奥では反対のはずだから、きっと許してくださるわ」


 あれよあれよと、フィリエ様に手を引かれるままに、あっという間に国王様の前まで連れて行かれてしまった僕は、ナセリア様とアルトマン様のご観光に護衛として同行することになってしまった。

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