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ダンスの申し込みを

 お祭りはすっかり日が落ちるまで続き、感謝祭と比べれば慎ましやかなものだったけれど、フィリエ様をはじめ、ナセリア様も、エイリオス様も、ずっと楽しそうにしていらしたので、お祭りを開催した目的はほとんど達成されたと言っても良いだろうと思われた。


「ミスティカ様、レガール様、本日はお楽しみいただけましたか」


 ミスティカ様も、レガール様も、終始王妃様のお傍を離れられずに、終盤には眠たげに目を擦っていらしたのだけれど、可愛らしい造形の飴細工や、ふわふわした砂糖菓子を食されて、とても幸せそうなお顔を浮かべていらしたのを、僕も確認している。


「た、楽しかった、です」


 まだぎこちなく、おどおどとした様子ではあったけれど、フィリエ様も王妃様のスカートの陰からちょこんと顔を覗かせて、緊張しているような、照れているようなご様子でお礼を告げてくださった。


「それは何よりです」


 けれど、やはりというか、さすがに眠そうなご様子で、目を擦っていらしたので、王妃様は少し失礼しますね、と、お2人を連れてお部屋へお戻りになられた。

 この後にはお城の舞踏会場等のホールではなく、お庭でそのままダンスを踊る予定になっている。

 ダンスと言っても、街のお祭りで踊っているような、型も何もないようなもので、姫様方が普段参加なさっていらっしゃるようなパーティーで踊られる格式ばったものではない。いや、図書室の本に書かれていただけで、本当に姫様達がそういうパーティーにご出席なさったことがあるのかなんて知らなかったけれど。少なくとも、僕がこちらで魔法顧問の仕事についてからはそういったことは開かれていない。

 僕はお城の庭を覆う様に、遮音障壁を展開する。

 外からの音も聞こえなくなってしまうという、防犯の面だけを考えれば少しばかり危ない気もするものだけれど、ここで音楽を奏でるとなると、お休みになっていらっしゃるミスティカ様とレガール様のご迷惑になってしまう。

 だから、遮音障壁の外に、魔力物理障壁と、探索魔法を展開することも忘れない。

 昼間は大丈夫かもしれないし、実際問題はなかったわけだけれど、夜間は王妃様と国王様、王子様と姫様のいらっしゃる場所が、多少なりとも離れてしまう。自分だけで全てをこなせるなどと思い上がってはいないけれど、僕はいままでのように、何の立場もない、ただのユースティアではないのだ。


「僕も少し見て回ってこようかな」


 障壁、結界に異常はなかったから大丈夫だとは思うけれど、一応自分の眼でも確かめておこうかと思い、ちょっとダンス会場を抜け出そうとしていたのだけれど、


「どこへ行くのよ、ユースティア」


 楽しそうな顔をしたユニスに捕まってしまった。


「ユニス、今日はまだいていいの?」


 ユニスはお城に泊まっていることもあるけれど、大抵はお城のすぐ近くにあるのだという自宅に夜遅くなろうとも帰っていたはずだ。

 ご両親や、兄妹姉妹の世話もあるらしいし、とても大変ではないかと思う。本人は至って元気そうで、隈なんて作ってきているのを見たことはないけれど。


「ええ。今日は大丈夫、お城でお祭りをするから遅くなるって言って来ているから」


 ユニスは柔らかく微笑むと、僕の手を引いて音の鳴る中心、踊りの真っただ中へと僕を引っ張っていった。


「こういう時は男性がリードするものよ、ユースティア」


 そう言われても。


「僕は踊りなんて踊れま、踊れないよ。踊ったこともない」


 今までお祭りなんて参加したことはなかった。このお祭りだって、たくさんの本をミラさんに教えていただきながら読み、たくさんの人の意見を聞き、どうにか、やっとこさ形にしたものだ。自分で踊りの練習をする時間なんて取れるはずもない。


「大丈夫よ。格式ばったものは私も少ししか踊れないけれど、これはお祭りで、お祭りのダンスは自由なものと相場が決まっているのよ」


 そう言ってユニスは僕の手を取ると、僕をぎゅっと抱き寄せた。


「ユースティアは運動神経が良かったから大丈夫、私に合わせて足と手を動かせばいいから」


 ユニスは僕と同じくらいの身長、もしくは少し高いくらいなので、引き寄せられると、ユニスの柔らかな感触と、真っ直ぐに澄んだ空色の瞳が近くから僕を見つめていて、なんだか僕は顔を逸らしてしまった。


「そうそう、上手いじゃない」


 ぎこちなくなりながらも、どうにかユニスの顔だけを見つめて、一心不乱に足を動かす。

 慣れないことをするのは本当に大変で、ユニスが満足したような笑顔を浮かべて足を止めた時には、僕はもうくたくただった。それは、肉体的にも、精神的にも。


「お疲れ様、ユースティア。でも、まだもう1曲は踊らなきゃだめよ」


「お願い、少し休ませて」


 ユニスは優しげな瞳で微笑むと、


「だーめ」


 僕の後ろの方を指差した。

 振り返ると、ナセリア様が何だかふくれていらっしゃるような表情で僕たちの事を見つめていらして、僕と目が合うと、頬をほんのりと薔薇色に染めて、わたわたとどこかへ歩いて行かれてしまった。


「リードの仕方は教えてあげたでしょう? あとはしっかり紳士的な対応をしてくるのよ」


 普通の、と言っては失礼だけれど、女性に対する接し方はある程度慣れてはいるけれど、流石に姫様にダンスを申し込んだ経験なんてあろうはずもない。あるのは書物から学んだり、ある程度身分の高い方に仕えるための作法らしきものが少しだけだ。

 しかし、ここから逃げるわけにはいかない。

 同じ女性のユニスが言うのだから、おそらくナセリア様は僕がダンスに誘うのを待っていらっしゃるのだろう。待たせすぎて女性に恥をかかせたくはないし、姫様が望んでくれるなんて、そんなに光栄なことはあまりない。


「まあ、もし違っていたとしても、何かあるわけじゃないしな」


 断られたときは、ショックはそれほどではないかもしれないけれど、格好が悪い。いや、格好のいい悪いなんて気にしてはいないけれど。


「気にしていないはずだけど」


 なんでナセリア様の前で格好悪いかどうかなんて、そんなことを気にしてしまったのだろう。

 実際に申し込んでみたら何か分かるのだろうか。


「ナセリア様」


 透き通った布を幾枚も重ねた真っ白なドレスを着ているナセリア様は、おとぎ話というものに出てくる妖精か女神様のようで、僕が近付いても、今度は何処へも行かれずに、ぴくりと肩をわずかに揺らされただけだった。お祭りの時はもっと動きやすそうなものを着ていらしたから、おそらく着替えていらしたのだろう。

 僕はナセリア様に向かって腰をかがめて、普段よりももっとうやうやしく言った。


「本日も本当にお綺麗ですね。妖精の国のお姫様のようです」


 ナセリア様はお祭りに出ていた林檎飴のように頬を染められて、そわそわとしながら、


「あ、あの、ユースティア、その」


 しどろもどろに言葉を紡がれる。

 こういう時には男性がリードしなくてはならないと言っていた。


「僕と踊ってください、ナセリア姫」


 ナセリア様は驚いたような、はにかんだ様な、嬉しそうな顔を浮かべられて、


「よ、喜んでっ」


 小さな手を差し出してくださった。

 なんだか周りから見世物にでもされているような視線を感じてはいたけれど、悪い雰囲気を感じるものではなかったので、僕はそのままナセリア様と一緒にくるくるとゆっくりと踊った。

 脚を踏んづけてしまったり、無作法を働いてしまったりしないかと不安だったけれど、ナセリア様は終始お顔を輝かせていらして、僕もつられてなんだか嬉しくて、楽しくて、幸せな気持ちになっていた。

 もやっとしたものは感じられなかった。

 

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