嬉しいけれどもやっとしたお祭り
翌日、お祭り当日の空は、気持ちよく澄み渡っていた。
「絶好のお祭り日和ね、ユースティア」
朝の食事へ向かわれるところをすれ違ったフィリエ様は、待ちきれないといった期待に満ちた瞳を輝かせていらした。
姫様方の食事の準備に本職の料理人の方々は忙しいとも思ったのだけれど、そんなことは全く感じさせずに、お祭り用の料理やお菓子を、焼いたりゆでたり、盛り付けたりと、とても忙しそうにしていらしたけれど、とても楽しそうにしていらした。
「私も楽しみです。国王様に嫁いでからは、こういったお祭りにもあまり参加できなくなってしまいましたから」
少し不満そうに、けれど楽しそうにそうおっしゃられた王妃様は元々はリーベルフィアの普通の家庭のご出身ということだった。
クローディア様は学院に通われていらしたということだけれど、何かの行事で偶々出会い、熱烈な求婚の後に恋に落ち、そのままご結婚までなされたのだとか。
王妃様は学院の卒業までは通われたのだけれど、ご卒業なさってすぐにご成婚に至り、翌年にはナセリア様をご出産なさったのだという。それと同時に、現在は何処とも知れない場所で隠居なさっているという先代国王様より位を譲り受けられ、アルトルゼン様が第108代リーベルフィア国王に即位されたということだ。
「あの子達も楽しんでくれるといいのですけれど」
王妃様は、やはり朝早くから起きられて、僕たちのところへ手伝うことはないかと尋ねていらした。当然、王妃様にそのようなことをさせるわけにはいかず、僕たちの必死の説得の下、王妃様は会場となる庭からは去ってゆかれたのだけれど、その後、厨房へと向かわれたらしい。
厨房に入られた王妃様はすでに自前のエプロンまで準備されていたらしく、料理長様が気付かれたときには、すでに鼻歌を歌いながらお菓子を作り始められていらしたという事だった。
「きっと、王子様方も、姫様方も、大喜びですよ」
「だと、良いのですけれど」
不安げな口調ながらも、王妃様は嬉しそうだった。
お祭りは、姫様方が朝食を取り終えて少しの休憩をとられた後、お昼の少し前から始められた。
「本当は、街の皆さんにも参加していただきたかったのですけれど」
先の事件のこともあってか、今日城門はいつも通りに固く閉じられていて、このお城に暮らす、もしくは働いていらっしゃる方以外は参加されることはない。
本当のお祭りに近づけたいのであれば、城門を解放し、国民の皆さんにも参加していただいた方が良かったのだけれど、お城の庭は広いとはいえ国民全員が収まろうはずはもちろんない。
では、招待状制にして限られた人数だけでもお呼びすれば良かったのかと言えば、そんなことはない。そんなことをすれば、呼ばれた方と呼ばれなかった方との間で不和が生じることは確定的だったからだ。それから、ナセリア様の決意を無にするわけにはいかないので報告するわけにはいかなかったのだけれど、国民の中に間者がいるという可能性も全くないとは言い切れない。城の中全てを完璧に見張ることは出来ても、僕の身体は1つしかないのだ。すべてをカバーすることは出来ない。
「ナセリア達にもお友達は必要だと、ユースティアさんはそうは思われませんか?」
「敬称も敬語もつけていただく必要はございません、クローディア様。お友達、というのは、家族とは違うのですか?」
質問を質問で返すことになってしまったけれど、友達という括りがどのようなものか、僕には分からない。
学院、と呼ばれる場所にクローディア様は通われていたということだから、そこで培われたものだろうか?
王妃様は、一瞬目を見開かれ、何かを考え付いたような表情をなさった後、思い返されたように柔らかな笑顔を浮かべられた。
「そうですね。家族とは違いますけれど、とても暖かくて、素晴らしいものです」
それはどこかへ思いをはせていらっしゃるようなお顔でもあったけれど、とても綺麗なものだった。そんな風に思える方がいらっしゃるのは素敵なことだと、僕も是非姫様方にはそのお友達なるものができると良いと思った。
◇ ◇ ◇
午前10時丁度、僕たちが待機する庭へ、ナセリア様達が姿をお見せになった。
最初に駆け出して出てこられたのは、やはりフィリエ様で、目を輝かせてお庭を見渡された。
「すごくいい匂いね。何からいただこうかしら」
「おいフィリエ、そんなにはしゃぐんじゃない。もっと慎みをだな」
真面目に注意をなさるエイリオス様に、フィリエ様はじとっとした目を向けられた。
「何を言っているの、エイリオスお兄様。お祭りではこうしてはしゃぐのが作法なのよ」
お祭りには作法はないけれど、参加している人たちが楽しめるのが一番だ。フィリエ様がそれで楽しいのならば、僕たちには何も言うことはなかった。その笑顔だけでも、僕たちに対する褒賞には十分過ぎた。
「まずは何と言っても輪投げよ!」
前回途中で中断させることになってしまい、とても申し訳なく思っていたのだけれど、やはりフィリエ様もそのことを残念に思っていたらしい。見れば、ナセリア様も、走ってこそいないけれど、フィリエ様の向かわれる方へいつもよりも少しばかり速足で向かわれている。
「そうでしょう、ナセリアお姉様!」
「ええ、そうですね、フィリエ」
エイリオス様は別のところへ向かわれようとしていた様子だったけれど、フィリエ様に「逃げるの?」と発破をかけられて、お2人に混ざって一生懸命に輪を放っていらした。
「ミスティカ、あなたは何かしたいことはないの?」
クローディア様が、スカートの端をぎゅっと摘まれているミスティカ様に優しく語り掛けられる。
「そう、じゃあ、順番に回っていきましょう」
レガール様とミスティカ様の手を引かれた王妃様は、近くの屋台から順番に回られることにされたようだった。
僕は王子様、姫様方の楽しそうなご様子を1歩引いて見ていたのだけれど、しばらくすると、アルトルゼン様が外まで出てお出でになられた。
「皆楽しんでいるようだな。そなたの、そなた達のおかげだ」
国王様は暖かい目で、お庭の間を駆け回られる姫様方を見つめられていた。
「いえ、私の力が及ばず、このような形での開催となってしまいました。また、このようなことを催させていただけるのでしたら、今度は姫様、王子様の同年代の方もお城にお招きして、王妃様のおっしゃられていたお友達というものを、是非ともつくって差し上げたいです」
王妃様は本当に嬉しそうに語っていらした。よほどお友達というのは良いものなのだろう。
「ほう。ユースティア殿はナセリアに仲の良い男の友達が出来ても一向に構わないと?」
美貌の国王様は、面白いおもちゃでも見るようなお顔で僕の事を見つめていらした。
「今は貴殿にとてもよく懐いている様子だが、仲良しが出来れば、そちらの方とよく遊ぶようになるやもしれぬぞ?」
ナセリア様に限らずとも、本当に心から信頼できる方が出来るのは良いことだと思う。僕にはもう出来そうもないことだけれど、きっとそれはとても眩しくて良いものであるはずだ。
「それはとても素晴らしいことだと思います。きっと」
仲の良い、兄妹姉妹以外のお友達と仲良く笑顔を浮かべてお茶をしたり、魔法や学問の勉強をしたりするナセリア様を思い浮かべると、とても胸の中が温かくなったけれど、ほんの少し靄がかかったような思いがした。




