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そんな世界に何の意味があるんだろう

 その日の仕事場は仕立て屋さんだった。

 決して大きいとは言えない店内は、色鮮やかな布地や、華やかなレース、可憐なリボンや、恰好の良いボタンで溢れている。

 僕は店の裏の仕事場、縫製室でせっせと糸と針を動かしていた。

 魔法で整えてしまってもいいけれど、折角他人に着て貰う物なのだから、1針1針、気持ちを込めて縫い上げたかった。


「皆、喜んでくれるだろうか」


 ご主人にはお願いして、裁断した布の使わない部分を賃金とは別で頂いている。1着ずつだと、不公平だと不要な争いが起きてしまうかもしれないから、待たせて悪いとは思いつつも、全員分が――僕の分を除いて――揃うまでは秘密にして、皆には黙っていたけれど、今日の休憩時間にようやく6着全て完成した。


「今度はズボンかな。ティノ達にはワンピースでいいかもしれないけど、リィト達にはあんまりね」


 余った布で縫っているのだから、継ぎはぎだらけで、色もバラバラだ。


「そりゃ喜ぶに決まってるよ。あんたの想いが込められているんだからね。形なんてどうでもいいのさ」


 声を掛けられて振り向くと、仕立て屋の女主人であるシーマさんが時計を手に持って立っていた。針の示す時間は休憩時間をオーバーしており、僕は慌てて頭を下げた。


「あっ、すみません。今戻ります」


 てっきり呼びに来たのだと思っていたけれど、シーマさんはいいからいいから、と言って、僕を咎めたりはしなかった。


「それ、子供たちのために作ってあげているんだろう?」


 僕が孤児であることを、当然シーマさんは知っている。それでもこうして雇ってくれていることに、僕はいつも感謝していた。


「はい。シーマさんとご主人には大変感謝しています。おかげ様で今しがた全員分仕上げ終わりました。保管までしてくださって、本当にありがとうございます」


 僕が深く下げていた頭を上げると、シーマさんに髪をぐしゃぐしゃと撫でられた。


「頑張ったわね。でも、子供はもっと大人に甘えてもいいのよ」


 そう優しく声を掛けられたけれど、僕は首を横に振った。


「すでに多大な厚意を受けています。それに、これは僕が自分で皆にプレゼントしたかったものですから」


「そう」


 シーマさんは目を細めて優し気に微笑んだ。


「じゃあ、あと少し頑張って貰おうかしらね」


「もちろんです」


 全員分を縫い上げた高揚感も相まって、僕は張り切って返事をした。



 ◇ ◇ ◇



 その日の帰り、僕は全員分の縫い終えた服を、シーマさんのご厚意を断り切れずに頂いてしまった袋に入れて、軽い足取りで歩いていた。

 余った布とはいえ、お店に並べるような服の縫製に使うものばかりだ。手触りもよく、色合いはバラバラだけれど見栄えは良くしたつもりだ。


「僕の分がないけど、黙っていれば大丈夫だよね」


 ティノは変なところで目ざといから、もしかしたら気付かれてしまうかもしれないけれど、それならそれで構わない。きっとなんだかんだ言いつつも、喜んではくれるだろう。その顔を想像すると、僕は1人、微笑んだ。


「少し遅くなっちゃったけど、結界に反応はなかったし、大丈夫だよね」


 結界が強引に破られれば僕は気付く。それに、それ程強引にやれば騒ぎになるはずだし、流石に誰かが気がつくだろう。

 出かける前にティノが言っていた噂が少し気にはなるけれど、多分大丈夫だと自分に言い聞かせて、僕は皆のところへ帰る。


「あれ? いつもはここまで迎えに出てくるのに」


 いつもなら僕の足音なのか、気配なのかに反応してパタパタと駆け寄って来るはずだけれど、そんな気配は感じられなかった。

 少し変だとは思ったけれど、件の犯人がどのような手段を持っているのか分からなかったから、音響攻撃に注意して外部の音は聞こえないようにしていたんだと思い出した。足音が聞こえなければ、僕のように魔法が使えるわけではない皆が気配だけで察知するのはまだ難しいことだろう。


「ただい‥‥‥ま」


 曲がり角を曲がって、僕は目の前に広がる光景に言葉を失った。

 夥しい血の海の中に子供だったらしい人体の欠片が、あるところは砕かれ、あるところは削ぎ落され、バラバラに散らばっていた。


「おっ? こいつらが言っていた奴が帰ってきましたぜ」


 こちらに気がついたような男のものらしい言葉がしていたけれど、僕の耳はそんなことを拾っちゃいなかった。

 僕の視線は、血だらけで、男に髪を掴まれて吊り下げられているティノに釘付けだった。

 僕に気がついた男はティノを無造作に投げ捨てた。


「‥‥‥っは、‥‥‥っく」


 上手く呼吸が出来ない。

 治癒魔法を使わなくてはと分かっているのに、身体が、精神が言うことを聞いてはくれなかった。


「ティノ‥‥‥?」


 どんな姿になっていようとも見間違えるはずはない。

 僕はようやくそれだけの言葉をひねり出すことしかできなかった。


「逃げ‥‥‥ユー‥‥‥ア」


 かすれた声で、か細い息を漏らしながら、必死に手を伸ばそうとするティノの姿を認識すると、僕はようやく目の前の絶望的な状況が真実であると思い知らされてしまった。


「ティノ‥‥‥! 皆、今治癒魔法を‥‥‥!」


 この場に第三者がいることなど気にも留めず、お土産の洋服を投げ捨てて、僕は必死に駆け寄った。

 動揺しているのか、上手く魔法が使えない。

 早く治さなくてはと分かっているのに頭と心がそれに付いていかない。

 ようやく溢れだした魔法の光は、何とも頼りなく、弱弱しいものだった。


「言っていた通りだな。ちと聞いていたよりも弱そうだが、これは間違いなく魔法。それ以外の説明がつかねえ」


 誰かが何かを言っている。

 うるさい、邪魔をするな。思考が乱れる。


「どうせもう助からねえよっ!」


 脚がティノの頭を蹴り飛ばした。ティノの身体は僕から離れ、数度地面をはねた後、パタリと動かなくなった。


「こんな発育の悪いガキにマシな使い方は出来ねえが、魔法が使えるこいつだけは別だ。どこに持っていっても高値で売れる」


 後ろでは男たちが笑っているようだったけど、僕には分からなかった。僕の耳はただティノのか弱い、今にも消えてしまいそうな息遣いだけを捉えていた。

 

(まだ助けられる‥‥‥)


 僕はふらふらとおぼつかない足取りでティノの元へと向かった。

 待っていて。今すぐに治すから。


「ユースティア‥‥‥生きて‥‥‥逃げ延びて‥‥‥」


「まだだ! 諦めないで、ティノ!」


 僕は全力で、必死でティノに治癒魔法をかける。

 生きているうちなら、これで絶対に助けられるはずだ。


「ティノ‥‥‥?」


 しかし、いくら魔法をかけてもティノが再び僕の名前を呼んでくれることはなかった。

 

 ――キミも捨てられたの?


 ――分からない。気がついたらそこにいたの。


 頭の中で、くすんだ金髪の、名前も知らない女の子と出会った日のことが思い返される。


 ――泣かないで。大丈夫、今日から僕が君の家族だよ。


 行く場所も、自分の名前も分からないと泣いていた女の子に僕はそっと手を差し伸べたんだ。


 ――そうだな、じゃあ、今日から君はティノ、ティノだよ。僕の妹だ。


 ――‥‥‥あなたの名前は?


 その時の僕には名前はなかった。1人でいるのに、他人と分ける必要はなかったからだ。


 ――僕も自分の名前は知らないんだ。だから、君がつけてよ。今日から妹になる君、ううん、ティノが。


 ティノは鼻を啜りながら、涙の浮かんだ顔で僕を見上げて。


 ――じゃあ、ユースティア。


 その日から僕はユースティアで、ティノの家族になったんだ。

 その暖かい名前を僕は何度繰り返したことだろう。


 でも、そのティノはもういない。


 ユユカも、ロレッタも、リィトも、ヒギンズも、ルディも、皆、もうこの世界にはいない。

 僕がただいまと帰って来ても、おかえりなさいと迎えてくれる家族はもういないんだ。


 そんな世界に何の意味があるんだろう。


「うわあああああああああ!」


 気づいたときには僕の周りには誰も居なくて、僕はその場で気を失った。




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