お祭りの準備
「ナセリアと何かあったのかな?」
夜のご飯を頂いた後、部屋へ戻ろうとしていたところでアルトルゼン様にお声をかけられた。膝をつこうとした僕を、公の場ではなく1人の父親としての問題だからと押しとどめられた。
美貌の国王様は心配しているのだという風の表情を浮かべていらしたけれど、それはただ純粋なものではなく、肩はわずかに震えており、どうやら楽しんでいらっしゃるようなご様子だった。
「何かとは一体何でしょうか?」
国王様に対して本当に不敬な態度だとは思ったのだけれど、どうも裏の意図がある様に感じられて、僕は訝し気な目を向けてしまっていた。
「いや、どうやら我が娘が何やら貴殿との問題を抱えている様子だったので気になったのだよ」
国王様はそれを咎めたりはされずに、むしろ朗らかなお顔をなさると、変わらない口調で続けられた。
問題となる事件に心当たりはあったけれど、理由までは思い至らない。たしかに今日の魔法の授業中にナセリア様は顔を赤く染められて走ってどこかへ行かれてしまい、戻られることはなかったけれど、フィリエ様やエイリオス様がそれを報告なさるとは思えない。
ナセリア様がご自分でご報告なさるはずもないだろうし、カマをかけられているのかもしれない。
ナセリア様がご自分でおっしゃられず秘密になさりたいことを、いくら国王様、いくら父親であろうとも、僕の口から告げられるはずもなかった。
「私には心当たりはございません。お力になることが出来ず、申し訳ございません」
僕は目を逸らさずにはっきりと言ってのけた。
国王様と視線がぶつかる。
僕たちは互いに視線を逸らさず、しばらく見つめ合っていたけれど、一国の国王様ともあろう方のお心を、僕ごときにわかろうはずもなく、しばらく無言の時間が流れた。
「そうか」
国王様はそれだけ告げられると、何か思いつかれたような、企み顔を浮かべられて、どこかへと歩いて行かれた。
邪悪なお顔ではなかったけれど、質問の内容から考えても何か僕と、それからナセリア様にとって良からぬことを考えておられるのだろうことは想像がついた。さすがにそれがどのようなものかまでは分からなかったし、家族には基本的に甘く、愛情を持たれている父王様が、愛娘にとって良くないことを起こすだろうなどとは思っていなかったけれど、何となく気になった。
「さて、はやく計画書をまとめて提出しないと」
ヒエシュテイン皇国の皇子様がいらっしゃるまでと、ナセリア様のお誕生日まではもうそれほど時間もない。明日中くらいまでにはお祭りの計画書を提出して、準備に取り掛からなくては。
僕は部屋へ戻ると、姫様方や、メイドの皆さんから窺った意見を参考にしながら、お祭りの計画書を考えた。
◇ ◇ ◇
翌日、朝一番で国王様にお渡しした計画書はあっさりと認められ、僕は即座に準備に取り掛かった。
お城で働いていらっしゃるメイドの方はもちろんの事、騎士の方も、魔法師団の方も、庭師の方も、料理人の方も、だれもかれも、皆さんが手を貸してくださった。
入れ替わり立ち代わりで、姫様方のお勉強だったり、お食事の準備だったりで抜けられる方は少なからずいらしたけれど、人手の力というのは物凄く、翌日から翌々日にかけての夜半にはほぼすべての準備は整ってしまった。
「ありがとうございました。皆様のおかげですっかり準備も整えてしまうことが出来ました」
「何言ってるのよ」
僕が頭を下げると、ユニスが若干呆れているような口調で、
「姫様方のために私たちが尽力するのは当然のことじゃない」
当たり前のように言い切られた。
「そうだそうだ」
「我らの全ては姫様、若様のために!」
「おお!」
本当に、家族だけではなく、ここにいらっしゃる方全員に愛されているのだなと、ナセリア様達が羨ましく思えた。
こんな風に自分の事など顧みず、真っ暗になるまで、何の下心もなく付き合ってくださる方がいるというのは本当に素晴らしいことだと、心の底から思った。
「どうしたの、ユースティア?」
とても眩しいもののように思えて、目を細めていると、ユニスがひょっこりと顔を覗かせた。
「いえ、何でもないんです。明日に備えて、あと少しばかり残った作業は僕がやっておきますから、ユニス、は先に休んでいてください」
ユニスさんと呼んでしまいそうになり、慌てて言葉を飲み込んだのだけれど、余計に不自然なものになってしまった。
ユニスは僕の表情を伺う様に、じっとその場で見つめてきた。不自然に視線をずらすと、ユニスの豊かな胸に視線を向けていると他人に思われてしまうかもしれないと、どうでもいいような危険を言い訳にして、僕は笑顔を張り付けた。
「わっ!」
そう声を上げる暇もなく、ユニスに抱きしめられてしまった僕は、その豊かな胸に顔を埋めることになってしまい、周りからは、まだこの場に残られていた方、特に男性から羨ましがるような声が聞こえてきた。
「よしよし」
子供扱いしないでくださいと言いかけたけれど、ここにいらっしゃる誰よりも僕が子供であることは事実だったので、僕には反論する言葉はなかった。
しかし、仮に反論する言葉を持っていたとしても、その場で告げることは出来なかっただろう。
「せっかくの男前の顔が台無しよ」
横からミラさんが柔らかいハンカチで僕の頬の辺りを拭ってくださった。
「誰かのために、思うことはできても、実際に行動まで起こせる人はそう多くはないわ。あなたはもっと自分を誇ってもいいのよ」
僕は人に誇れるようなことなんて、そう思ったけれど、周りを見れば、皆さん同じような顔をされていた。
「いえ、まだ安心したり、誇ったりは出来ません。このお祭りの成功がなければ」
「よし! 明日は姫様、若様に最高のお祭りを!」
「最高のお祭りを!」
僕の思い付きなんかに協力してくださった皆さんに、僕はもう一度深く頭を下げた。




