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隣国の皇子様に関する評判

 お祭りを開催するうえで最も重要なのは開催場所の確保なのだけれど、それに関してはお城の庭を使わせて貰えるとのことだった。王妃様やミスティカ様、レガール様のためにはお城のホールなどを使用した方が良いのではないかとも思ったけれど、今ホールはお客様をお迎えする準備で忙しいとのことだった。


「では私もそちらを手伝った方が良いのではないでしょうか」


 何でも、オランネルト鉱山とムーオの大森林を北方に抜けた先、ヒエシュテイン皇国から書簡が届けられていたらしく、数日のうちにそちらの国の皇子様がいらっしゃるということだった。

 もちろん準備をなさっているのはお城にお仕えしていらっしゃる方の中でも、特にそういったことに秀でた方達なので、僕に何が出来るというわけでもないだろうけれど。


「いえ、こちらのことは私共にお任せください」


 私たちが働いている間になんで祭りの準備などとぬかしているんだこいつは、などといったマイナスの感情は全くうかがうことのできない表情でメイドの方達に言い切られてしまえば、僕に出来ることは何もない。僕も掃除や装飾が出来ないわけではないけれど、皆さんはその仕事に誇りと喜びを感じていらっしゃるご様子だったので、それを邪魔することは憚られた。


「まったくなんでこんな時期にいらっしゃるのかしら。もうすぐ姫様のお誕生日だというのに」


「だからじゃないの?」


「でも私、あの方はどうも好きになれないわ」


 準備をしていらっしゃる彼女たちの口からはそんな会話が聞こえてきたけれど、僕は気にせず自分の作業を続けていた。どうやら城内でのヒエシュテイン皇国の皇子様の評判はあまり良くないものであるらしかった。


「当然よ。あの方は姫様を気に入っていらっしゃるから」


「姫様が他国の皇子様に気に入られていらっしゃるのは良いことではないのですか?」


 エイリオス様とアルトルゼン様、それにレガール様くらいしか僕の王族、皇族の男性に対する知識はないけれど、問題があるどころか、喜ばしいことなのではないかとも思える。


「だって、あの方、アルトマン様はねえ?」


「ええ。こう申しては何ですけれど‥‥‥私、どうもあの方は苦手というか」


 お会いしたこともない方を悪しざまに言いたくはないけれど、メイドの皆様の反応から察するに、あまり、姫様方にとっては、好ましい方ではないようだった。


「だから、ユースティアも気を付けてね」


 何に気をつけたらいいのか分からなかったけれど、僕はとりあえず頷いて、了解の意を返した。



 ◇ ◇ ◇



「だってあの人、お姉様をすごくいやらしい目つきで見ているのよ!」


 お昼の後の魔法の授業で、それとなく話題を振ってみたところ、当のナセリア様はまったく気にしていらっしゃらないご様子だったのだけれど、フィリエ様は待っていましたとばかりに口を開かれた。


「あれは絶対、頭の中でお姉様をあられもない姿にひん剥いて、嫌がるお姉様を無理やり蹂躙してそれに喜びを見出しているようなそんな人よ」


「こらフィリエ。淑女たる者、そんな言葉づかいをするものではない」


 エイリオス様が注意をなさったのだけれど、フィリエ様の勢いは止まるどころか、更に激しさを増していった。


「エイリオスお兄様は男性だからそんなことを言っていられるのよ。あれはお姉様を手に入れるためなら、どんなことでもするタイプの男性よ。お兄様が認めても、私は絶対、絶っ対に認めないんだから!」


 フィリエ様は苦労されているご様子で、ゆっくりと空中で僕の方へと身を寄せてこられると、小さな柔らかい手で僕の手をぎゅっと握られた。


「ユースティア。ユースティアもお姉様をしっかり守ってね」


 フィリエ様の顔は真剣そのもので、冗談や何かで言っているような雰囲気も全く感じられなかった。

 フィリエ様も仰られていたように、男性と女性では感じ方や考え方に差があるというのも事実。メイドの皆さんのお話の事もあるし、ただのパーティーだろうと思っていたけれど、もっと気を引き締めなければいけないのかもしれない。

 その前には自分で開くお祭りの事もあるし、やるべき仕事はたくさんある。


「でも、その前にお祭りよ! あの方が来るのは数日後なのでしょう? 手紙の日付と今日届いたことから考えても、まだ10日くらいは時間があるはずよ」


 空を飛べば山脈や森林などすぐに越えてしまうことは出来るけれど、馬車での旅、それも人だけではなく支度あるのだろうから、その歩みはさらに遅くなるだろう。書簡などは、ギルドに提出しておけば、早馬などで届けてしまうことは出来るだろうけれど、他人や物はそう簡単にも行かない。


「とびきり楽しくて、その後のお迎えなんて何でもないと思えるほどのものを期待しているからね!」


「お任せください。必ずや姫様のご期待に応えて見せます」


 僕がそう答えると、フィリエ様はナセリア様の背中に回られて


「とっても楽しかったら、お姉様がキスしてあげるわ!」


 そんなことをおっしゃられるものだから、僕は思わずナセリア様のお顔を凝視してしまった。

 花びらのように可憐な唇に目が吸い寄せられ、それからじっと見つめてしまっていると、見る見るうちに、ナセリア様の頬は林檎のように真っ赤に染まってしまった。

 

「ナセリア!」


 エイリオス様の鋭い一言で我に返った。

 僕は平気だったけれど、ナセリア様はどうも集中が乱されてしまったらしく、空中でバランスを崩されて、地面に向かって落下されている。

 それほど高くはなかったとはいえ、いや、だからこそ、ナセリア様が地面に落ちてしまわれるまでの時間は短い。

 僕は全力で地面へ向かうと、他の魔法を使う間も惜しんでナセリア様を抱き留めた。もちろん、強くなってしまわないよう、優しく慎重に。


「大丈夫ですか、ナセリア様?」


 なんとか間に合って地面とナセリア様の間に身体を滑り込ませることは出来たのだけれど、なかなかナセリア様はお顔を上げてはくださらなかった。

 空から落下するというのは、僕はしたことがないから分からないのだけれど、とてつもない恐怖だったに違いない。

 僕は不敬かもしれないと分かりつつも、ナセリア様を安心させるために、その柔らかくてサラサラな、銀糸のような髪の毛を優しく撫でた。王女様に対する態度ではないかもしれないけれど、今の僕はナセリア様の顧問、教師なのだから、生徒を安心させるくらいのことはしなければならないのかもしれない。

 腕の中の小さくて柔らかいいい匂いのするお姫様は、しばらくぷるぷると全身を震わせていらしたけれど、やがて顔を上げられると、僕とは目を合わせられずに、僕を突き飛ばされて、お城の方へと走っていってしまわれた。


「なんて可愛いのかしら、お姉様」


 フィリエ様は僕の方へとちらりと視線を向けられた後、ナセリア様の走ってゆかれた方へとうっとりとした目を向けられていた。

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