何を、誰を想ってのお祭り
「あの、フィリエ様」
ユニスや他のメイドの皆さん、それに料理人の方達やミラさん、その他お城で働かれているたくさんの方達からもお祭りに関する知識をある程度仕入れたので、思い切って姫様達からもご意見を伺うことにした。
はじめに伺ったのはフィリエ様のところだ。
誰よりもお祭りを楽しみにしているご様子だったし、それは毎日の僕の授業を受けていらっしゃる際の態度からも明らかだった。
「フィリエ様はどのようなお祭りをお望みなのでしょうか?」
だから僕は出来るだけフィリエ様の望みに近いものをご用意して差し上げたかったし、そうできるよう最大限の努力をするつもりだった。
「ユースティアが用意してくれるものなら何でも構わないわ」
しかし、フィリエ様はそうおっしゃられて悪戯っ子のように微笑まれるだけで、何か具体的なアイデアを教えてくださるわけではなかった。何でも良いと言われるのが一番困るのだけれど。
フィリエ様は僕の顔をじっと覗き込んでいらっしゃったけれど、しばらくしてわざとらしくため息をつかれた。
「こういうのはね、サプライズが大切なのよ。私がこうしてああしてって用意して貰ったんじゃつまらないでしょう」
そう言われても、お祭りなんてほとんど知識のない僕には、自分で開催するというのは、自分で言い出したこととはいえ、大分ハードルが高かった。
なので、当初の予定通りというか、僕はまず自分でお祭りについて調べてみることにした。
「お祭りの記録ならこの辺りの棚に揃っているわ」
お城の図書室へ行き、ミラさんにお祭りについてのことが載っている資料を探していただいた。
ミラさんはお城の図書室や書庫の管理、司書の仕事についてはいるけれど、別に司書としての知識だけではなく、美術品の鑑定士の資格だったり、遺跡や古文書、建築や占星術など、他にも色々と多才な知識をお持ちの方だ。
「でも、フィリエ様はそういったことをお望みなのかしら?」
「え?」
とりあえず端から読んでみようと、辞書を合わせて数冊の本を引き抜くと、ミラさんは頬に指を当てられたまま、蠱惑的な笑みを浮かべられた。
ミラさんは僕の正面、ではなく、僕の隣の席に優雅に腰を下ろされると、折角持っていらした本を脇へと避けてしまわれた。甘く、なんとも官能的な香りが僕の鼻孔をくすぐる。
「お祭りと一口に言ってもたくさんあるわ。多いのは何か神様に関連しているお祭りね」
大陸中を見渡すと、感謝祭、収穫祭、降誕祭、祈りの祭り、名前は違えど、神様に関連しているお祭りは多いように感じられた。
「先日のリーベルフィアの感謝祭だって、太陽の女神様であらせられるデューン様と、月の女神様であらせられるアルテ様に、毎日の恵みに感謝を捧げるためのお祭りでしょう」
だとしたら、僕が執り行うお祭りは何の神様に何を捧げるためのお祭りになるのだろう。
そんな風に考え込んでしまった僕に、ミラさんはとろけそうに甘い声で耳元に口を寄せられた。
「でも、そんなことはあまり関係ないのよ。あなたがお祭りを催したいのは、誰かの笑顔を見たいからなのでしょう」
ミラさんは図書室の入り口の方へとちらりと視線を向けられながら、ぱたんと本を閉じられた。
「あなたは誰のために、何を想って、お祭りを開こうと思ったのかしら」
僕がお祭りを開きたいと思った理由。
それはもちろん、先日のお祭りを中止させてしまったお詫び、フィリエ様とエイリオス様、それからもちろんナセリア様と、お城の外でのお祭りに抵抗がおありのようだったミスティカ様とレガール様のためだ。
「重要なのは何をやるのかっていう内容じゃないわ。誰の事を想って、どんな思いを込めるかだと、そうじゃないかしら? 姫様達もね、お祭りがしたいわけじゃないと思うわ。いえ、もちろんお祭りもしたいのでしょうけれど、それ以上にあなたと一緒になんでもしてみたいのよ」
「僕と一緒にですか?」
その何でもと言うのを知りたいのだけれど。
「まあいいわ。私の事を頼ってくれるのは嬉しいことだし、少し助言もあげる。でも、そこから何をするのか、決めるのはあなた自身よ」
ミラさんは仰らなかったけれど、きっと僕に必要なのは、何をするかではなくて、どうするかの方だったんだ。
何をすればいいではなく、どうすれば良いか。それを考えることが必要だったんだ。自意識過剰なのではないかって、考えるのを避けていた事だったけれど。
「ありがとうございました、ミラさん」
手を振りながら大人の笑みを浮かべるミラさんに一礼すると、僕は図書室を出て、そこで慌てたように小さくなっているナセリア様と鉢合わせた。
「ナセリア様? なぜそのような格好をなさっているのですか?」
ナセリア様は図書室の出入り口の扉の陰に蹲って、頭を抱えていらした。
頑張って目立たないようになさっている努力は認められたけれど、どこにいてもきらきらと月の光のように輝いていらっしゃる銀の髪は、隠れるのには滅法不向きだった。
僕がお声をかけると、ナセリア様は小さく肩を揺らされて、さっと立ち上がられると、長い銀色の髪をサラサラと揺らされながら、図書室の前の廊下を駆けて行かれた。図書室の壁に駆けられている木の板には、お静かにと走らないようにとの注意書きがなされていたので、僕はゆっくりとナセリア様の背中を追いかけた。
ナセリア様の後ろ姿は小さくなって、やがて見えなくなってしまったけれど、どこへ行かれたのかの想像は出来る。パタパタと階段を上られる音も聞こえていたし、反響から方向も分かる。
「ナセリア様」
音を立てて焦って閉められたようなナセリア様の自室の扉を静かにノックする。もしかしたら出てきてはくださらないかとも思ったのだけれど、しばらくして、ゆっくりと扉が開かれた。
ナセリア様はなんだか悔しそうな、それとも恥ずかしそうなお顔をされていて、わずかに目を逸らしていらした。
「もうミラとのお話は良いのですか」
わずかに拗ねていらっしゃるようにも思える口調が、年相応の子供のようで、僕は微笑んでしまいそうになるのを堪えていた。
「はい」
僕はその場に膝をついてナセリア様と視線を合わせると、神聖な気持ちでその手をとった。
「ナセリア様。今度のお祭りは、フィリエ様は勿論ですが、ナセリア様にもきっと喜んでいただけるような、そんなお祭りにいたしますので、どうぞ今しばらくお時間をいただけますか」
「私は別に‥‥‥。それに、ユースティアがお祭りを開こうと思ったのはフィリエのためなのでしょう」
たしかにあの時のフィリエ様の残念そうなお顔を見て、何か言わずにはいられなかったのは確かだけれど、それだけが理由というわけではない。あの場にいらっしゃらなかったミスティカ様、レガール様はもちろん、ナセリア様もエイリオス様も本当にお祭りを楽しんでおられて、けれどあの時に王女として、王子としての責務を全う成されたのはよく分かっているつもりだった。
「勿論それもありますが、ナセリア様もお祭りは楽しかったと、そしてあのような形になってしまって残念だったとお思いでしょう? そのお気持ちにつけられる差などございません」
僕はもう一度深く頭を下げた。
「きっと、ナセリア様にも心の底から楽しんでいただけるようなお祭りを開催させていただきます」
「‥‥‥楽しみにしています」
少しの間考え込まれた後、ナセリア様はとても優し気な微笑みを浮かべられた。