お祭りについて考える
「ご苦労だった、ユースティア殿」
夜も更け、日付も変わろうかという時刻だったにもかかわらず、アルトルゼン国王陛下は起きて僕の報告を待っておられた。
玉座の間の、いつもならばクローディア王妃がいらっしゃるお席は空いていて、アルトルゼン様と、見張りの騎士の方が数名しか残ってはいらっしゃらなかった。お城に住み込みではない方はお帰りになられているのだろう。
「済まないな。王妃も残ると言っていたのだが、私が休ませてしまった」
「いえ、陛下。当然のご判断かと存じます。陛下にもお休みいただいていてよろしかったのですが」
アルトルゼン国王陛下は薄く笑みを浮かべられた。
「それで、結果の方は?」
「はい。今晩の件の賊は全て捕らえました。明日以降の警備も全力を尽くしますのでご安心ください」
「ご苦労だった。それではもう一つの方に関してはどうだったかな?」
僕が包みと箱を取り出そうとすると、アルトルゼン国王陛下は、構わん、と手をあげられた。
「準備してあるのならば良いのだ。それは其方がナセリアに贈るために準備したもの。私に見せる必要はない。パーティーの時か、その日まで持っているが良い」
あまり大々的に国民の皆さんを巻き込んでやるわけではないけれど、お城ではナセリア様のお誕生日をお祝いするパーティーが開かれるそうだ。パーティーと言っても、誰かをお招きしたりするわけではなく、あくまでも身内の人間と、お城にいる方だけのものらしいのだけれど。
「さて、もう夜も遅い。其方ももう休んで良いぞ」
「ありがとうございます。御前失礼いたしました」
報告を終えた僕は玉座の間を後にして、貸し与えられている自室へと戻った。
◇ ◇ ◇
お城には、大勢が入ることのできる大浴場と呼ばれている、身体を洗い清めるための大きなお湯を溜める場所の他にも、自室にもお風呂が取り付けられている。
まさか本当にユニスと入るわけではなく、おそらくはもう清掃も終えてしまっているだろう大浴場に僕1人で入るなどという贅沢をするつもりはなかった。
自室のお風呂だって、僕に言わせて貰えば十分過ぎるほどの物だったし、身体を清めるための魔法も使うことのできる僕には大浴場を使用する必要性もそれほど感じてはいなかった。
「ああ気持ちいい」
このお城へ来るまでは、当然お風呂などというものを使ったことのなかった僕は、初めの大変さを思い出した。
浄化の魔法で身体を清めればそれで済んでいた僕とは違い、誰もがそう気軽に魔法を使うことが出来ないこの国、もしくは世界では、それに合った施設が設けられていた。
浴槽にお湯を注ぎ、適度な温度まで調節する。普通は蛇口と呼ばれる処を捻るとお湯や冷水が出てくるのだということだけれど、僕はそれらを使用することはなく、自前で水を用意している。
そうしてお湯につかりながら、フィリエ様とお約束したお祭りの事を考えていた。ナセリア様のお誕生日の前に、というよりも、あと数日で企画から準備から、何から何までしなければならない。
フィリエ様にはああ言ったものの、どうしたら姫様達に楽しんでいただけるのかは分からない。
もちろん全力を尽くすつもりではいる。しかし、初めての事であるため、それが正解なのかどうか、姫様のご期待にそうものが出来るのかどうか不安は尽きない。
今晩、いや、時間的に考えれば昨晩のお祭りのことははっきりと思い出すことが出来る。途中で切り上げることになってしまったとはいえ、このリーベルフィアのお祭りの雰囲気は十分に感じることは出来た。
ティノ達と一緒に暮らしていた時にも、お祭りと呼ばれるものが開かれていたことは知っている。働き先の皆さんが話していたりしたからだ。その時期になると、どこのお店もいつもよりもっと忙しくなった。しかし、僕には仕事があったし、お祭りをみんなで楽しむことが出来るほどのお金はなかった。つまりお祭り自体に参加したことはなく、いつも聞こえてくる音楽を聴くだけで何となく想像していただけだった。
フィリエ様は、エイリオス様は、そしてナセリア様は、昨晩のお祭りのどこが気に入られたのだろう。
「考えていても仕方はないか。朝になったら、ユニスとか、皆さんに聞きに行こう」
自分だけで悩んでいても、僕の中にある引き出し以上のアイディアは出てきたりしない。そして、そのことに関して、僕の引き出しは圧倒的に不足していた。それならば、おそらく僕よりは詳しいと思われる方に聞いたり、調べたりする方が良いのではないかと思えた。
例えばユニスならば、学院というところに通っていたらしいし、友人もたくさんいるみたいだから、何か良いアイディアを持っているかもしれない。魔法師団の方々は‥‥‥あの方たちはあまりそういったことに興味はなさそうだし、期待は出来ないかもしれない。お祭りに参加するくらいならば魔導書の1冊でも読んでいたいというような人たちだ。
もちろん、ナセリア様やフィリエ様に直接お伺いするなどということは出来ない。プレゼントでもそうだけれど、こう言ってしまって良いのか分からないけれど、驚かせるほうがより感動も大きくなるからだ。もしかしたら、準備から一緒にやった方が楽しいとおっしゃられるかもしれないけれど、やっぱりできれば当日まで内緒に事を進めた方が良いと思う。
「でもやっぱり、明日の授業が終わったらそれとなく尋ねてみよう」
今考え続けて明日の朝に寝坊するわけにはいかない。
メモ用紙に明日の予定を書き込んだ僕は、ふかふかのベッドに横になると、やっぱり大分疲れていたので、一瞬で眠りに落ちてしまった。