祭りの夜の終わり
お城の騎士の方達は、僕が捕まえた方達の顔を見ただけで心当たりのあるような顔をされた。
「おい、こいつは詐欺師のウワグナじゃないか」
「こっちはスリのウェーリットだぞ」
詐欺師やスリの顔が分かっていてどうして捕まらないでいたものかと不思議には思ったけれど、市中の噂程度には詳しくとも、実際にお城に勤めている騎士の方が任されているのはお城の警護だ。そういった仕事は街中の組織がやっているのかもしれない。
「ギルドの方に手配書が回ってなかったか?」
「確認して参ります」
夜も更けてきているというのに、騎士の方達は馬を走らせて行かれた。
ギルドというのは冒険者と呼ばれる方達の集いの場とも言えるような場所で、未踏域の調査や驚異の排除と素材の入手、宿泊所も兼ねていたり、もちろん事件の調査も担当しているらしい。
「お疲れ様です、魔法顧問殿」
「本来ならば我々がするべきことですのに」
犯罪の捜査に、誰がするなどという明確な決まりはない。むしろ、誰もがするべきなんだ。そういう雰囲気を作れることが、街の暮らしを良くしてゆくのだと思う。
「それでは申し訳ありませんが、後のことはお任せしてもよろしいでしょうか?」
僕ももう少しやるべきことがある。お祭りは明日もやっているみたいだけれど、僕が自由に動くことが出来るかどうかは分からない。
「それは構いませんが‥‥‥」
「実は王妃様にもうすぐナセリア様のお誕生日なのだと教えていただいたのです」
ああ、と騎士の方達が訳知り顔で頷かれた。
「ナセリア様はユースティア殿の事を‥‥‥気に入っておられるご様子ですからね」
たしかに、こう言っては自意識過剰ととられるかもしれないのだけれど、ナセリア様はよく僕のところへいらっしゃる。お姫様としてのお稽古や勉強も、それこそたくさんあるだろうに、それに毎日魔法をお教えする授業の時にもお顔を合わせているというのに。
「単に物珍しいだけではないでしょうか。フィリエ様も僕のところへはよくいらっしゃいますし」
「いえいえ。たしかにフィリエ様はユースティア殿がこちらへ参られる前から、私達や、それから前魔法顧問のコーマック殿のところへもよくお顔を見せられていらっしゃいましたが、ナセリア様はそんなことはありませんでしたから」
僕はナセリア様に好かれるような行動をとってはいないと思うのだけれど。たしかに、賊を撃退したりはしたけれど、その後何とも偉そうに説教じみたことを言ってしまったし、どちらかと言えばうるさいやつだと思われているのではないだろうか。
思い出したら、穴でも掘って埋まりたくなった。僕は姫様に向かって何てことを‥‥‥。なんだか前にも同じような事をしでかしてしまっていた気がする。
「ユースティア殿? どうかなさいましたか?」
突然、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった僕に、騎士の方が困惑しているような声をかけてくださった。
◇ ◇ ◇
空には月や星が浮かんではいたけれど、それ程遅い時間ではない。
ナセリア様への贈り物を準備してからお城へ戻って来ると、すぐに紺と白のエプロンドレスを着たメイドの女性が、もちろん走ったりはせずに、けれど急いで僕のところへ寄ってこられた。
「ユースティア、夕食の時間にいなかったって聞いているけど、一体どうしたの?」
ユニスさんは、心配しているような、それとも僕が何をしていたのか興味がありそうな瞳をしていた。どこへ行ってもそうだけれど、女性というのは、特に男性がいる場所で働いているような女性は、大抵噂話が大好きな生き物だ。以前酒場で働いていた時などにも、花屋のフラーが料理屋のシャーロックに告白されたとか、踊り子のユイリーンに仕立て屋のテディが贈り物をしたとか、本当に些細な事でも、それが他人の恋路に関わることだと特に、そこから色々と妄想して楽しんでいる様子だった。
「王妃様にご許可をいただきまして、ナセリア様へのお誕生日の贈り物を用意していました」
女性に贈るものはと聞かれると、大抵、愛情が籠っていることが重要なのだと言われるけれど、それは事実の1つの面でしかない。
そんな抽象的なアドバイスや、悩んでくれた時間が大切なの、などと言われても、大抵の男性は困ってしまうことだろう。
女性向けの娼館で働いていた時に、そこで働いていた男性や、隣にあった男性向けの娼館で働いている女性には色々とアドバイスをいただいていた。もちろん、僕にはお金なんてなかったから、あってもそれらは食料に消えていたので、ティノ達に高価なものなんかをプレゼントすることは終ぞ出来なかった。
しかし、お城勤めの魔術顧問というのは、かなり高給の職業らしい。国王様から給料分だといただいた貨幣は僕には多すぎると思っていたのだけれど、街の人のうわさや、お城で働いている騎士の方や、同じ魔法師の方の話を統合して考えてみると、その報酬は妥当な額であり、多少盛られているところはあるかもしれないが、ということだった。
食事や寝るところに不自由がなく、本を買うなどの娯楽も持たない僕の給料は、元々多いにもかかわらず、溜まる一方だったため、街の中でも情報を収集しつつ、良いものが準備できたと思う。
いや、本当にナセリア様が気に入ってくださるかどうかは分からないけれど。
「大丈夫、ばっちりよ」
ユニスさんはそう柔らかく微笑まれた後、腰に手を当てて前かがみになり、綺麗な空色の瞳を半眼にして、僕の事をじっと見つめてきた。
「何でしょうか?」
何か言いたいことがあるのは分かったけれど、内容までは分からず首を傾げると、ユニスさんは溜息をつかれた。
「ユースティア。敬語じゃなくしてって前に言わなかったっけ?」
たしかに以前言われたような気もするけれど。
「えっと、ですがユニスさんは年上の、いえ、ここのお城で働く先輩ですから」
「ユニス、よ」
どうやら譲られるつもりはない様子だった。
もう大分日も落ちているし、僕がここでいつまでも粘っていると、ユニスさんも寝る時間が遅くなってしまうかもしれない。未だにメイド服を着ていることから考えても、まだお湯もいただいていないのだろう。女性にとって夜更かしは禁物なのだと、娼館のお姉さん方もおしゃっていた。
「わかりま、わかったよ、ユニス。これでいいかな」
ユニスは満足そうな顔をした後、今日は私が最後の当番で、他の皆はもう帰ったり、休んだりしているわ、とどことなく怪しげに微笑んだ。
「お風呂一緒に入る? お湯も勿体ないし。私が洗ってあげようか?」
「そう? それじゃあお願いしようかな」
ユニスははっきりと言えば、良い体つきをしている年頃の女の子――女性なので、いい匂いもするし、握ったりすると手なんかもマシュマロみたいに柔らかくてすべすべしているから、学校にいた頃や、お城を出て街へ戻れば、さぞ異性にモテていることだろうなと思う。
性格だって、年が近そうに見えるからか、僕みたいに出自の知れない子供にだって、初対面の時から裏のなさそうな笑顔で接してくれたし。
「え? え?」
自分で言い出したことなのに、僕に賛成されるとは思っていなかったらしく、今更のようにあたふたしている姿も見ていて微笑ましい。年上の女性に対する言葉ではないのは分かっているけれど。
僕が吹き出しそうになっているのを堪えていると、ユニスは顔を真っ赤にしたまま、頬っぺたを丸く膨らませた。
「ああー! お姉さんをからかったらいけないんだからね」
別にからかったわけじゃない。ユニスみたいに綺麗な女性と一緒になんて、男性なら誰もがうらやむ夢のようなシチュエーションだと思うけれど。
「ごめんなさい」
これ以上続けると余計にからかいたくなるというか、ユニスに悪い気がしたので、僕は誠心誠意頭を下げた。