感謝祭 3
「おっと、ごめんよ」
エイリオス様がナセリア様とフィリエ様の後ろでおふたりが輪投げをなさっているところを真剣な表情で見つめているのを、微笑ましく思いながら見ていると、人混みに流されて押し出されたらしい男性がよろめきながらぶつかって来られた。今日はお祭りだし、酔っぱらっているのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
僕は彼を支えながら、覚醒させるための魔法を出力を絞って彼に使用した。
「あっ、ああ、なんだか少し気分が良くなってきたみたいだ」
「それは良かったです」
「あんがとよ、兄ちゃん」
そう言って立ち去ろうとする男性の腕を僕は後ろから掴んだ。
「ご気分が良くなられたのでしたら、今私の上着のポケットから掏り取ったそれを返していただきたいのですが」
ぶつかってきてよろめくふりをしながらスリを働くのはあまり上策とは言えない。いくら何でもぶつかられたら警戒もするし、何より、本当に酔っぱらっていては、判断力も、思考力も、行動力も何もかもが低下してしまい、捕まるリスクが高くなる。
「あなたはスリには向いていません。どうぞこの場は見逃しますから、それらを置いてどこかへ行ってくださいますか?」
もちろん見逃すつもりなんて全くない。彼を泳がせておけば、彼の仲間ごと一度に捕まえることが出来るかもしれないからだ。
この男性の着ている服は、見かけだけは古びたようにしているけれど、裏側の縫製もしっかりとしているし、そもそもボタンが高級品だ。このリーベルフィアではどうなのか知らないけれど、ボタンがついているような服はその分値段も高くなる。
その服の内側のポケットも膨らんでおり、おそらくは僕が国王様から預かっている巾着と同じようなものが仕舞われている。
「これはあなた1人のものではありませんよね?」
僕は彼を捕まえているのと反対の手で、上着のポケットをひっくり返した。
入っていたのは、柄も、素材も、どこにも統一性のないものばかりだった。中には、見るからに女性の物も混ざっていて、とても彼の私物とは思えなかった。
「どうかしたのですか?」
騒ぎというほどでもないけれど、少しうるさくしてしまって、気になったらしいナセリア様達が僕の方を振り向かれた。
ナセリア様の金の瞳は、僕が掴んでいる男性の手と、地面に散らばった巾着類を交互に捉えられて、即座に状況を理解されたらしかった。
「どうやら楽しいお祭りはここまでのようですね‥‥‥」
「申し訳ありません」
僕は即座に、彼のことを捕まえたまま、頭を下げた。
僕がもっと上手くやっていれば、姫様達に感づかれることもなく、静かに状況を終了させられていたはずだ。
「そうなんでも自分でしょい込むのは良いこととは言えません。ユースティア、1人の力ではどうしても限界がありますから、この場では被害が大きくならなかったことで良しとするほかありません」
ナセリア様が肩を落とされ、レガール様とフィリエ様がこちらを振り向かれる中で、僕は野次馬の集まってくるのとは反対方向へ、足音を消して去っていく気配を感じ取っていた。
すぐさま探知魔法を飛ばし、彼へと張り付ける。おそらく気づかれてはいないはずだ。数か月魔法顧問を担当して分かったことだけれど、ここリーベルフィアに住んでいる方の魔法の実力はそれほど高いわけではない。この程度の出力ならば、違和感さえ感じさせることはないだろう。そしてそのことにより、今まだ僕に組み伏せられている男性を逃がす必要はなくなった。
「えー、もう帰るの」
フィリエ様は納得がいかないというように可愛らしく頬を膨らませて、輪投げを持ったままの手を腰に当てて、ナセリア様を見つめていらしたけれど、ナセリア様は意見を翻されたりはなさらないだろう。
「フィリエ、わがままを言うな。姉上は私たちの身を案じて、そして私たちがいることで巻き込まれてしまうかもしれない国民の事を考えてこう言っているのだ。それが私たちの責任というものだ」
エイリオス様とナセリア様に説得されて、フィリエ様は渋々といった風に頷かれた。
「フィリエ様。このような雰囲気は味わうことは出来ませんが、もし国王様、王妃様のご許可がいただければ、私が後日、お城で同じような催しを開かせていただきます。さすがに、これほどの規模は難しいかと思いますが」
「本当!」
僕が提案すると、フィリエ様はころりと表情を一変させ、花の咲くような笑顔を浮かべられて、僕の首に抱き着かれると、頬に触れるだけのキスをなさった。
「約束よ、ユースティア」
「はい。お任せください」
その様子をナセリア様が何故だかとても冷たい瞳でじぃっと見つめていらっしゃったのだけれど、僕にはどうすることも出来なかった。
◇ ◇ ◇
お祭りへの参加を途中で切り上げてお城へと戻ってきた僕は、アルトルゼン様とクローディア様に謁見を求めた。いうまでもなく、感謝祭での件を報告するためだ。
どうやら直前に書簡が届いていたらしく、しばらく待つように言われて、玉座の間へ入るための荘厳な扉の前で待っていると、やがて音もなく扉が開かれた。
カツカツと、小気味よい音を響かせながら出てこられた使者の方に、扉の横に控えるメイドの方が深くお辞儀をされるのに倣い、僕も同じように頭を下げた。
頭を下げていたためにお顔を拝見することは出来なかったけれど、使者の男性は僕の前で一瞬足を止められた。しかし、すぐに興味を失われたようで、綺麗な足音を響かせながら立ち去られた。
「ユースティア殿、謁見の許可が出されました。どうぞ」
促されるままにアルトルゼン国王様の前まで歩いて行き、初めてここへ来た時と同じように膝をつき頭を下げる。
「息子と娘たちの護衛を務めてくれたこと、礼を告げよう。して、戻られて早々、何があったのかな?」
きらびやかな長衣と、濃く長い茶色の髪をさらさらとこぼした美貌の国王様は、蒼い瞳をわずかに細めて、僕の事を観察していらっしゃるご様子だった。戻ってすぐに僕が拝謁を求めた理由をおそらくは感じ取っていらっしゃるのだろう。僕は姫様達には話さなかったことも含めて、感謝祭でのことを事細かに報告した。
「まあ、どうしましょう。もうすぐナセリアのお誕生日もあるというのに」
ナセリア様の誕生日は秋の第2月、魔の月の10日だということだ。今は紅の月の末だから、あと10日ほどしかない。
「何か考えあっての事なのだろう、ユースティア殿。いたずらに王妃を不安にさせるためだけに報告に来たのではあるまい?」
「はい。もしご許可をいただけるのでしたら、今晩中に決着をつけて参ります。それともう1つ、これも先程の件に関連してなのですが、本日、途中で切り上げてしまったお祭りについて、こちらのお城のお庭をお借りして、姫様に楽しんでいただけるような催しを開くことの許可をいただきたいのです」
フィリエ様ともお約束をしたのだし、今日参加することがお出来にならなかったミスティカ様、レガール様も王妃様と一緒にお城の敷地内でならば参加してくださるかもしれない。
「良かろう。其方も無事に帰るのだぞ。ああ、それと、必要があれば、別に今晩中に戻れなどというつもりはないから、ゆっくり観光してくると良い。なにかナセリアに良いお土産でも見つかるかもしれないからな」
アルトルゼン様の瞳は楽しそうに細められていた。つまり、ナセリア様へのお誕生日のプレゼントを用意する時間もくださったということだろうか。先程の王妃様の話から考えても。
「承知いたしました。必ずやご期待に沿えるよう、全力を尽くします」
「よろしく頼む。それと、今日渡した硬貨は顧問の報酬として其方に渡したものだ。どのように使おうとも問題はない」
露店の方とフィリエ様のお話を聞くに、おそらくこの袋の中身は相当のものではないかと思えるのだけれど。そう思うと、さっきまでより大分ポケットの中が重くなったように感じられた。
「ありがとうございます」
僕はもう一度深く頭を下げると、まだお祭りの音が聞こえる街へと1人で繰り出した。




