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嵌められた罠~ナセリア14歳 4

 アルトルゼン様の後ろについて1歩ずつ歩みを進めるたびに、何故だか気分がどんどん重くなる。

 この廊下の先にナセリア様がいらっしゃる。

 見慣れた廊下であるはずなのに、全然知らない場所へ来てしまったような気がして、緊張で拳に汗が滲んできて、乾かす先からまたじんわりと滲みてくる。

 

「貴殿が」


 背を向けて歩みを止められぬまま、アルトルゼン様が口を開かれる。


「貴殿がこの城へ来たばかりのときのことはクローディアから聞いているが、随分と変わられたものだな。良い顔つきになった」


 リーベルフィアへ来たのはもう5年ほども前の事になるだろうか。

 それまでは年数なんて数えようとも思ったことはなかったけれど、この世界に則って考えるのであれば、僕もナセリア様と同じように、5つは年齢を重ねているはずだ。

 あの時は死ぬために生きていたのだけれど、今はもちろんそんなこと思ってはいない。


「ナセリアには国内国外を問わず、いくつもの縁談の話が来ていてな。まあ、多くは私が握りつぶして‥‥‥ゴホン、特に最近では、エイリオスが結婚し、位を継いだためか、姉であるナセリアに送られるものも増えてきていてな。もちろん、ナセリアも、フィリエも、ミスティカも、どこぞの馬の骨にくれてやるつもりはないが」


 アルトルゼン様はナセリア様のお部屋の前で立ち止まられると、ノックされかけた手を引き戻されて、僕の方へと振り向かれた。


「ナセリアに婚儀を申し込む輩‥‥‥者たちの中には、貴殿よりも家柄も良く、識者であり、感性に優れ、多くの才を持つ者もいるだろう。貴殿はその者達よりも自分の方がナセリアを幸せにできると、心の底から宣言することが出来るか?」


 僕は即答した。


「ナセリア様と一緒に居られるのであれば、私が幸せになる自信はあります。そして、私自身が幸せを感じることが出来ないのであれば、他の誰かを幸せにすることは出来ないでしょう」


 アルトルゼン様は未だ僕の事をじっと見つめていらっしゃる。

 その瞳に浮かぶ色は強い光を放っていて、曖昧な言葉ではこの扉を開いてはくださらないだろう。


「必ず、この世界に居る誰よりも、ナセリア様を幸せにすると誓います」


 アルトルゼン様と視線がぶつかり、クローディア様が静かに見守られる中、僕ははっきりと宣言した。


「まあ、私に頼まれたのはナセリアに告白する機会を与えるところまでで、ナセリアが心に思っている者よりも強い気持ちがなければ、到底あの娘の心動かすことは出来ないと思うがな」


 クローディア様が申し訳なさそうにお顔を伏せられる。


「貴殿の願いはナセリアに告白するための機会を得ることだったな。私に叶えられるのはここまでだが、貴殿の望み通りのものであっただろうか?」


「はい。十分に。心より感謝申し上げます」


 僕が腰を折ると、国王様は頷かれ、クローディア様と同じ位置まで下がられた。

 僕の前にあるのはナセリア様のお部屋の扉だけだ。

 僕はごくりと唾を飲み込んだ。


「どなたですか?」


 扉をノックすると、すぐにナセリア様からお返事があった。


「ユースティアです。お時間をいただけますでしょうか?」


 部屋の中からぱたぱたと走るような音が聞こえてきて、すぐに扉が開かれた。


「ユースティア、それにお父様、お母様、エイリオスとフェリシアも。一体、どうしたのですか?」


 ナセリア様が、とりあえず入ってくださいと招き入れてくださったので、部屋の中に足を踏み入れさせていただくと、中ではフィリエ様とミスティカ様とレガール様が双六をして遊んでいらっしゃるところだった。


「どのような用件でしょうか?」


 ベッドの上からフィリエ様とミスティカ様とレガール様が不思議そうに、扉の前、僕の背後からアルトルゼン様とクローディア様、エイリオス国王様とフェリシア王妃様が暖かな視線を向けてくださる中で、僕はナセリア様の前で膝をついて、その手をとった。


「結婚してください」


 静寂が部屋の中を支配した。

 

「すみません、ナセリア様。どうしてもこれだけをお伝えしたくて参りました」


 そのまましばらく待っていたのだけれど、何の返答も得られない。

 まさか聞こえていないことはないだろうとは思ったけれど、心からの愛をこめてもう1度。


「私のお嫁さんになってください」


 顔を上げると、真っ赤になったナセリア様のお顔が目に入って来た。


「‥‥‥はい。喜んで」


 はにかんだ様な笑顔を浮かべられたナセリア様と僕はしばらく見つめ合っていた。

 最初に状況を把握されたのはフィリエ様だった。

 ベッドの上から飛び降りていらっしゃると、ナセリア様に抱き着かれた。


「おめでとう、お姉様!」


 次々に、エイリオス様が、ミスティカ様が、レガール様が、フェリシア様がお祝いの言葉をかけられる中、僕は呆然としてその場に固まっていた。


「どうしたの、ユースティア。お姉様が受けられたのに固まっちゃって」


 フィリエ様が心底不思議そうに首を傾げられる。


「あの、ナセリア様はご結婚の予定があったのではないのですか? このようにご了承されてしまって、もちろん私は嬉しく思っていますが、本当によろしかったのでしょうか?」


 皆様がこちらの言葉が理解できないというようなお顔を浮かべられる。


「あの、ナセリア様はご結婚されるのですよね?」


「誰とですか?」


 ナセリア様が僕の事をじっとみつめられて、何かに気付かれたようなお顔で、半眼にされた瞳を僕の背後へ向けられる。


「お父様‥‥‥まさか」


 アルトルゼン様は耐え切れなくなったご様子で、目の端に涙を浮かべられながら笑っていらした。


「ふっ、ふふっ、い、いや、私は何も、くくっ、嘘は言っていないぞ。ナセリアがユースティア殿との結婚を考えていたのは事実だし、何も間違っていなかっただろう? いやあ、くっくっ、ちょっと城の者達に協力して貰ってな。全ては、2人の幸せを思ってのこと。いやあ、よかったよかった」


 結果良ければすべて良しと締めくくられて、くるりと背中を向けられたアルトルゼン様の肩をクローディア様が掴まれる。


「‥‥‥あなた。少しお話があるのですけれど」


「顔が怖い。怖いぞ、クローディア」


 こちらにいらしてくださいと、アルトルゼン様を引っ張ってゆかれたクローディア様に


「お父様ひどーい」


 と、笑顔でついて行かれたフィリエ様に手を繋がれたミスティカ様が出て行かれ、レガール様がぺこりと無言でお辞儀をされて後を追って行かれて、エイリオス国王様とフェリシア王妃様が


「おめでとう」


「おめでうございます」


 と、お声をかけてくださった。

 後に残されたのは僕とナセリア様だけで。


「あの、その、えっと、ナセリア様」


「‥‥‥お父様を抹殺するプランを8つほど考えついたので、ユースティアは待っていてください」


 静かに肩を、アルトルゼン様とは別の意味で震わせていらしたナセリア様は、真顔でそんな恐ろしいことをおっしゃられた。




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