リーベルフィア結婚騒動~ナセリア13→14歳 2
「いい加減、拗ねるのをやめて出てきてはどうですか」
ナセリア様の後からついてきていたらしい子供たちが扉の陰からひょこりと顔を出した。
僕は皆に別の部屋で遊んでいるようにと、ニール院長に連れて行っていただいた。
「あなたがここでいくら閉じこもっていようとも、エイリオスの結婚式は秋には行われるのですよ。まさか、出席しないと言うつもりではないでしょう?」
具体的な時期が口にされたところで、フィリエ様が包まっていらっしゃる布団がビクンと揺れた。
最近はお城からも遠ざかっていたから、手紙をいただくまで、その辺りの事情には疎かったのだけれど、どうやら話はすでに大分進んでいるらしい。
「あなただってお城にいるのですから、とっくに知っていたはずですよ」
情報として知ってはいても、理性では納得していても、具体的な日付が近付いてくるにつれて心が不安定になられたのだろう。
ずっとそばに居るのだと思っていた人が離れて行くことになったのならば、それも家族だったら、それはとても寂しいと感じるのだと思う。
「フィリエ。たしかにエイリオスはフェリシア姫と結婚しますが、だからといってあなたに冷たくなったり、蔑ろにしたりするようにはなりませんよ。そんなこと分かっているはずです」
それは間違いがない。
ナセリア様が仰るまでもなく、結婚されたからといって、エイリオス様のお気持ちがご家族から離れられることは絶対にないはずだ。
「でも、お兄様の中での1番ではなくなるじゃない」
「1番とは何ですか?」
布団に包まられたままで感情的にも聞こえるフィリエ様に対して、ナセリア様はあくまでも冷静だった。
「花が好きだという気持ちと、鳥が好きだという気持ち、魔法が好きだという気持ちや、ヴァイオリンが好きだと思う気持ち、或いは、紅茶やケーキ、剣術でも勉強でも、何でも構いません。それらを好きだという気持ちに違いはあれど、どれも一緒には持つことのできない気持ちだと思いますか?」
あなたは、私とミスティカとレガールの、誰が1番か決めることは出来ますか。
ナセリア様の問いかけに、フィリエ様は口を噤んでしまわれた。
「それと似たようなことです。エイリオスの心の中に、私たちを想うのとは別に、フェリシア姫の事を想う気持ちの部屋が新しく作られたというだけで、お父様やお母様、私たちや、それからもちろんあなたに対して向ける気持ちが減るなどということはないはずですよ」
ナセリア様が、とても柔らかく、愛の籠った、優しい口調で語り掛けられる。
それから1度、ちらりと僕の方を向かれて、再び視線を戻された。
「たとえエイリオスが結婚しても、私たちとの記憶や絆までが離れ離れになってしまうわけではありません。私たちは家族で、兄弟で、姉妹ですから」
ナセリア様が話終えられて、しばらく待っていると、もそもそとベッドの上の布団が動き出して、鼻の頭を赤くされたフィリエ様が瞳を擦られながらゆっくりと出ていらした。
「戻りましょう。あなたが急に飛び出していってしまうものですから、皆、心配していますよ」
フィリエ様が、差し出されたナセリア様の手をとられる。
そこで僕は初めて窓の外を覗いてみた。
見える範囲で少し探してみたけれど、馬車が停まっている様子はない。
「‥‥‥あの、姫様方。もしかして、こちらまで空を飛んでいらした、などということはないですよね?」
今まですっきりされたような笑顔でいらしたフィリエ様と、安堵したような笑顔を浮かべていらしたナセリア様のお顔が、音を立てて固まったように見えた。
フィリエ様はともかく(ともかくなどと言っている場合ではないけれど)ナセリア様までそのような事をなさるなんて。
「たしかに飛行の魔法をお教えしましたけれど、家出のためにお教えしたわけではありませんよ」
姫様方に説教なんて、不敬罪で捕まるかもしれないけれど、ご自身の安全を全く考えていらっしゃらないのはかなり問題がある。
「ユースティア、怒っているみたいになっているわよ‥‥‥」
「私は怒っているんです!」
ただ優しくしているだけが教師の仕事ではないのだと、フィシオ教諭やエルトリーゼ学院長にも教わった。
ひと時とはいえ、姫様方の魔法の教師をしていた僕が、姫様方を甘やかしているだけではいけない。
「私がおふたりをお城までお送りいたします。それから、今回の件は王妃様にもご報告いたしますから」
◇ ◇ ◇
心配していらっしゃるだろう王妃様や国王様、お城の方の事を考えて、僕は孤児院の事をニール院長にお任せすると、ナセリア様とフィリエ様と一緒に全力でお城へ向かって、文字通り、飛び出した。
馬車を呼んでいたら到着は明日になってしまう。
一応、フィリエ様のプチ家出は終了したようだったので、念話をクローディア様にお送りしたところ、済みませんでしたという謝罪と、ありがとうございましたという感謝を告げられた。
『私は何もしておりませんから、感謝など勿体なく思います』
かなり急いだためか、王妃様との会話を終えた時にはもうお城は目前だった。
「ナセリア様! フィリエ様! よくぞご無事で!」
どうやら王妃様からおふたりが無事であることは伝えられていたらしく、捜索に出ておらず、お城に残っていらした方は皆様、門のところまでお集まりなさった。
久しぶり、というほどでもないかもしれないけれど、お顔を合わせた皆さんに、大きくなったなあ、などと声をかけられつつ、ここまでお連れした責任があるので、王妃様がいらっしゃる玉座の前まで、ナセリア様とフィリエ様と一緒に、案内していただいた。




