ラノリトン王国 リーリカ姫のお誕生日~ナセリア13歳
ユースティア様
秋も深まって参りましたが、いかがお過ごしでしょうか。
私はあれ以来、すこぶる健康に過ごしております。
ユースティア様がお帰りになってからというもの、私も恋心に関しての理解を大分深めることが出来たのではないかと思っております。
ラノリトンで、或いは他国のものでも、ベストセラーになっている恋愛小説を取り寄せ、読みふけり、お母様や女中の皆さんにも体験談を聞き、恋とはどのようなものなのか、読めば読むほど、尋ねれば尋ねるほど、人それぞれに価値観や考え方があり、とても勉強になります。
そうそう、ご存知かもしれませんが、オズワルドは結婚して国王の位を継いだのですよ。ずっと姉離れできずにいるかと思っていましたから、寂しいと思う反面、とても嬉しくて、私も幸せでした。
ユースティア様がいらっしゃらなかったのは残念でしたけれど、隣国、友好国の代表として出席してくださったエイリオス様もナセリア様も、他のご兄弟姉妹の皆様も来てくださって、祝福してくださったのですよ。
今年もお城では私の誕生日のパーティーが開かれます。
昨年お会いできなかった分、今年は––もちろん、孤児院の子供たちの体調が大丈夫なようであれば––ぜひとも出席してくださると嬉しいです。
追伸
私も元気になってからというもの、外で遊ぶことが多くなっておりますので、色々と成長したところをご覧いただけると思います。
◇ ◇ ◇
僕がリーベルフィアのお城での魔法顧問の職を辞してから2度目の秋、ナセリア様の13歳のお誕生日をお祝いにお城のパーティーに孤児院の皆と出席してからひと月、紅の月の中頃、随分と気の早いことのようであるように感じられたけれど、ラノリトン王国にいらっしゃるリーリカ姫様から、今年もお誕生日のパーティーへの出席を求められた。
昨年冬、僕達がリディアン帝国での芸術祭を終えて、一旦リーベルフィアに戻ってきたときに、こちらでは厄介な病が流行していて、僕は大丈夫だったのだけれど、まだ幼いといっても差し支えのない孤児院の子供たちは皆熱を出して寝込んでしまっていた。
もちろん、治癒の魔法を使えばその場ですぐに病気を治すことは出来ただろうけれど、命に別状があるほどのことではなかったし、やり過ぎると抵抗力というか、身体の免疫機能が低下してしまう恐れがあるため、出来る限り、魔法で治療するのは最後の手段にしていたかった。
僕がいつでもそばについていてあげられるのであればいいのだけれど、そういうわけにもいかないだろうし、仮に、将来的に皆がこの孤児院を発ちたいと思った時、皆が皆魔法を使えるわけではないし、本当に危険な時以外、そういった目的で魔法を使うことは出来る限り控えていた。
もちろん、僕自身のことは別だけれど。
トゥエルノート様とメイリーン様は気にしなくても良いとおっしゃってくださったのだけれど、流石に僕の責任であることを、他の方に任せっぱなしにしてしまうわけにはいかない。
そんなこんなの事情があって、昨年のリーリカ姫様からのお誘いの際には、ナセリア様達だけで向かわれたのだけれど、今年は大丈夫そうなので、昨年の不義理を謝罪する意味でも、僕も是非出席させていただきますと返事を書かせていただいた。
ナセリア様達がお戻りになった際には、リーリカ姫様からも、お気になさらないでください、ユースティア様もお身体にお気をつけて、との温かいお手紙をいただいたのだけれど、僕はずっと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だから、そんな昨年のことがあったにもかかわらず、今年もこうしてお誘いくださったのは本当に嬉しい事だった。
「出席致します、っと」
手紙はお城から届けられたのではなく、孤児院の僕宛に直接届けられた。
おそらく、昨年、ナセリア様達が訪問された際、お話になられたのだろう。
「エイリオス様はきっと張り切っていらっしゃるのだろうな」
ラノリトン王国のすぐ北側にはリンウェル公国が位置していて、そちらの姫君でいらっしゃるフェリシア姫とエイリオス様は今でもずっと交友を続けていらして、ナセリア様も、近いうちに結婚するのではないでしょうかと話していらした。
じっと僕のことを見つめられながら。
それから、国王様からも直々にお呼びが掛けられた。
「急に呼び出して悪かったな、ユースティア辺境伯殿」
「悪いなどと、そのようなことはまったくございません」
国王様は鷹揚に頷かれると、すでに準備していらした手紙––おそらくは僕に届けられたものと同様の内容のものを取り出された。
「貴殿のところへも届いているということだが、それならば丁度都合も良いので、出来れば貴殿が向かわれるついでに私の子供たちのことも一緒に連れて行っては貰えないだろうか」
国王様の楽しそうな瞳と、王妃様の安心なさっているようなお顔を目にしてしまえば、最早僕に断ることなど出来ようはずもなかった。
「承知致しました」
それに僕自身、リーリカ姫様に久しぶりにお会いできるのは嬉しいことだったし、ナセリア様達とご一緒にお出かけできるというのも楽しみだった。
お城から戻った僕は、トゥエルノート様とメイリーン様のお宅に向かい、いつも通り、出かけている間、1日でも良いから孤児院に顔を出していただけるとありがたいとお頼みした。
「水くさいわね」
今年の春、メイリーン様とトゥエルノート様はご結婚なさったため、今は同じお宅に住んでいらっしゃる。
余談にはなるけれど、ユニスも夏の第1月である蒼の月、エイリオス様のお誕生日のすぐ後に結婚していて、けれど以前の宣言通り、お城のメイドさんとして今でもバリバリに働いている。
「もちろん、引き受けるわ。私たちの仕事は、別にこの家に居なければ出来ないという事ではないもの」
メイリーン様は学院で教師を、トゥエルノート様は貴族家の当主を立派に勤めていらっしゃる。それでも変わらずに、僕達ともこうして交流を続けてくださっている。
「いつもいつもありがとうございます」
以前、「申し訳ありません」と言っていたところ、「こういう時はありがとうって言うのよ」と言われたため、以来、おふたりにお頼みするときにはお礼を告げる際、「ありがとうございます」と言うようにしている。
「私だって、学院で頼まれたときに、ユースティアに講師をお願いしたりしているじゃない。困ったときはお互い様よ」
ねえ、ととびきりの笑顔で振り向かれたメイリーン様が、子供たちに会えるのは楽しみね、とおっしゃるのを、トゥエルノート様が肯定されて、僕は再びありがとうございますと頭を下げた。




