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感謝祭

 感謝祭の開式に際して、アルトルゼン様がお話をなさっていらしたけれど、僕の頭はこれから自分がおこなうスピーチの事でいっぱいだった。

 大勢の前に立つのが初めてというわけではない――さすがにほぼ国民の全員だという、数千万だか、億だとかの人数の前はにでたことはない――けれど、それはあくまで酒場の賑やかしとか、店のパフォーマンスの為とか、精々数十人程度の規模のものだ。失敗したからといって、僕だけに問題があるだけで、特にお店の方とかに迷惑が掛かったりしていた訳ではなかった。

 しかし、今日、この場での僕の出来は、そのまま王家の評判に繋がる。

 成り行きで魔法顧問だった方と決闘して勝利してしまい、いきなり大役を任されることになってしまって、国民の皆さんの中から実力を評価されて選ばれたであろうコーマックさんも、きっと国民に認められていらした立派な方なのだろう。その地位を、まさにぽっと湧いて出てきた僕なんかが奪ってしまう形になってしまったけれど、国民の皆さんは納得してくださるのだろうか?


「何を不安そうな顔をしているのよ、ユースティア」


「フィリエ姫様」


 太陽のように輝く金の髪を揺らしたフィリエ姫様は、広場へ向かう大きな馬車の中からちらりと外の様子を弾けそうな笑顔で見つめていた。


「これからお祭りだって言うのに。あたし、今から甘い砂糖菓子と、お肉の串焼きが楽しみだわ。ねえ、ミスティカもそう思うでしょう?」


 フィリエ姫様に瓜二つの外見でいらっしゃるミスティカ姫様は生まれた日が6日だけ遅いという、双子のような姫君なのだけれど、外見のそっくりさとは裏腹に、内面は正反対と言ってもいいほど引っ込み思案というか、いつもお城中を駆け回られていらっしゃるフィリエ姫様とは対称的に、いつもは母君でいらっしゃる王妃様、クローディア様とご一緒にお裁縫やお料理などをなさっている。ちなみに、ここに今いらしていない末のレガール王子様は、お城でお昼寝の最中だということだ。


「わ、私は別に‥‥‥」


 フィリエ姫様はそうおっしゃられると、クローディア様のドレスの裾を引っ張って身体を小さくされてしまった。


「フィリエ、あまり強要してはいけませんよ。ミスティカも、もう少し色々な事に目を向けてみましょう、ね?」


 クローディア様は優しく微笑まれると、そっとミスティカ姫様のサラサラの長い金の髪を撫でられた。

 ミスティカ姫様は、小さく頷かれると、やはり聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声で、はい、と返事をされた。


「国王様達がいらっしゃったぞ!」


 馬車の外、広場へと続く道沿いには、すでに大勢の人が詰めかけてきているようで、馬車の中にまで祭りを祝う楽器の音や、香ばしい匂いが届いてきていた。


「聞いた話だと、何でも新しい魔法顧問が採用されたらしい」


「ああ、親父の友人の同僚の知り合いって人が言ってたみたいなんだけど、どうやら決闘で今までの魔法顧問殿を滅多撃ちにして追い出したらしい」


「俺も聞いた。なんでもすごい大男で、腕も100か200かあるらしい」


「どんなことにも精通していて、神話にでも出てきそうな魔法というか、奇跡のようなものを使うらしい」


 外でどのような会話がおこなわれているのか詳しいことは分からなかったけれど、どうやら僕が魔法顧問に就任したということは国民の誰もが知っている様子だった。お城で働いている方も、その日の仕事が終われば、住み込みでない限り、ご自身の家へと帰られるのだから、最近、というほどでもないけれど、新しく働くことになった僕の話がされるのも当然と言えば当然なのかもしれなかった。

 やがて馬車が止まり、外から扉が開かれると、馬車の前には高台と、昇るための階段が用意されていた。


「皆も楽しみにしていることであろうから、私からの話はとりあえずこれくらいにして、開催の宣言の前に、1つ発表を済ませてしまおう」


 アルトルゼン様がこちらを振り向かれたので、僕はゆっくりと壇上へと上がった。


「この者が新しく魔術顧問に就いたユースティアだ。皆思うところはあるだろうが、実力は私達全員がこの目でしかと見届けている」


「ご紹介に預かりましたユースティアと申します。まだまだ未熟なこの身なれど、精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 国民の皆様は僕のような子供の登場に驚いていた様子だったけれど、なんとか僕が宣言を終えると、最初はまばらに、最後には大きく温かな拍手を送ってくださった。

 そのままアルトルゼン様が大きなお声で開催の宣言をされると、割れんばかりの拍手と、楽し気な音楽、そして爆発するような歓声が広場中から沸き上がった。



 ◇ ◇ ◇



「さて、私と王妃は城へ戻るが、ユースティアよ、息子たち、娘たちをよろしく頼むぞ」


 出会ってそれほど信頼されるような出来事はなかったと思うのだけれど、国王様も王妃様も、随分と僕の事を買ってくださっているようだったので、向けられる信頼には必ず答えようと、僕は神聖な気持ちでその場に膝をついた。


「お任せください。必ずや、私がお守りいたします」


「うむ。ではこれを」


 差し出された皮の袋を受け取ると、中にはぎっしりと金貨が詰められていた。


「何をするにも資金は必要であろう? 其方はいらぬと申したが、魔法顧問としての仕事の報酬だ。今までの分の入れてあるから、それで子供たちを楽しませてやってほしい。やり方は任せる」


「報酬など‥‥‥」


 屋根のある部屋を提供してくださり、食事も、仕事も、その他お風呂などというものまで、何から何まで賜っているというのに、これ以上の報酬などいただいてはきっと罰が当たって死んでしまう。


「通貨がなくては何もできないというのは流石に知っておろう? 何、ああ見えて子供たちは皆しっかりしておる」


「それは存じておりますが‥‥‥」


 とにかくよろしく頼むと言い残されて、国王様と王妃様はお城へと戻られてしまった。


「ユースティア、私はあの長い棒付きのキャンディーが食べたいわ」


「こら、フィリエ。もう少し姫としての自覚をだな」


「エイリオスお兄様はお硬すぎるのよ。せっかくお祭りなんだからねえ」


 騎士の方達が一緒にくると余計に目立ってしまうという事だったけれど、今、僕たちだけでもとてつもなく目立っていた。

 王子様も姫様も非常に整ったお顔をされていて、それだけでも目立ち過ぎるくらい目立っているのだけれど、特にとてもテンションの高いフィリエ様と、宥めようとなさっているエイリオス様は必然声も大きくなられていて、完全に注目の的だった。大勢の人がひしめき合っている中で、僕たちの周りだけ変に避けられているような、そんな空間が出来上がっていた。

 

「あまり食べ過ぎるとお夕食が中に入らなくなってしまいますよ」


 そう言いながらも、陽だまりのように笑うフィリエ様には勝てず、いただいた革袋の紐を緩める。

 

「フィリエ様、そんなに先へ進まれるとはぐれてしまわれますよ」


 大丈夫かなあ、と思っていると、エイリオス様がさっと抜け出されて、フィリエ様の手を掴まれた。


「フィリエ。楽しんでいるのは構わないが、あまり私たちを心配させるな」


 エイリオス様はしっかりとフィリエ様の手を掴んでおられて、フィリエ様も頬を若干染められながらも決してその手を振りほどこうとはされなかった。


「どうかなさいましたか?」


 視線を感じて振り向くと、ナセリア様が僕の左手をじっと見つめていた。


「私はまだこの辺りの地理に詳しくありませんから、はぐれてしまわないように、ナセリア様が捕まえていてくださいますか」


 僕がそう言って手を差し出すと、ナセリア様は、耳まで真っ赤に染められて、俯きながらきゅっと握り返してくださった。

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