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街の噂

 朝起きてやることは、当然食料の調達だ。

 太陽が昇り始める頃には寝ている皆を起こさないように1人で立ち上がると、周囲に防御のための結界を張る。僕がいない、そして皆が寝ている間、こんなに朝早くから襲われることはないと思うのだけれど、念には念を入れる。皆の身は僕が護らなくちゃいけない。

 何かあればすぐわかる様に結界を展開し終えると、僕は寝床を抜け出した。



 ◇ ◇ ◇



 朝早くにも関わらず、起き出して仕事をしている人たちは、僕以外にも当然いる。

 農家や漁師の人たちは、朝から農作業に汗を流したり、漁師の人達なんかは深夜、皆が寝静まったころに出かけて早朝に帰ってくるという、僕からしてみれば何ともハードな日程を毎日こなしている。

 夜中の御勤めを終わらせたのか、煽情的な服を着た、所謂娼婦の方々が、お勤め先から帰宅するところとすれ違うが、もちろんそんなことに気をとられたりはしない。仕事に遅刻したりすれば、今朝の皆の食い扶持を頂くことが出来なくなるからだ。

 気づかれませんようにと祈りながら、加速の魔法を使用して、ほんの少しの身体の強化と疑われない程度のわずかな加速力を得て、僕はよくお世話になっているパン職人さんのところへ急いだ。


「おはようございます」


 まさかボロボロの汚い服のままパン作りのお手伝いをさせてもらうわけにはいかないので、借していただいているコックコートに身を包む。もちろん、その前には浄化の魔法で綺麗にしている。


「おはよう。今日も早いね、ユースティア」


 真っ白なコートと黒いエプロンに身を包んで、すでに生地を作り始めているギーザさんに頭を下げると、僕はいつもと同じように仕事を始めた。

 初めのうちは戸惑うことも多かったけれど、生きてゆくためにも必死に作業を覚え、数年もするとすっかり手慣れた。

 形成を終えると、窯に入れ、ギーザさんが外を確認して親指を立てるのを見てから、僕は窯の温度を適切なところまで徐々に上げていく。


「いやあ、いつも助かっているよ。わざわざ火を付ける作業をしなくて済むからね」


 次の準備をしながら感謝を告げられるギーザさんに、とんでもないですと首を振った。ギーザさん達は僕が魔法を使っていても、特に咎めたりされたことはない。それどころか、今のように便利に使ってくれている。


「まったく、この国のトップは頭が固いんだよな。こんなに便利なのに」


 この国では魔法は異端のものとされていると聞かされている。

 捕まれば、捕まえた人にもお金が入るみたいだけれど、ギーザさん達は内緒にしてくれている。とてもありがたいことだった。

 他のところでも、働く際には出来るだけ魔法を使わないようにしているけれど、どこでも必要とされれば、皆を危険に晒す心配がない限り、使うことに躊躇いはない。


「僕に出来るのはほんの少しのお手伝いだけですから」


「そんなに謙遜することはないじゃないか。女房もたまには朝飯くらい御馳走すると言っているよ」


「あんたが店にも立ってくれれば、顔は良いんだし、もっと儲けになるんだけどねえ」


 ギーザさんのお申し出は本当にありがたいのだけれど、僕はいつものようにお断りした。


「大変ありがたいお申し出で、とても嬉しいのですけれど」


「分かってるよ。子ども達のためなんだろう」


「はい」


 いくら気前のよさそうな人とはいっても、まさか皆の分まで図々しく頂くわけにはいかないし、僕1人だけというわけにもいかない。それに、今日も別の場所で働かせてもらう約束を頂いている。身体は1つしかないので、ここのお店に立つことは出来ない。

 

「はいよ。じゃあ、今日の分」


 やがてパンが焼き上がり、お店の準備が整うと、焼き立てのパンが入った紙袋を渡される。

 細長いパン。

 早朝の仕事では今日みたいに食べ物を作っていらっしゃる方のところに来させてもらっている場合が多く、支払いも賃金ではなく、現物の食料を頂ける様にしてもらっている。

 しかし、今日はそれだけではなく、瓶詰のジャムも一緒に入っていた。


「ギーザさん、これは‥‥‥」


 ギーザさんは笑顔で僕の背中を叩くと、お店に出ている奥さんに声を掛けられた。


「いいから持ってきな。うちの女房が作ったジャムはやばいほどうまいからな。なあ?」


 僕は微笑んで手を振られた奥さんのアーチェさんに頭を下げると、ありがとうございましたと店を後にした。


 

 僕が戻るころには皆起き出していて、朝食の準備をしていた。準備といっても、買ってきた新鮮なフルーツの皮をむいたりとか、そんなことだけれど。


「おかえり」


「おかえりなさい」


 僕が姿を見せると、皆、廃棄されているのを拾ってきた木箱などを椅子にして、席に着いた。


「はい。朝ごはんだよ」


 パンの香ばしい匂いに幸せそうな笑顔を見せる皆の前で、紙袋からパンを取り出してティノに渡す。

 ティノはナイフを取り出すと、均等にパンを切り分けた。

 

「今日はお土産もあるんだよ」


「なあに?」


 目をぱちくりさせる皆の前で、僕は紙袋から真っ赤な果実のものと思われるジャムを取り出した。

 蓋を開けると、広がる甘い匂いに、皆が目を閉じてうっとりとした表情を浮かべる。


「はやくはやく!」


「焦らないの。ちゃんと皆の分あるからね」


 逸るヒギンズ達を押さえ、ティノが綺麗にパンの表面にジャムを塗った。


「おいしー」


 ジャムは好評で、あっという間にパンとスープと共に皆のお腹の中へと消えていった。


「じゃあ、僕は出かけるから」


「あっ、待って、ユースティア」


 今日約束させて貰っているところへ出かけようと立ち上がったところで、ティノに呼び止められた。その瞳にはわずかに不安が浮かんでいた。


「どうしたの?」


 呼び止められて振り向いたのはいいものの、ティノは中々口を開こうとしない。やっぱり言うのはよそうと思っているみたいだった。


「や――」


「ティノ、大丈夫、ゆっくりでいいから話して」


 ティノは躊躇いがちに頷くと、皆の方を気にしながらおずおずと口を開いた。


「‥‥‥さっき、通りを歩いている人の会話が聞こえたんだけど、その、私達みたいな孤児ばかりを狙って、えっと、乱暴する犯行が増えてきているんですって」


 ティノの瞳には不安の色が浮かんでいた。

 しっかりしているように見えても、僕とそれほど変わらない、おそらくは12歳くらいの女の子なんだ。不安になるのも当然だった。


「分かったよ。出来るだけ早く帰るようにするから、皆ちょっとでも危険だと思ったら、この場所は放棄しちゃって構わないから、自分の身体を第一に考えるんだよ」


「うん。早く捕まるといいね‥‥‥」


 僕はティノの髪を優しく撫でると、念のために気付かれない程度の結界を張って今日の仕事へ出かけた。結界へ使う魔力が強すぎると、今度はそういったごろつきではなく、役人に連れて行かれてしまうかもしれない。そうなれば、命の保証はない。

 だからといって、僕がここに残ることは出来ない。僕が稼がなくては皆が生きてゆけないのだから。

 それだけの備えしかしなかったことを後悔することになろうとは、この時の僕はまだ考えてもいなかった。

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