リディアン帝国への招待~ナセリア12歳
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ナセリア様が12歳になられた秋の終わり、僕はナセリア様についてリディアン帝国へと出発した。
ナセリア様のお誕生日は、いつも通りお身内だけで開かれるものだったのだけれど、僕も贈り物だけはさせていただいた。
巷で人気だったお人形で、羽の生えた男女1対のガラス細工のものだ。後日、孤児院までいらしたナセリア様には、ベッドのすぐ上の棚に飾ってありますと感謝を告げられた。
リディアン帝国への出発の際、お見送りに出てきてくれた子供たちを順番に抱き上げてキスをして、ニール院長にも頭を下げる。
「すみません、ニール院長。しばらくの間、留守をお願いします」
「そのようなこと気にしないでください。私はここの院長なのですから。それに」
孤児院の前で送り出してくださるニール院長の隣には、トゥエルノート様とメイリーン様がいらしてくださっていた。
おふたりとは今でも交流があって、よく遊びにいらして子供たちの相手をしていただいている。
今回の件では、僕が日雇いの仕事に出かけた先でお会いして、その際、少しばかりリディアン帝国と、その後にはラノリトン王国に向かうことになって、孤児院を離れなければならなくなった事を説明すると、それならばその間、と面倒を見てくださることを快く了承、正確には是非その間面倒をみさせてくださいと頼まれた。
いつも僕がいない間、子供たちは手伝ってくれているとはいえ、ニール院長おひとりでは大変だろうと思っていたので、そう提案してくださったのはとても嬉しかった。
「そうそう。ちび達の相手は俺達に任せて、痛っ、なんで蹴るんだよ、メイリーン」
「子供たち、でしょう。いいのよ、ユースティア。困っている時はお互い様でしょう。友達を助けるのは当たり前じゃない。むしろ、何で今まで頼ってくれなかったのかと思っていたのよ」
これまで遠出をする際には他の方に迷惑をかけるわけにはいかないと思っていたので、僕も、それからニール院長も代わりの人を頼んだりしたことはなかった。
リーベルフィアに暮らしていらっしゃる方は、皆さん、それぞれ仕事についていらっしゃるし、商人や冒険者の方など、定住を主とされていない方には頼みにくいと思っていた。
「私たちも仕事はあるけれど、これだってきちんとお給料をいただいているんだから、気にしないで。それにそうでなくたって、ユースティアだって、私たちが困っていたら、都合がつく限りは助けてくれるのでしょう?」
それはもちろん、僕もおふたり、いや、おふたりに限らず、助けを求めらて、僕に出来ることであるのならば、可能な限りお役に立ちたいとは思っている。
「これからも、ユースティアが遠出をする際には気軽に声をかけてくれ。俺も、それから他の皆も同じ気持ちだからさ」
他のというのは、ヴァンスロート様やヴルムクヴィスト様のことだろう。
ヴァンスロート様は年明けの春に、希望通り、お城の騎士団に入団されたらしく、訓練漬けの毎日を送っていらっしゃるらしい。エイリオス様のお誕生日の際はお会いできなかったけれど、夏のレガール様のお誕生日の際、それから先日のナセリア様のお誕生日には挨拶をすることが出来て、久しぶりに訓練にも混ぜていただいたりもした。
ヴルムクヴィスト様は爵位を継がれたらしく、その関係で今はお忙しいらしい。
僕の方から尋ねることはないし、基本的に領地から出てはいらっしゃらないので、中々お会いすることはないけれど、やはり同じくお誕生日などのパーティーの際には少しばかり顔を合わせることもできた。
その他の近況は、街に買い物に出たりした際、或いはこうして孤児院に来てくださってお会いした際にトゥエルノート様からも直接聞いたりもしている。
「年を明けたら私たちも式を挙げるの。そのときはユースティアも参加してね」
ナセリア様のお手をとって馬車へとお連れした後、僕も続いて馬車に乗り込もうとしたところで、メイリーン様からなんだかとんでもないことをさらっと言われた。
驚いて、すでに出発した馬車の窓から顔を出すと、子供たちを抱き上げたりされながら笑顔を浮かべていらっしゃるメイリーン様と、むすっとされた表情ながらもどことなく照れていらっしゃるご様子のトゥエルノート様が横を向いていらっしゃるのが目に入った。
正面の席に座られたナセリア様はお顔を赤くされながら、もじもじと嵌められた指輪を撫でていらして、何だか僕も気恥ずかしくなってしまって、何となく窓の外を見ている風にして誤魔化していた。
ヴァイオリンの演奏の邪魔になるのだろうか、それとも異物感が気になられるのだろうか、或いは大切に保管してくださっているからだろうか、普段孤児院にいらっしゃる際には嵌めていらっしゃらないのだけれど、今日は珍しく嵌めていてくださった。
10歳のお誕生日にお贈りした腕輪は、あまり関係なく、僕がお城を出てから––お城に居た際にも––会う時には、いつもつけていてくださっているのだけれど。
「ロヴァリエ王女に会うのは昨年末の冬以来ですから楽しみです」
エイリオス様に会いによくいらっしゃるのだというフェリシア姫様とは違って、ロヴァリエ王女はリディアン帝国から離れられることはあまりないらしい。
「手紙のやり取りはするのですけれど、どうやらあちらはあちらで忙しいみたいです」
ロヴァリエ王女に最後にお会いしたのは僕もナセリア様と一緒だ。あの芸術祭以来、リディアン帝国に行くことはなかったし、ロヴァリエ王女がリーベルフィアへいらしたという話も聞いてはいない。
ナセリア様とは違って、僕は王女様に手紙を送ったりはしないし、ロヴァリエ王女から送られてくることもなかった。
「そうですね。私も楽しみです」
ナセリア様に倣って僕もそう答えたのだけれど、何故かナセリア様は険しいお顔で僕の方を見つめられると、つんとそっぽを向いてしまわれて、お食事をお作りするまで話をしてはくださらなかった。




