お城での遊びへの招待~ナセリア11歳
「ユースティアの『おやしき』ってところにはまだつかないの?」
「もう少しだからね」
正確にはお屋敷ではなくて孤児院なのだけれど、とは思いつつも、孤児院という言葉よりもお屋敷という言葉の方が夢を感じている様子なので、あえて訂正したりはしない。
今回はまた結構な遠出になってしまったから、帰りが遅いと怒られなければいいのだけれど。
ふわふわの栗色の髪の毛を揺らしながら僕の事を見上げる女の子––ジェーンの手を握り返して微笑むと、大きな瞳を輝かせていた。
ジェーンは今回僕が出かけた先で出会った女の子で、多分年齢は6歳か7歳ごろだと思う。
出会ったというよりは、保護したという方がニュアンス的には正しいかもしれない。
「ほんとうにわたしも『かぞく』にしてもらえるの?」
ジェーンは僕より前に拾われていた人たちに、それこそ倒れてしまうくらいに労働を強いられていた。
身寄りのない、まだ小さな女の子が生きてゆくためには、ある程度厳しい環境で働かなくてはならないというのは分かるのだけれど、それで倒れてしまっては意味がない。
僕もお城で働いていた時に、ユニスやミラさんに、奴隷というのは本来は良いものではないのよと教えられていたので、即座に彼女を助けた。
平和的な交渉と、彼らが掘り進めていた鉱山での数日間の労働、それにより得た利益によって、彼女を任せて貰えることになった。
肉体的な労働では掘り進めるのに時間が掛かるけれど、魔法を使っても良い場所での作業であれば物事を解決するのに大変だなどということはほとんどない。
彼らも、大事な人手とはいえ、まだ幼い子供の、しかも女の子ということもあり、色々な意味で今手放すことに問題ないと思ったのだろう。もちろん、将来的に売りに出すなんて話を聞いていたら、即座に捕まえていただろうから、彼らもそうとは言っていなかったけれど。
もちろん、鉱山での仕事が必要な事だというのは分かっている。
けれど子供の、女の子の身体を痛めつけて良いという事にはならない。
ジェーンは魔法も使えず、武術も当然修めてはいなかったので、出会った時には身体中に痣や傷が出来ていた。
当初は手を伸ばすだけで、怯えられたリ、目を瞑られて、顔を背けられたりもしたけれど、傷を癒したり、食事を一緒にしたりして、僕なりに誠意を込めて接したおかげで、今ではこうして少しは気を許してくれるようにもなった。
「まずはジェーンの新しい服を用意しないとね。大丈夫、生地はたくさんあるから」
「針仕事なら私も少しは出来るわよ」
得意げな顔で微笑んだジェーンをみて、僕も胸が温かくなるのを感じた。
「ユースティア。お帰り」
「おかえりなさい。その子は?」
孤児院に辿り着くと、丁度外でボール遊びをしていた子達が走り寄ってきた。
「ただいま、チュリス、リリナ。皆、いい子に待ってた?」
抱き着いてきてくれた2人の事を抱きしめ返すと、じっと警戒するような目を向けているジェーンの方を支えて紹介する。
「今日から家族になるジェーンだよ。ジェーン、2人はチュリスとリリナ。こっちの赤みがかった髪の子がチュリスで、長くて明るい茶色の髪の子がリリナだよ」
僕がこうして連れて帰ってきたのを見たのは、チュリスとリリナにとっては初めてのはずだ。
ずっと出かけているわけにもいかないし、働くのには毎日出かけるけれど、こうして遠出が出来るのは数か月に1度くらいの割合でしかない。
「今回はどこへ行ってきたの?」
「たしかファーレセってところだったと思ったけど。寂しくなかった?」
「平気よ。トゥエルノートさんも、メイリーンさんも遊びにきてくださったし。そんなことよりお客様が来ているのよ。ナセリアさん」
すぐに裁縫に取り掛かろうと思っていたのだけれど、リリナの言葉に、僕は驚いて目を瞬かせた。
「また来てくれたの。今は中でジェッツたちの相手をしてくれていると思うわ」
僕はジェーンをリリナ達に任せると、すぐに探索の魔法を使ってナセリア様の位置を特定した。
孤児院の中で階段を駆け上り、途中ですれ違ったニール院長に挨拶をしながら、部屋の扉に手をかける。
「あ、ユースティアだ」
「おかえりなさい」
ただいまと返事をして、収納していた買い物の食料、お菓子なんかをみんなで分けるんだよと渡すと、ジェッツたちはとても嬉しそうな顔で受け取って、元気に階段を降りて行く音が聞こえてきた。
「おかえりなさい、ユースティア」
「はい。ただいま戻りました、ナセリア様」
最後にお会いしたのは年末の音楽祭への招待状を受け取って、子供たちと、孤児院の皆で聞きに行ったときなので、半年ほど前の事になる。
ナセリア様はその際、月の光のような銀の髪を肩の上辺りまでばっさりとカットされていて、随分と思い切ったことをなさったのですねと思っていたのだけれど、その髪も今では肩口の少し下辺りまで伸びていらした。
ちなみに、直接そのようにお尋ねしたところ、少し拗ねられたように溜息と共にじっと見つめられたので、とてもよくお似合いですよ、と答えたら、ますます怒ってしまわれたようで、可愛らしく頬を膨らませられて、フィリエ様にダメ出しをされたのを覚えている。
「今回はどこまで行っていたのですか?」
「ファーレセというところだと教えてくださいました」
僕は、地形などに関しては探索の魔法等で補うため、地図を購入したことはない。
お城に居た頃に地図を見せていただいたことはあったけれど、細かいところまでは覚えていない。いつも確認するのはその街のギルドでか、商人、或いは街の方達にだ。
しかし、ナセリア様はご存知だったようで「そうですか」とだけおっしゃって立ち上がられた。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
危ないですよ、と心配しているし、おそらくはアルトルゼン様からも、クローディア様からも言い含められていらっしゃるだろうに、ナセリア様はここまでいらっしゃるのに飛行の魔法を使って––馬車をお使いにならずに––おひとりでいらっしゃる。
そのようにお伝えしたこともあったのだけれど、「ユースティアのところへ行くと言ったら、それならば大丈夫ね、とお母様はおっしゃっています」と告げられた。
もちろん、ナセリア様が会いに来てくださるのも、クローディア様が僕の事を信頼してくださることも嬉しく思ってはいるのだけれど、今回のように僕がいないこともあるので、あまり信頼され過ぎても、とは思っている。
「用がなければ会いに来てはいけないのですか?」
ナセリア様の左手の薬指には、僕がお城を離れる際にお贈りしたお誕生日の贈り物の指輪が嵌められている。
少し拗ねられたように上目遣いに僕の方を睨まれるので、少しどきりとして、平静を装いつつ、嬉しく思っていることを伝えた。
「冗談です。今度、お城でお友達と集まって遊ぶとになっているのですが、こちらの皆さんも是非にと思って招待状を持ってきました」
ナセリア様は柔らかく微笑まれると、封筒を取り出された。
渡されたリーベルフィアの印が押されている封筒には、たしかに孤児院の皆様と宛名が記されていた。
遊ぶとおっしゃっていたけれど、名義としてはエイリオス様のお誕生日のお祝いでもあるようで、エイリオスはフェリシア姫にもお手紙を書いていましたと教えてくださった。
フィリエ様とミスティカ様、国王陛下と王妃様のお誕生日の際は、覚えてはいたのだけれど、たまたま遠出と重なって出席できなかったので、今回は是非出席させていただきますとお答えした。
「私もユースティアの顔が見られて良かったです」
そうおっしゃられたナセリア様はくるりと反転されると、少し早足で皆がいる食堂の方へと向かわれたようだった。
わずかに跳ねるように揺れる銀の髪の間からは赤くなった耳が見え隠れしていた。




