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必ずまたお会いできます

 ナセリア様に思いの丈を告白して、初めてナセリア様に涙を流させてしまった翌朝、お城の皆さんに見送られながら、僕はリーベルフィアの王城を後にした。

 国王一家、ユニスたちメイドの皆さんにトラバール様や官僚の皆さん、リュアレス団長以下騎士団の皆さん、ミラさんやアザール団長たち魔法師団の方、それから忙しいはずの料理長様達も、お城で働いていらっしゃる誰もかれもが見送りに出てきてくださっていた。


「私たちはユースティアみたいに魔法でひとっ飛びにというわけにはいかないから、中々難しいかもしれないけれど、暇を見つけたら遊びに行ってもいいかしら?」


 ユニスやルシルクさん達は新しい遊び場が出来るみたいな感覚でいらっしゃるのかもしれない。

 1日あれば往復できるくらいの距離とはいえ、貴重らしい休日をわざわざ僕のところに来ることなんかに使っても良いのだろうかとも思うけれど。


「勿論です。皆さんが遊びに来てくだされば、孤児院の子供たちも喜ぶことと思います」


 僕が今日孤児院に向かうということは、すでにニール院長先生を通じて子どもたちにも伝わっていることと思う。

 急に仲良くなれるとは思っていないけれど、そういう子供の中に入るのは経験もあることだし、意外とすんなりできるのではないかとも思ってもいる。既に何度かは顔を合わせているのだし。


「あっ、でも、もうユースティアは辺境伯の地位を受勲してしまったのだから、これからはユースティア辺境伯様とお呼びしなくてはいけないかしら?」


「勘弁してください」


 意地悪そうな瞳でルーミさんやフィスさんがおっしゃるものだから、僕は全力で否定させていただいた。

 辺境伯の地位だって、欲しくて貰ったわけじゃないし、むしろ、邪魔だとすら思っているけれど、あった方が便利なことがあるのは確かなので、仕方なく受け入れているのだ。それ以上の何かなんていらないし、出来ることならニール院長先生に譲ってしまいたいくらいだ。


「冗談よ。新しいドレスでも縫い上がったら持って行ってあげるわね。ティアちゃんの分も」


「冗談なのは後者の方ですよね!」


 衣服を持って来て下さるというのは、とてもありがたい申し出だけれど、僕の分ではなく、出来ることなら子供たちの分にしていただきたい。


「いつでも訓練に来てくださって構わないのですよ。我々はいつでも歓迎しますので」


 騎士団の皆さんにはそうお誘いいただいた。

 騎士団の訓練時間はだいたい把握しているけれど、お城に居た時のように毎回時間を合わせられはしないだろう。

 シナーリアさんに、それからリーベルフィアに来てから学んだ訓練はこれからも続けてゆくつもりなので、滅多には来られないとは思うけれど、お城を離れる僕にもそうしてお声がけいただけたのは本当に嬉しかった。


「ユースティア様。本当にお世話になりました」


「貴殿が再び私の前に膝をつく日を楽しみにしている。まあ、私としてはそんな日が‥‥‥ゴホン、何でもない。とにかく、今日まで子供たちの事を導いてくれたことには感謝している」


 王妃様と国王様からも、深い感謝を告げられた。

 国王様はこんな時にまでナセリア様の方を悪戯っ子のように見つめられながら、冗談めかしておっしゃられるものだから、王妃様に、それはもう、心臓の小さい人ならばすぐにでも平伏してしまいそうな笑顔で見つめられて、わざとらしく咳払いをなさっていらした。


「ユースティアに教えて貰ったことは忘れない。私もこれから一層、より良い国王となれるよう、魔法の訓練も、その他の事にも、もちろん友人を大切にする」


 エイリオス様は真面目な顔でおっしゃって、


「ユースティアは世界を周りに行くのでしょう? 羨ましいわ。私もついて行きたいくらい。でも、そうもいかないから、お兄様よりも素敵な男性がいたら是非紹介してね」


 フィリエ様はおどけた調子でおっしゃられて、国王様と王妃様に困り顔をさせていらした。


「‥‥‥小鳥さん、ありがとうございました」


「‥‥‥」


 ミスティカ様の周りをぷかぷかと浮かぶ木彫りの小鳥は、年の初めにお贈りしたときよりもずっとなめらかに飛行することが出来るようになっていた。

 レガール様は王妃様のドレスに隠れてはいらっしゃらず、しっかりと1人でお立ちになられたままぺこりと頭を下げられたので、僕も温かい気持ちでそれに答えさせていただいた。

 レガール様には魔法の授業をつけることはほとんどできなかったので、ハンカチの遊びを少しお教えしただけになってしまったけれど、それでもこうして感謝を示してくださるのはとても嬉しい事だった。


「‥‥‥ナセリア様」


 ぎゅっと何かに耐えるように腕輪を握りしめていらしたナセリア様は、僕がお声をかけると、俯かれたまま、びくんと肩を揺らされた。


「孤児院の件もそうですが、ティノ達のお墓もあるこの国に帰って来なくなることはありません。私もこの世界を捨てようとは思っておりませんし、念話の魔法はいつでもどこに居ても届くはずです」


 転移の魔法の詳細は未だ解明できていない。

 強い思いに惹かれるのではないかという仮説はあるけれど、修得するまで、その確信が得られるまでは無暗に試すつもりはない。


「今生の別れというわけでもございません。私にはまだまだやるべきこととやりたいことがたくさんありますから」


 堂々と胸を張って迎えに行けるようになるまで待っていてくださいとは、とてもお願いしたりは出来ない。


「また必ずお会いできます」


 だから今はそれしか告げることは出来なかった。

 

「では、これからはしっかりと国王様、王妃様にご報告なさってくださいね」


 それから僕は先日のお誕生日にはお渡しすることの出来なかった指輪を取り出した。


「ほう」


「まあ」


 国王様と王妃様の––質の違う––声が重なる。

 ナセリア様は驚かれたように、大きな、月のような金の瞳を見開かれた。


「先日、お渡しすることができませんでしたので。ナセリア様、お誕生日おめでとうございます」


 取り出したのは昨年のお誕生日にお渡しした腕輪を小さくしたようなデザインの指輪だ。

 やっぱり、最後に泣き顔のナセリア様とお別れしたくはなかったので、はにかむようでも、小さくても、笑顔を浮かべてくださったのは嬉しかった。

 差し出された左手をとる。

 その場にいらっしゃる皆々様、全員の視線が集まっていて、もうその指以外に嵌めるようではきっとこれから先、総スカンを食らうに違いないという雰囲気だ。

 というか、左手の薬指はまだ早いと皆さんおっしゃっていたはずだと思っていたのだけれど。


「では、行きますね」


 立ち上がり、リンゴのように頬を染められて、口を真っ直ぐに引き締められた、ナセリア様に一礼すると、お世話になったお城に背を向けた。


「ユースティア!」


 ナセリア様のかすれそうな声が聞こえてきたので振り返ると、お顔を歪められ、瞳に大粒の涙をいくつも浮かべられたナセリア様が胸の前で手を組まれていた。

 結局、ナセリア様に涙を流させてしまった。


「必ず、会いに行きますから!」


 僕は会釈で答えると、今度は振り返らずに孤児院に向かって歩き出した。

 これ以上は我慢できそうになかったので、振り返って、涙を見せたくはなかった。

 自分で決めたことだというのに、涙はとうに枯れていたと思ったのに、結局僕は泣いてしまっていた。

最終回ではありません。もうちょっとだけ続くんじゃ‥‥‥いえ、何でもありません。もう少し? だけ続きます。


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