ナセリア~ユースティアと出会って 11
夕食とお風呂をいただいた後、ロヴァリエ王女が私たちがお借りしているお部屋に尋ねていらした。
『ようやくゆっくり話せるわね』
今までは芸術祭の準備等、事務的な対応をとる必要があったのだけれど、寝る前のこの時間はやるべきこともなく、明日のために早く寝る必要はあるけれど、私も久しぶりに会ったロヴァリエ王女と話をしたい気持ちはあった。
『あれから何か進展はあった?』
あれからというのが、ロヴァリエ王女がリーベルフィアからお帰りになる際に交わしたユースティアとの『挨拶』の事だというのはすぐにピンときた。
『あったと言いますか、その‥‥‥』
ロヴァリエ王女はユースティアがリーベルフィアのお城に仕えることになるそれ以前の話はご存知ではない。私たちがユースティアから話を聞いた––聞き出してしまった––のは、ロヴァリエ王女が帰国されて、新年を明けてからの事だ。
『エイリオスには気になる人が出来たみたいです』
あの別れ際のキスの話を出されたことからも、私とユースティアの事に関して尋ねられているというのは察していたけれど、ユースティアのいないところで事情を勝手に話すわけにもいかないし、ラノリトン王国の件はおいそれと他人に話していいような内容ではないだろう。一国の王女が相手ともなればなおさらだ。
『えっ! そ、そうなの? エイリオス王子に好きな人が?』
ロヴァリエ王女の聞きたかった内容ではないのかもしれなかったけれど、やはりというか、ロヴァリエ王女も女性なので、他人の恋路には興味がある様子だった。
『どこのどんなご令嬢なの? 出会いは? アルトルゼン様とクローディア様は何ておっしゃっているの?』
身体をぐいと乗り出して、若草色の瞳を瞬かせながら、矢継ぎ早に質問を投げかけられる。
『リンウェル公国のフェリシア姫よっ!』
フィリエがベッドの上で座ったままぴょんと跳ねて、ばしんと手のひらを叩きつけたものだから、隣に座ったまま木の小鳥を優しく撫でていたミスティカがびっくりして目をぱちくりとさせた。
ロヴァリエ王女も、リリエティス川からリーベルフィアとオランネルト鉱山、ムーオの大森林とヒエシュテイン皇国を挟んでいるとはいえ、流石に第一王女だけあって、フェリシア姫の事はご存知の様子だった。
『フェリシア姫なんて、ふわふわで、弱そうで、すぐ泣きそうになるくせに、もう、本当に何なの? ちょっとお兄様に迷っているところを助けられて、忘れていった大事物を届けて貰って、キスされたくらいで、もうもうもうっ!』
フィリエの話していることは滅茶苦茶だったけれど、何となく言わんとしているところは分かったみたいで、ロヴァリエ王女は何だか微笑まし気な視線を向けていた。
流石にフィリエの説明では不足し過ぎていると思い、私は詳しい話を付け足した。
ラノリトン王国での件を、全く話さないわけにはいかなくなってしまったのだけれど、上手くぼかして伝えることが出来たと思う。
ラノリトン王国の件を伝えるということは、当然、リーリカ姫の話もしなくてはならなくなるわけで。
『––それでユースティアはやっぱり隙が多いんです』
自分もキスをしたことがおありになるからか、ユースティアがリーリカ姫にキスをされた話をすると、ロヴァリエ王女はバツの悪そうな顔をされた。
『でも、最近、ユースティアは絶対お姉様を意識しているわよ』
ミスティカがうとうとしだしていたけれど、私たちのおしゃべりは止まらなかった。
『この間も‥‥‥そう、聞いて、お姉様ったらね––』
フィリエは、お母様のお誕生日にお城に同じ年ごろから、少し離れた年の方までが招かれた事、その際に私がユースティアを押し倒すような格好になってしまったこと、お祝いの次には、お泊りに行ったりして、友人とも呼べるだろう関係を築くことが出来ただろうことを話していた。
『そのときから、ユースティアの様子が少し変わったんです』
私は最近のユースティアの様子と、私が感じていることについてロヴァリエ王女に話した。
ロヴァリエ王女だってユースティアの事を好きでいるのだろうから、もしかしたら、別の事に気付かれるかもしれない。
『それ、直接ユースティアには聞いてみたの?』
ロヴァリエ王女に尋ねられ、私は首を横に振った。
魔法顧問の役職や、魔法の授業を代わってもらっていたり、多分、何か忙しいのだろうとは思っている。
でも、以前ユースティアは、何かあれば自分に話してくださいと、何があっても味方をしてくれると言っていた。だから、何か重大なことがあるのだったら私に話してくれるはずだと思っている。話してくれないのは、私が知らなくても良いことなのだ。
基本的に、知らない方が良い事というのはないと思っている。知識は力であり、無知であればそれだけ不利になることが多いということも。
でも、誰にだって、知られたくないことの1つや2つはあることだろう。
それが、ユースティアが秘密にしていた過去の事のようなことであるのならばなおさらだ。
『ユースティアの過去って? 魔法顧問になる前の話?』
フィリエとロヴァリエ王女が興味を示してしまったけれど、何でもありませんと誤魔化した。
『私は‥‥‥あんまり、そういう事をして、ユースティアに嫌われたくないんです』
だからユースティアを信じて、話してくれるのを待ちますと。
『ナセリア王女‥‥‥って、私も負けないから』
ほんの一瞬だけしんみりしかけたロヴァリエ王女が勝気な瞳でそうおっしゃられ、私たちは顔を見合わせて微笑みあった。
ミスティカはすっかりベッドに横になってしまったし、フィリエも欠伸をし始めて、私も少し眠くなってきたので、明日の本番に備えて私たちは一緒のベッドに横になった。
大きなベッドは4人で並んでも、私たちはまだ子供で小さかったので、十分に横になることが出来た。




