ナセリア~ユースティアと出会って 4
ユースティアがリーリカ姫にキスをされるのを見てしまったからだろうか。ラノリトン王国を発ってからも、その光景が頭の中を離れない。
エイリオスやフィリエがフェリシア姫の事を話しているのが、聞こえてはいるのだけれど、頭には入って来ない。
でも、沈んだ暗い顔ばかりしている女の子なんてユースティアも好意を抱いたりはしてくれないだろうから、ユースティアと旅行が出来て一緒に居られているのだということを考えていた。
もちろん2人きりというわけではないし、そもそもの旅の目的を考えたのならば、そんなことはあり得ないのだけれど、隣を向けば一番近くにユースティアを感じられるのはとても幸せな事だった。
そう思おうとしていたのに、ユースティアと、それからお母様から『仲良し』を作ってはという話を聞いた。
お母様の話からすれば、友達というのは人生の宝物になるのだという事だった。
兄弟姉妹以外の同性、もしくは異性の友人は、私たちの世界を広げてくれるのだと。
異性の友人というのは、つまり、将来的にお父様やお母様のような関係になるとか、似たようなニュアンスは少なからず含まれてもいるのだろう。
それをユースティアは喜ばしいことのように、まるで自分とは関係ないと思っているかのように語るものだから、なんだか私はそういう風にはユースティアに思われていないのかと思うと、それが悔しくて、哀しくて、
『私も『仲の良い』お友達を作ります。ユースティアはそれを見ていればいいんです』
なんて言ってしまった。
本当は、どんな『お友達』が出来たとしても1番仲良くしていたいのはユースティアとです、と言いたかったのだけれど、それじゃあなんだか私が告白しているみたいで、とても恥ずかしいことのようで、口に出すことは出来なかった。
そうはいっても、普段リーベルフィアではお城で過ごしている私たちに『仲良しのお友達』なんてそうそうできるはずはないと思っていたのだけれど、その機会は思いのほかすぐに訪れた。
お母様のお誕生日に、お父様が私たちと同年代ほどの子供たちをお城に招いて、お母様のお誕生日を大々的にお祝いするとおっしゃられたのだ。
もちろん、お母様のお誕生日をお祝いすることには賛成だし、そのことに関してどうこう言うつもりはない。
問題なのはもうひとつの方で、けれど、ユースティアに宣言してしまった手前、断るのは難しかった。
あんなことを言ってしまった直後に、誤解されるようなことをしたくはなかったのだけれど、お父様とお母様が仰ることには、そのときには男の子のお客様と女の子のお客様は別の場所に集まるとの事だった。
お母様のお誕生日をお祝いするという趣旨を考えると、別の場所に居るのでは効率が悪いというか、主賓であるお母様にご無理をさせてしまうのではないかと心配もしていたけれど、そのことを話している間のお母様は本当に楽しそうで、私の些細な心配など必要はなさそうだった。
新年のパーティーなどでお会いする男性のお客様は、年の近い方も、年の少し離れた方も、私たちに挨拶にいらっしゃる方はどなたも、もちろん私たちの身分のこともあるのだろうけれど、こう言っては自意識過剰にとられるかもしれないけれど、私達自身にも興味がおありだという雰囲気を、全く纏っていらっしゃらないという方はほとんどいらっしゃらない。
私の中には、ユースティアに嫉妬して欲しいという感情と、嫌われたくないという感情が両方存在していた。
私は、ユニスとかロヴァリエ王女、リーリカ姫みたいに、ユースティアと年の近い女性が一緒に居ると、ユースティアにとっては良い事であるはずなのに、そうあっては欲しくないという感情が生まれる。
だから、もしかしたら、私が他の異性の『お友達』と仲良くしていたら、私の思い上がりかもしれないけれど、ユースティアにも嫌な思いをさせてしまうかもしれないというのに、同時にそれだけ気にかけていた貰いたいという気持ちもあった。
だから、異性とは場所を分けると聞いたときにはほっとしたのかもしれない。
お母様のおっしゃりたいことは分かっていたけれど、そんなに上手くいくものでもないのではないかとは思っていた。
私があったことのある近い年頃の女性といえば、パーティーなどで挨拶される、どこどこの侯爵の長女だとか、やっぱり、男性と同じように、好意ではなく打算によってお近づき、もしくは顔見知りになりたいという方がほとんどで、お母様が仰るような、双六だとか、ファッションの話をするだとか、そんな感じの友人は難しいのではないかと。
案の定、部屋で女の子達ばかりになった時の自己紹介では、肩書を伴った堅苦しい名前を名乗られる方ばかりだった。
他の国では違うところもあるようだけれど、リーベルフィアでは自身の名前の後には家名を名乗る場合がほとんどだ。
難しいとは思っていたけれど、予想通り、私たちと友達というよりは繋がりを作りたいのだろうと思える人がほとんどだった。
『ここへ来るまでの間にされたと思うけれど、ユニス達の話を聞いていなかったの? ああ、ユニスはあなた達をここまで案内してきた彼女の事だけど』
フィリエがそう言わなければ、おそらくずっとお見合いのような状態が続いていたか、或いはいつものパーティーと変わらない雰囲気が続いていたことだろう。
『確かにお母様のお誕生日をお祝いするのに、お母様がいらっしゃらないのは残念とも思うかもしれないけれど、お母様はおひとりしかいらっしゃらないのだし、お兄様たちのところが終わったら、次はこちらにいらっしゃるわよ。それまでは、私たちと遊んでいましょう。私も、ミスティカも、お姉様も、今日、こうして同じくらいの年の女の子と遊べると聞いて楽しみにしていたのよ』
フィリエはそれから皆さんにクッションの上に座るように促していた。
部屋の中には椅子も机もあるのだけれど、お母様は車座になっておしゃべりをするのは楽しいのよ、とおっしゃっていたこともあったし、私たちが先に座って待っていると、他の皆さんもおずおずと、遠慮するような態度ではあったけれど、小さな輪を作って座ることが出来た。
『あなた達って、普段はどんなお話をしたりしているの?』
お母様が学生でいらしたときは、恋とかお菓子とかファッションの話だとかをなさっていたという事だったけれど、とフィリエが口火を切ると、まだ少しぎこちなさがありつつも、同意するような声が挙げられた。
『ちなみにお姉様はユースティアに恋しているのだけれど、あなた達の恋の経験とか、体験とか、よかったら教えてくれない?』
お母様やユースティア達が作ってくれたお菓子を食べながらだったので、その幸せな味も合わさって、大分女の子達の態度も硬さが取れて来たところで、フィリエが投下した爆弾には、皆さんの目の色が変わった。
私だってクッキーをのどに詰まらせかけてしまった。
『ナセリア様は魔法顧問様に恋していらっしゃるのですか?』
『きっかけは? やはり、いつも一緒に居らっしゃるからですか』
それまでは主に会話をしていたのはフィリエだったのだけれど、お母様が仰るように、女の子にとって恋の話というのは、特に他人のそういった話には興味津々の様子だった。
私に話を振ったというのに、フィリエは自分で私とユースティアの事について話し始めてしまった。
その度に黄色い歓声が上がり、うっとりしたようなお顔を浮かべられたリ、私に感想を求められたりもした。
彼女たちの恋愛観というか、駆け引きのようなことも聞いたし、フィリエはそうよね、と同調している様子だったけれど、私は初めて知るようなことも多くて、とても勉強になった。
そうしていると、部屋の外が騒がしいような感じがしたので、お客様もいるというのに何かあったら大変だと、そんなことはほとんどないとは思いつつも、ユースティアに念話を送った。
『ナセリア様は何をなさっていらっしゃるのですか?』
『お姉様は恋する乙女だから、想う相手のところに思念を飛ばすことが出来るのよ』
フィリエ達のそんな勝手な盛り上がりを余所に、私はユースティアの言葉が気になって外の様子を窺うべく立ち上がった。




