ナセリア~ユースティアと出会って 2
ユースティアがお墓詣りをしているところを見てしまったからだろうか。
あの時も、本当に覗き見るつもりなんてなかった。私は、リーベルフィアの王女として、軽率な行動をとってはならないと理解はしている。
誰にも告げず、1人でお城の外に出るなんて、誰かに知られでもしたらきっと怒られたことだっただろう。
でも、ユースティアが自分からお休みが欲しいと言うなんて滅多に、いや、ほとんどない事だったし、何をしている、或いは何をするつもりなのだろうかという興味もあった。
もちろん、誰にだって、ユースティアにだって秘密にしたいことくらいあるだろうということは分かっているけれど。それでもつい気になって、ユースティアを探しに行ってしまったことを、後悔したりはしていない。
私は家族や大切な人を亡くしたことはないから––正確にはその場に立ち会ったという記憶がないから––ユースティアの本当の気持ちを理解することは出来ないのかもしれないし、分かりませんよと言われたら、それは悲しい気持ちにはなるだろうけれど、やっぱりその通りなのかもしれないと思うのかもしれない。
それでも、ユースティアが寂しそうに顔を曇らせているのを見るのは、胸が締め付けられる思いがしていたし、何もできない自分にも、もどかしくなって、悲しくなって、泣きそうにもなったけれど、ユースティアが涙を流してはいないのに私が子供のように泣くわけにはいかない。
探索の魔法を使うと、ユースティアの向かった場所はすぐにわかった。向かっていた先の事を考えても、先日の話が頭から離れていなかった私は、ユースティアのしようとしていることが分かる気もした。
おそらくと思っていたことは、本当にその通りで、私が見ていてはいけないような場面のような気がしていて、それでも立ち去ることは出来ず、隠れていたつもりだったのだけれど、ユースティアには分かってしまっていたらしい。
申し訳ない気持ちはあったのだけれど、ユースティアの大切な人たちの事を知りたいという気持ちは、やっぱり胸がぎゅうっとするくらいに強くて、でも、それは私が知っているユースティアとは違うのだと思うと、寂しくて、悲しくて、ユースティアを遠くに感じて、意味なんてないというのに、つい手を伸ばしてしまっていた。
そう思っていたら、ユースティアが家族の話を聞いてくださいと言ってきた。
催促しているつもりなんて全くなかったと思う。けれど、それは私がそう思っていると勝手に思い込んでいただけで、他の人––ユースティアから見れば、辛い話を無理やり聞き出そうとする、嫌な女の子に見えていたかもしれない。
そう思うと、余計に悲しい気持ちになった。
だから、これ以上負担に思われないようにと、ユースティアが話してくれるのならと、私はその時を待っているつもりだった。
けれど、私がそう思っていたことは、周囲にはすぐに分かってしまったらしくて、食事のときや寝る前にはお母様になにかあったのと尋ねられ、図書館で本を読んで気を紛らわそうとしてみても、ヴァイオリンの練習をしてみても、近くを通りかかった人には暗いお顔をさせてしまった。
ユニスやミラに無理やり引っ張られるように連れて行かれた時も、本気で聞くつもりがないのであればいくらでもやりようはあったはずだ。
ユースティアに悲しい顔を、辛そうな顔をさせてしまうだろう話だということは分かっていたはずなのに、私はその場を立ち去ることはしなかった。
それも、私の知らないユースティアの事という、とても自分勝手な、我儘な理由からだ。
それを自覚しながらも、結局その場に留まっていたのだから、もはや言い逃れも出来ない。
話を聞いたとき、ミラも、ユニスも、それからもちろん私も、ユースティアにかけられる言葉なんて持ち合わせてはいなかった。
謝罪なんてもってのほかで、慰めることも出来なければ、抱きしめることも、ただ手を握ることさえも、そのために手を伸ばすことすら出来ずに、ただ、遠ざかって行くユースティアの背中を見ていることしかできなかった。
このままだとユースティアは本当にお城から、私の目の前からいなくなってしまうかもしれない。
そう思うと、不安で胸が押しつぶされそうで、弱く、力もない私はお母様に頼るしかなかった。
普段は強くあろうと思っているのに、こんな時だけお母様を頼るのはずるい事である気もした。
けれど、お母様は真剣に私の話を聞いてくれて、アドバイスまで下さった。
それから、フィリエも。
持って来てくれた服はどれも、恥ずかしいというか、はしたないというか、そんな風に思えてしまう物ばかりで、けれど、ドレスではあんまりだと思うし、フィリエもいつものドレスではインパクトが薄いなどというもので、でも、あんまり特異な格好をするとユースティアに変な娘に思われてしまうかもしれないから、いつも見慣れているだろう格好を選んだ。
もっとも、ユニスに対抗する気持ちが全くなかったかと問われれば、完全に否定することは出来ないけれど。
そうは言いつつも、もう一方では、こんな格好何てどんな意味があるのだろうかと思ったけれど。
––お姉様は世界一よ。ユニスにだって、ミラにだって、負けたりしないわ。
フィリエの言っていることは私の気持ちからは離れていると言えば嘘になるかもしれないけれど、そのとき心を占めていた事とは違っていた。
けれど、フィリエが私の事をどれ程思っていてくれているのかは十分過ぎるほどに伝わってきたし、どんなことでも、ユースティアの力になれるのならばと思っていた。
してあげたい、なんて上から見るようなことじゃなく、ユースティアの胸の内を少しでも晴らす手伝いができるのならば、私に出来ることならば何でもしたかった。
お母様のように大人の女性になれば、もっと別の、多分、抱きしめてあげられたのかもしれないけれど、私はまだ全然子供で、結局、ユースティアに気を遣わせてしまう事にもなりかねない。
でも、そんな私の気持ちを、ユースティアが分かるはずもなく、結局、白状してしまった。
いや、もしかしたら、何となくは伝わっていたのかもしれない。
けれど、私の押し付けるような気持ちを、ただ受け止めてくれた。
––ナセリア様が、私などの事を思ってくださっていることはよく心に沁みました
そう言われて、また心臓が飛び出しそうなくらいにうるさくなっていたのだけれど、ユースティアは気付いていなかったのか、少しも動揺なんてする素振りも見せず、いつものように紳士然とした態度を通していた。
私ばっかりこんなに動揺しているのに、と思うと、それまでの事もあることは分かっているのだけれど、なんだかずるいと思ってしまって、また少し、眉を下げてしまった。




