ナセリア~ユースティアと出会って
ユースティアが辺境伯の爵位を受けたということを聞いたのは、私がお友達のところから戻ってきたときだった。
ユースティアがリーベルフィアに来て、私たちを助けてくれた時のことは今でも覚えているし、たとえユースティアにとってあの時、あの場に現れたことが望まない結果からだったのだとしても、私が感謝していることには変わりはない。
その際にユースティアをお城まで連れてきてしまったときには、ただ純粋に助けてくれたことに感謝を伝えたいだけだった。
だから、ユースティアが言っていた世界間の転移という言葉はよく分からなかったけれど、なんとなく、口調や雰囲気なんかから行く当てがないのではないかと思ってしまった。
それで、玉座の前に連れて行かれたユースティアが懐疑的な目で見られているときに、つい、実力を示していただければ良いのではないかなどと提案してしまった。
もちろん、私たちの目の前に急に現れた––後から転移の魔法らしいのだと聞かされたけれど––魔法のような現象に興味を惹かれていたというのも本当だ。
お城にある本は大体読んでしまっていたし、そこに載せられていた魔法なら大体すぐに使えるようにもなっていて、他の、ヴァイオリンやピアノや絵や踊りや、その他のお稽古事と変わりのない、ひとつの義務のようなものだと思っていた。
その後、ユースティアとコーマック魔法顧問様の決闘を見た時には、あまりの衝撃に、私は瞬きすら忘れてしまったみたいだった。
それは私だけの事ではなくて、あの場にいた誰もが、いなかった人だってあれを初めて見たのであれば、きっと私と同じように思ったに違いないと確信している。
魔法なんて、現実の動作の延長で、少し便利な物だくらいにしか思っていなかったけれど、まさか人間は空を飛ぶなんて。
その時は本当に感動していたのだけれど、私がユースティアにかけた言葉は、そんな感動を伝えるための言葉ではなく、この国の王女として、聞く人にとっては不愉快な思いをさせるかもしれない、疑うような言葉だった。
ユースティアが語った言葉の意味を知るのはそれから大分先のことになったのだけれど、ユースティアにとっては、疑われていて、不審に思われているだろうという印象を与えてしまったであろう言葉をかけた私を、ユースティアは言葉通り、命を懸けて守ってくれた。
それまでも同じような状況になったことは何度かあったし、別に衛兵の皆さんを責めるわけではないけれど、仕方がないとは思っていた。
お母様を除けば、私がお城で最も魔法を上手く扱えていたことは事実だったし、1人の方が戦うにしてもやりやすい。他の、夜衛の方を除けば誰もが眠りについている時刻、フィリエやミスティカ、エイリオスやレガールのところへ侵入者がくるより、私のところへ来てくれていた方が、誰もが安全だったはずだ。実際、今までどうにかなってきたのだから。
けれど、偶然私の部屋を訪ねてきていたユースティアには真剣に怒られてしまった。出会ってからの事を思い出してみても、ユースティアが私に対して敬語ではなく、普通に話してくれたのはあの時だけだ。
もっと他の人の気持ちを考えなくてはいけないと叱ってくれた。
あの時から、私はなんだかんだとユースティアの事を目で追うようになっていったのかもしれない。
始まりなんてわからないけれど、気づいたらユースティアを探して視線を彷徨わせていた。
どうしたらあんな魔法を使えるようになるのだろうとか、それまでは同じことの繰り返しばかりだった魔法の授業でも、考え方から今までとは違っていて、空まで飛べるようになったりもした。
そのユースティアが編纂した、教えてくれている魔法が掲載されている魔導書は、リーベルフィア国内に留まらず、大陸中に大きな反響を与えた。
他国から王女様が直接いらっしゃるくらいには。
他国の王女様とあれほど長い間一緒に居たのは初めての経験だったし、家族以外の、年が近いとは言えないけれど、友達のような感覚で付き合うことのできる女性も初めてだった。
パーティーなんかでどこどこの貴族の長男ですとか、次女ですとか、形式的な挨拶をいただくのはいつもの事だったけれど、あんな風に、堅苦しくない付き合いの出来る女性は初めてだった。
ロヴァリエ王女は胸も大きくて、ユースティアよりも年上のお姉さんにみえる女性だ。
私も友人として仲良くなることが出来ると思っていたけれど、実際、ロヴァリエ王女との仲は良好だとは思っているけれど、あの方はあろうことか、リディアン帝国へお帰りになられる際、ユースティアにキスをなさった。挨拶だとおっしゃっていたけれど、絶対、そんなことはないはずだ。
私なんて、まだ身長が足りなくて、むしろどんどん離れているような気もするけれど、上手にすることが出来ないというのに。
もちろん、ユースティアだって、普段の動きが出来ればあのくらいの動きは躱すことが出来たはずだ。鍛錬をしているときのユースティアはあんなに隙が多くはない。
それなのにユースティアはポカンとしたままキスされていた。
別に、私は、羨ましいとか、悲しいとか、妬ましいとか、怒っているとか、そんな気持ちを抱いていた訳ではない。そんなことはない。私だってまだ唇にしてもらったことはないのに、なんてことも思ったりしていない。
でも、やっぱり、あの時、ユースティアは避けようとはしていなかったはずだ。
だからどうということもないけれど。
新年のパーティーでも、やっぱりユースティアはモテモテだった。
たくさんのお母様方やご息女の皆さんが集まっていらして、ユースティアは魔法や魔導書の事ばかりを尋ねられていただけだと言っていたけれど、私が見ていた限りでは、明らかに好意を向けている視線もあったはずで、ユースティアがそれに気づかないわけもないはずだけれど、ユースティアは分かっていないかのように説明するので、私は拗ねてそっぽを向いてしまった。




