内緒の準備
ナセリア様達がご友人宅から戻られた翌日の朝、久しぶりに魔法の授業をして、お昼の後は時間があるという事だったので、いつも勉強を見ていただいているミラさんにごめんなさいと謝ってから、街の方へと出させていただいた。
これからの事を考えると、この国に留まる仕事よりも、国の境を関係なく行き来してもお金を稼ぐことのできる冒険者になるのがもっとも有効な手段だと考えられたからだ。
それに、身分証明の件もある。
今は王宮魔法顧問の証があるけれど、これを返却しなければならなくなった場合に、自身の証明をするものが必要だった。
前の世界ではそんなものを持っていたことはなかったけれど、これからしようとすることに関して、それとなく、ぼかしながらミラさんにお尋ねしたところ、身分、あるいは自身を証明するものはあった方が良いわよ、とご自身の王宮司書としての証明書を見せていただいた。
ユニスたちも似たようなものを持っているのかと思って尋ねてみると、メイドとしての身分証や、王宮に所属していますよという調理師の免許だとか、庭師の方なら、調理師の方と同じ王宮に所属しているという証や、危険性のある植物等に関する取扱いの免許だとか、騎士団の皆さんは王宮の騎士団に所属している証として、魔法師団の方達がお持ちのものと似たようなものをお持ちだった。
「ユースティアだって魔法顧問として立派なやつを持っているじゃない。この前も別に新しい勲章をいただいていたでしょう?」
ユニスをはじめ、尋ねた方達には同じような反応を返された。
「いや‥‥‥その‥‥‥それはそうなんだけど‥‥‥」
孤児院を買い取らせていただいて、これからの目的、いや、やりたいことを説明すると、
「ああ‥‥‥うん‥‥‥まあ‥‥‥それは、お城勤めは難しいかもね‥‥‥」
と、難しいお顔をさせてしまったりもした。
そしてその後には決まって、ナセリア様にはもうお伝えしたの? とか、姫様にはご説明したの? などと尋ねられた。
「いえ、それはまだですけれど‥‥‥」
伝えなければならないことは分かっているのだけれど、話をしようと思ってお顔を見たら決心が揺らぎそうな気がして。
「その程度で揺らぐ決意なのだったら、止めた方が良いんじゃないかしら?」
ミラさんにはそうアドバイスもいただいた。
たしかに、世界を回って、身寄りのない子供を集めて養おうというのだ。お金の問題も当然あるけれど、中途半端にならないためには確固たる意志が必要だということは、分かり過ぎるくらいに分かっている。
子供たちを、助けを必要としている子供たちに最初だけ手を伸ばしただけで途中で手を離してしまうのならば、結局、お節介や自己満足で終わってしまう。その子達が独り立ちできるまで、しっかりと面倒を見なければならない。
「はい。ですが、決意は揺らいでも、決心は変わりません」
知らない誰かでも、行く当てもなく、独りぼっちのときに差し出された手は暖かいはずだから、何も出来ずとも、お節介や自己満足だと言われようとも、止めるつもりはなかった。
「あなたもそれほど年齢が上のようには見えないけれどね。精々、エイリオス様より数年、といったところではないかしら」
前にもお尋ねしましたけれど、正確なところをお知りになられたいでしょうかと尋ねると、ミラさんは静かに、いいえ、と首を横に振られた。
「そう。あなたが決めたことなのだから、私がどうこうとは言わないけれど。でも、きちんと全員に報告はするのよ」
「はい。分かっています」
自分の現在の立ち位置とは関係なく、報告連絡相談は必要だ。この場合は後のふたつは大丈夫かもしれないけれど。
国王様と王妃様はお話しにならないだろうから大丈夫だろうけれど、姫様、若様方へのご報告は最後にしよう。確実にナセリア様にも伝わってしまう。ナセリア様に引き留められたのなら‥‥‥多分、大丈夫だとは思うけれど、そのときにはすでにどうしようもない状況になっていた方がきっと良いはずだ。
「ユースティア、出かけるのですか?」
別の日には、孤児院の様子を見に行こうとお城を出ようとしたときに、ナセリア様と鉢合わせたりもした。
「ええ、少しばかり買い物が気になりまして」
すこしドキリとしながらも、つっかえることなく、あらかじめ用意していた台詞を答える。
真実を答えないことは嘘ではないと誤魔化しながらも、そうナセリア様に告げるたびに胸が痛んだ。
けれど、まだ準備を終えてはいないので、今僕のしていることをお話しするわけにはいかない。
孤児院だって僕の買い物といえば買い物だし、まるっきり嘘ではない‥‥‥と言えないこともないかもしれない。
「どうしました?」
やはり少し胸が痛んだので押さえていると、心配をおかけしてしまった。
空に浮かぶ月のように綺麗な金の瞳が心配そうに僕の事を下から覗き込んできていらっしゃる。
「ナセリア様の事を考えると胸にチクリとした痛みが走ったのですが、もう大丈夫です。午後からの授業までには戻りますから」
「そうですか。気をつけて、ちゃんと戻ってきてくださいね」
ナセリア様は雪のような頬をほんのりと朱に染められながらお見送りをしてくださった。
まさか気づいていらっしゃらないだろうとは思うけれど、何となく内緒にしてしまっているのを悪いことのように感じてしまった。




