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受勲

 領地の統治というのが貴族の方の主な仕事であり、収入源だということらしい。

 望むと望まざるとに関わらず、貴族として生まれた、あるいは生まれなかったという違いは個人の意思とは関係なく生じるもので、仕方のないことだろう。

 土地を管理する代わりに、税を徴収し、それによってさらに暮らしを良くしてゆく、というのは、まあ、理想ではあっても、実際に出来ているかと言えば、出来ているところがないとは言わないけれど、といった感じなのだろう。

 あってはいけない事なのだろうけれど、国を治めているのも人間である以上、どうしても片付ける仕事に順番はつけられてしまう。同時にいくつもの案件を処理できるほど、人手は余ってはいないのだから。

 では、人をたくさん雇用すれば良いのかというと、そういう問題でもないらしい。

 例えば、総務長官でいらっしゃるトラバール様の下には、部下の方もいらっしゃるという事だったけれど、皆様それぞれ仕事をたくさん抱えていらっしゃるということで、いつもぎりぎりの態勢だという話で、それは溢れ返っていたあの書類の山からも推測できる。


「ああー、では、貴殿の言い分としては、他の領地からの案件にかかりきりだったため、この孤児院の件に関しては疎かになっていたことは認めるものの、今回のように暴力的な手段をちらつかせることは不本意だったと?」


 玉座に腰かけられた国王様が気の乗らない感じでおっしゃられる。

 おそらく、今日の夕刻には戻られるであろう姫様、若様のことが気になっていらっしゃるのだろうけれど。

 案の定、王妃様に、言葉は交わされず、いっそ怖いほどににこやかなお顔で微笑まれて、しっかりと居住まいを立たせられた。


「その通りでございます、陛下。税の徴収は私共の仕事でもありますので」


 それはこの孤児院、その地域に限った話ではなく、リーベルフィア、ひいては大陸のどこの国を探しても、多少の違いはあれども、どこの貴族の方もそうなのだという事だった。


「そもそも、孤児院が建てられなくてはならない現状をこそどうにかしなくてはならないのだが、それに関して個々を問い詰めることは不可能に近いからな‥‥‥」


 国王様が、どうしたものかと大きく溜息をつかれる。

 国王様のおっしゃる通り、そもそもなぜ孤児院が存在しなくてはならないのかということだけれど、両親と死に分かれたか、或いは捨てられたのか、もしくは人攫い、はたまた都合により引き裂かれた、理由はいくつも思い浮かぶけれど、子供たちにそれを聴いたとして、どれだけの人数が理解しているのかもわからないし、思い出したくもない記憶を無理やり思い出させるというのも心情的に難しいだろう。

 もちろん、以前クレネスさんにしたように、無理やり記憶を引き出すことも、出来ないことはないのかもしれない。

 しかし、赤子のころに別れたのだとすると、はっきりとした記憶が残っていない可能性が高く、こちらとしてはあまり情報を得られなかったにもかかわらず、記憶を思い起こさせてしまったご本人には辛い思いをさせてしまうという可能性を否定できない。


「国家として買い上げるわけにはいかんしな」


 国として正当な理由––その方が反乱を企てた、罪を犯した等––もなく貴族の方が統治している領地を取り上げ、もしくは買い上げてしまえば、自身に被害が及ぶかもしれないと、反乱とまではいかずとも、似たような騒ぎが起こる可能性を否定できない。

 では、個人として、現在の孤児院の情勢をどうにかしたいと思う方がいらっしゃるのかと言えば、出来るのはそれこそ爵位をお持ちの方くらいではあるのだろうけれど、その方達も自身の領地をお持ちのはずであり、他の領地に関する問題に関しては、基本的に無関心を貫くだろう。現に、今、玉座の間に集まっていらっしゃる大臣、文官の皆様の中から声が挙げられることはなかった。


「––国王様。発言をお許しください」


 では誰がやらなくてはならないのか。

 このまま何もせずにいたのでは、僕があの場で間に入った意味がなくなってしまう。その場の暴力を止めただけでは、解決とはなり得ない。


「発言を許そう、ユースティア魔法顧問」


 たしかに僕はたまたまあの場に居合わせただけかもしれない。

 けれど、解決できるかもしれない力があって、それでも何もしないでいたのでは、彼らを見殺しにするのと何の違いがあるというのだろう。

 僕は誓ったはずだ。彼らのようにはならないと。

 国王様を真っ直ぐに見つめると、何だか僕がこれから言おうとしていることを予想されていらっしゃるかのようで、何故だか少し憂い顔を浮かべていらした。


「孤児院の建つ領地に関する件ですが――私が購入致します」


 ざわめきが広がる。

 ニール院長は驚きを通り越して、無表情とも思えるポカンとした表情を浮かべていらっしゃり、ウェルシャーナ伯爵は、何を言っているんだこの子供は、と言いたげな表情を浮かべていらした。


「あの、魔法顧問殿。失礼を承知で申し上げますが、額に関してはご存知で?」


「はい、存じ上げております」


 借用書から計算したその額は、ほとんどの貴族の家であれば破産も考えられるだけの額に上っていた。

 その契約に関して、不当だとか、そういったことを言うつもりはない。

 当人間の問題だとか、そんな他人事のようなことではなく、僕にはその契約に関して何か言えるだけの知識がないからだ。

 もちろん、僕が今までにいただいている給料は相当なものではあるのだけれど、それで足りるようなものではない。

 給料では、だけれど。


「アザール団長」


 アザール団長は魔法師団に属していらっしゃる魔法師の方の中で、コーマック前魔法顧問様の下についていらした方だ。

 つまり、魔法師団で1番偉い方だという考え方が出来なくもないのだけれど、師団の皆さんは、どなたもその考え方をなさる方はいらっしゃらない。


「団長など、あなたにお譲りしましたものを」


 コーマック前魔法顧問様よりも随分とご高齢に見えるけれど、実力主義であるため、次席についていらしたということだ。

 実力という事であれば、すでに現在の実力は、当時のものと比べ物にならないくらいだとは思うのだけれど。

 団長という役職に関しては、例えばロヴァリエ王女を学院に案内したときだとか、ラノリトン王国、リンウェル公国へ出向いていた時に、僕の代行を務めていただいたりもしたという、そういう役職だ。


「魔導書の印税等はどうなっているか、ご存知ですか?」


 魔導書は国内はもちろんの事、ヒエシュテイン皇国、リディアン帝国、ラノリトン王国、リンウェル公国、その他、国境を接していない他国にまで、原書ではないにしろ、複製や、短くまとめられたものなども販売されていて、それらの収益から何割かが編集者である僕たち魔法師団のところにも入ってきている。

 もちろん、国王様に命じられたことではあるので、国庫にも入ってはいるのだけれど、それを差し引いてなお、とても使いきれないほどの額が魔法師団の管理下にある。

 それらは、師団の全員で分ける物ではあるけれど、師団の皆さんからどうしてもと言われ、僕は使い道もなくそれらを受け取っていた。


「はい。ただいまお持ちいたします」


 そうして提示された額は、もう何だかよく分からない額に達しており、件の土地を購入しても、まだまだ、どころか、普通に暮らしていたのでは、まず一生のうちで使い切ることは不可能だろうという額にまで達していた。


「というわけで、あの土地の買取に関して、これ以上何か問題がございますか?」


 元々、それ程真面目に管理なさってはいらっしゃらなかった場所だ。

 土地だって資産なのだし、正当な料金を払えば購入できないこともないだろう。


「ですが、しかし‥‥‥」


 もっとも、個人の資産ではあるわけで、売買の自由は現在の所有者、この場合ではウェルシャーナ伯爵が売らないとおっしゃるのであれば、購入は出来ないけれど。

 その場合、孤児院を管理するために買取を申し出た僕の提案を断ったにもかかわらず、いまだに碌な手当ても下さずにいる、というレッテルを張られることになる。

 それは貴族の社会において、致命的ではないにしろ、良いものではないのではないだろうか。

 結局、ウェルシャーナ伯爵は土地の売却に関して許諾された。

 そうして、あの孤児院は表向き、僕が所有する土地のものとなったわけだけれど。


「では他に、孤児院に関して何か発言のあるものは?」


 国王様が玉座の間を見渡されるけれど、どなたからも発言はなかった。


「では続いて、ユースティア現王室魔法顧問に爵位を与える式を執り行う」


 国王様が合図をなさると、扉が開いて、証書を持った大臣の方達が入っていらした。

 随分準備が早いと思って国王様のお顔を見ると、してやったりというお顔を浮かべていらした。

 土地をいただいてしまった以上、仕方のない事なのだけれど、なんとなく、全て国王様の思い通りに動かされているような気がしないでもない。

 しかし、やりたいことをするのに必要だと言われれば、仕方がない。

 とはいえ、勲功爵くらいだろうと思っていたのだけれど、与えられたのは辺境伯の地位だった。


「ではこれにて授与式を終了するものとする。ああ、そうだ、ユースティア魔法顧問、いや、辺境伯殿。そろそろ、我が愛しの娘たちを迎えに行ってはいただけないかな」


 国王様が僕に何だか立派な証を下さり、貴族たるものなんたらかんたらとかいう長い台詞を読み上げられた後、悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべてそのようにおっしゃられた。



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