孤児院に関する話し合い
ユニスに何も言わずに出てきてしまったことを少し気にしていたのだけれど、ルシルクさんとルーミさんは、その辺りに抜かりはなく、メモにして残してきてくださったという事だった。
今回の事態の解決には明確に期限が存在する。
いつもはないということではなく、今日の夕刻には、姫様方、若様方をお迎えに行かなくてはならないため、それまでに事態を収拾させなくてはならない。
だからといって、僕に何かが出来るわけではないのだけれど。
「少し落ち着いて、ユースティア」
正面に座られたルーミさんが、そわそわとしていた僕を注意してくださる。
ちなみに、ルシルクさんとルーミさんはメイド服で、トラバール様は、僕が現在着ている、僕と同じような式典用のきっちりとした服を着用なさっている。
「大丈夫よ。焦らなくても、ユースティアの名前を出して約束したのでしょう? 国王様のご許可もいただけたのだし、それをもしも破るような事をすればどうなるか、仮にも契約書なんか持ち出してくるような相手が分からないはずはないわ」
彼ら、あの孤児院に手を出そうとしていた人たちは契約書を持ち出していた。
ユニスによれば、それらは効力なんてほとんどないも同じだという事らしかったけれど、少なくとも、あの時の口ぶりからすれば、あれが最初の訪問というわけではなさそうだった。
僕たちが絡んだことで予定を前倒しにすることはない、とは言い切れないけれど、おそらく、昨日の今日で、あの時間帯から孤児院ごと壊し尽くしてしまうことはほとんど不可能だろう。
実際にやろうと思えば、魔法で破壊することは可能だろうけれど、その場合、死傷者を出さないようにするためには、あの院長先生や、子供たちを一旦外へと追い出す必要がある。
契約書があろうとも、あの場を僕が預かった以上、それでその場は保存されているはずであり、破っていれば規約違反となる。
「それは、はい、わかってはいるのですけれど‥‥‥」
仮にも(仮ではないのだけれど)王室魔法顧問と交わした契約を違反するようなことは、彼らもしないだろう。
そのことは理解しているのだけれど。
「そんなに不安なら、お姉さんが抱きしめてあげましょうか?」
「えっ」
僕が答える前には、馬車に揺られているというのに、腕を前に引っ張られて、ルシルクさんの豊かな程よい柔らかさの胸の中に抱きしめられていた。
決して、誰と比べているというわけではないけれど。
そもそも、ナセリア様のお胸は現在成長途中という事であって、年の離れたルシルクさん達と比べられるものではない。
別に、ナセリア様のお胸を計測しているわけではないけれど。
それに、女性の魅力は胸囲で決まるわけではなく、いや、もちろん、それも魅力の1つではあるのだけれど––
「ユースティア。少しは落ち着いた?」
「はっ、はい。ありがとうございました」
今度は別の意味で緊張してしまっていて、返事が少し遅れたことを咎められるか思ったけれど、そのようなことはなかった。
トラバール様は微笑ましいものを見るように目を細めていらして、
「私も後20いや、30若ければ‥‥‥」
などと呟かれていたけれど、隣に座っている僕にしか聞こえていなかった様子だった。
もちろんそこに、トラバール様には奥様もいらっしゃるのでは? などという突っ込みを入れたりはしなかった。
「良い? じゃあ、この後の段取りを確認するわよ」
ルシルクさんが人差し指を立てられて、出かける前にも軽く話し合ったことだけれど、この後の予定をもう1度話される。
僕たちが乗っている馬車の後ろにも、もう1台、別の馬車が付いて来てくださっている。孤児院の方をお乗せしてお城まで運んでいただくためだ。
この場にトラバール様をお呼びしたのは顔を合わせる必要があるためと、その後の流れをスムーズに行うために、ある程度は話し合っておかれるためだということだ。
ルーミさんとルシルクさんがいらしてくださったのは、トラバール様の補佐や、孤児院の皆様にも安心していただくため、こちらもそれなりの態勢は整えておいた方が良かったのと、騎士の皆様では威圧させ過ぎてしまうのと、現在お城の警護に就かれていらっしゃるためだ。
もちろん、僕の役目は皆様の護衛だ。
クライスト氏の護衛、もしくは孤児院側に圧力をかけるためにいらしていたあのツェッドと呼ばれていた方を含む男性の皆様––おそらくは用心棒のような仕事に就いていらっしゃるのだろう––が実力行使に出ないとは、おそらくはないにしても、こちらとしても対抗できるだけの戦力がありますよ、と示しておくのは間違いではない。
もちろん、フィスさんやユニスの件から、お城に仕えていらっしゃるメイドの皆さんの戦闘力が低くはないことは十分に承知しているけれど、トラバール様や孤児院の皆様を守りながら、となると、完全に安心することは出来ないだろう。
僕がこの件に関する最初の関係者だという事、向こうと顔を合わせているのが、お城では僕とユニスだけ、この場では僕だけだということも起因している。
当然、契約の魔法の件もある。
「じゃあ、行きましょうか」
僕は先に馬車から降りて、姫様達のときとは違い台は用意しないけれど––そもそもこの馬車には載せられていない––トラバール様から最初に、ルーミさんとルシルクさんのお手をとらせていただいた。
「じゃあ、私は孤児院の中から呼んでくるからここで待ってて」
僕たちがついたときに、クライスト氏以下、ウェルシャーナ卿に仕えていらっしゃる方はお見えではなかった。
ルーミさんは相手よりも先に辿り着いたことに小さくガッツポーズをされ、ルシルクさんと一緒に孤児院の中へと、おそらくは院長様をお呼びしに行かれた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
お顔だけは拝見させていただいていた初老の男性がいらっしゃったので、そういえば昨日はまともに自己紹介などさせていただいてはいなかったなと思い出し、順番に自己紹介をすることにした。
「昨日は挨拶も出来ず、申し訳ありませんでした。私は、当孤児院で院長を務めさせていただいております、ニール・グリリームと申します。私どもが解決しなければならない問題を宮仕えの方に––」
ニール院長様のお言葉を、ルーミさんが遮られる。
「ニール様。そのようになさる必要はございません。このようになるまで放置してしまった私共にも責任が御座います。どうかお顔をお上げください」
それから、ニール院長様に簡単に現状をお話しいただいた––僕たちが知っていた情報と違うところや目新しいことはなく、確認の意味合いが強いものとなった––ところで、相手方の馬車が到着された。
相手、昨日お会いしたクライスト氏が馬車から出て扉を開いたまま頭を下げられると、中からコート姿の、帽子をかぶり、ステッキを持った、細身の男性が出ていらした。
「お待たせして申し訳ありません。私がアルザック・ウェルシャーナです」
第三者である僕たちが挨拶をするというのも変なのかもしれなかったけれど、取り敢えずの顔合わせを済ませた僕たちは、懸念していたように、この場で実力行使に出られるようなこともなく、戸惑われている孤児院の皆様を馬車へとお送りした後、お城へ向かって出発した。




