得意分野ならば分担する方が効率も良い
結局、明け方近くまで僕はルーミさんとルシルクさんを手伝ってトラバール様の部屋の片づけをしていた。
最初にいただいた孤児院に関する資料はすぐに収納の魔法を使ったので無事だったけれど、その他の書類は片付ける過程で曲がったり、古いものだと破けたりして大変だった。
僕は1つ1つに保存と保護の魔法をかけて回り、ルーミさんとルシルクさんは恐ろしい速さでそれらを種類ごと、年代ごとに仕分けてくださっていた。
しかしそれでも、4人で片づけるのには量が多すぎて、中々終わりは見えてこない。
「なんだか申し訳ないね」
「そうおっしゃられるのでしたら、普段から私たちの掃除を受け入れてください」
「ご自分でも整理整頓という言葉を勉強なさってください」
中には保存状態が悪く、紙質が古いものもあったので、それらは複写の魔法を使って新しい紙に完全に再現したりもした。
「私たちは明日お休みだからいいけれど、ユースティアは明日、いえ、もう今日かしら、朝から用事があるのでしょう? 片付けは私たちに任せて少しでも寝ておいた方が良いんじゃないかしら?」
「ありがとうございます、ルシルクさん。けれど、大丈夫です。この程度であれば問題はありません」
ここへ来た当初はまだ慣れていなくて、感謝祭の前などはナセリア様にご心配をおかけしてしまったこともあったけれど、リーベルフィアへ来てのお城での生活にも大分慣れた。今ならば、数日程度の徹夜であればさほど問題なくこなすことが出来る。
「もちろん、今後の仕事に支障をきたしたりも致しませんのでご安心ください。お城の防衛も、孤児院の件も、姫様方のお迎えの件も、どれも問題ありません」
そうお答えすると、ルーミさんとルシルクさんは揃ってため息を吐き出された。
「‥‥‥はあ、もう諦めましょう。実際に何か問題があったわけではないのだし、私たちがこれ以上言っても無駄だと思うわ」
「そうね。後は、申し訳ないけれど、姫様に期待するしかないわね‥‥‥」
それほど心配なさらずとも、お城の防衛を怠ったりはしないし、僕だって流石に自分でまずいと思うことくらいは合って、そのときにはちゃんと睡眠をとるようにもしている。今、眠らないで活動しているのはそれでも問題ないと判断しているからだ。
「どうも皆様お手を煩わせてしまい……」
ようやく片づけが終わり、一息つきかけたところでおっしゃられたトラバール様の感謝の言葉をルーミさんがぴしゃりと遮られた。
「迷惑だ、などとは思っておりません、トラバール様。ただ、そのように思われたのでしたら、今後は定期的に私たちがこの部屋に立ち入って掃除をすることをお許しください。正直に申しまして、お城の中にこれほど片付いていない部屋があったというのは、中々に耐えがたいものでしたから」
仕立てに出ていらっしゃるようなおっしゃり方でも、口調は大分強いもので、断ることは許さないというような雰囲気を放っていらした。
トラバール様が頷かれたところで、ルシルクさんが紅茶を入れてきてくださった。
広くなった部屋では、4人がお茶をするスペースも確保できている。
「––っと、こんなことをしている場合ではありませんでした。申し訳ありませんが、私はこの後、出かけるまでに資料を読み込んでおかなくてはいけないので‥‥‥」
退席しようとした僕を、ルシルクさんとルーミさん、それにトラバール様が引き留められた。
「大丈夫ですよ。それほど読み込まれずとも、私もついて行くことにしますから」
「ですが、トラバール様には他にお仕事もあるのでは?」
終わらないほどの書類の束を見て、いや、整理したからこそ、やらなくてはならない分が明確に把握できて、その上で僕に付き合ってくださる時間が捻出出来たということだろうか。
もちろん、付いて来て下さるのであれば心強いけれど。
「ユースティアは、まあ、実質フリーみたいなものだけれど、明日、いや、今日はユニスは仕事でついてゆけないでしょう? 買い出しだって、昨日行ったのだから、ユースティアが持って帰って来てくれた分を考えると、明日は必要なさそうだし」
聞いていて少しへこんだけれど、ルシルクさんのおっしゃることはその通りで、防衛等は抜きにして考えると、暇になってしまうほどには僕に仕事といえる仕事はない。
勉強は、したい事だけれど、しなくてはならない事ではない。
「だから、ユースティアは少し寝ておきなさい。資料とかを読むのは私たちがやっておくから。ユースティアだって、貴族の利権がどうのこうのって話は得意じゃないでしょう?」
たしかに、僕が読んだところで、だから結局何なの、ということになりかねない。というよりも、絶対にそうなる。昨日も権利書関係のことはユニスに任せてしまったし。
「それよりも、相手の出方を考えるに、暴力的な手段に出た時にか弱い私たちを守ってくっれる人が居ないと」
ラノリトン王国における神殿等でのやり取りを知っている僕からしてみれば、首を傾げたくもなるような内容だったけれど––主にか弱いの部分に関して––そんなことをすれば、あの時の事を説明しなくてはならなくなるわけで、そうでなくともそんな命知らずな行動に出ようとは思えない。
「––何か言いたげね、ユースティア。怒らないからお姉さんたちにちょっと言ってみなさい?」
ルシルクさんも、ルーミさんも、笑顔だけれど、もう、何というか、怖い。
「––いえ、お美しいお二方が付いて来てくださるのであれば、これ以上に心強いこともありません」
下手な誤魔化し方だったけれど、むしろ誤魔化せていたのかどうかすら怪しかったけれど、一応、納得はしてくださったようで、それ以上何か言われたり、されたりすることはなかった。
「じゃあ、そうね、2時間後くらいには早めの朝食にして出発しましょうか。その時間になったら起こしに行ってもいいけれど」
「ありがとうございます。ですが、そこまでの心配は不要です。きっかり2時間後、私の方から厨房の方へ顔を出します」
資料を片手に手を振られるルシルクさんとルーミさん、それからトラバール様に一礼して、僕は自室へ足を向けた。




