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買い出しとやりたいこと 2

 道の先では、大男が剣を構えていて、今まさに振りぬこうとしているところだった。


「やめてください! なぜここを襲われるのですか! ここはただの、何の変りもない、普通の孤児院ですよ!」


 壊れかけた門の前で、女の子を庇うような格好で背中を向けている初老の男性に、子供たちと、ユニスと同じくらいの年齢に見える長い黒髪の女性が怯えた目を向けていた。


「何故だって? そりゃあ、領主様からのお達しで、ここの奴らが土地代を払わないから徴収してきてくれと頼まれているんでな」


 もう1人が、


「金銭で払えねえってんなら、別のもんで払ってもらうしかねえだろ。それかここから出て行くかだ。どっちも大して変わらねえとは思うけどな」


 彼らにも言い分はあるのだろうし、事情もあるのだろう。関係のない僕が口を突っ込んだり、手を出したりしては、巡り巡ってナセリア様達にもご迷惑が及ぶかもしれない。

 しかし、僕は僕の信念を曲げることは出来ない。

 あの時には間に合わなかったけれど、この手で救うことのできる命があるのであれば、助けることに躊躇したりはしない。

 後から各方面には謝ろう。


「ユースティア。大丈夫。私も一緒に報告してあげるから」


 ユニスが声をかけてくれる前には、僕はすでに魔法の行使を終えていた。

 再び振りぬかれようとしていた剣が、障壁によって弾かれる。弾かれた衝撃で、男の手を離れて近くの地面に転がった。


「お待ちください!」


 視線が僕とユニスの方へと集まる。不審そうな目を向けているのは、ユニスがメイド服を着ているからだろうか。

 お城の仕事中なので、当然ユニスは買い出し中もメイド服だった。僕も、式典で着させられる服ではないけれど、普段お城で来ている、姫様方に魔法の授業をするときのような服装をしている。学院の教師の方よりも立派な服といったところだろうか。

 この服、というよりも、基本的にお城から支給される服しか持っていないわけだけれど––女装させられた時の服は除いて––どれも皆高そうな生地が使われていて、仕方ないと分かってはいても、何となく気持ちは落ち着かない。

 そんな僕の個人的な感情は今は関係なく、とりあえず高そうな物を着た、メイドさんと一緒にいる魔法師が現れたという状況は、彼らに手を止めさせるには十分だったようだ。


「‥‥‥何者だ、お前達」


 普段接する方達が皆ご存知なので、すっかり忘れそうになっていたけれど、王室魔法顧問と言って知っていてくださるとか、普段から関心があるという方はほとんどいらっしゃらないのかもしれない。

 お城に騎士団や魔法師団があることは知っていても、その中の誰誰がどうこうというのは知られていないことも多い。

 流石に、姫様や若様、国王様や王妃様のお顔をご存じないということはないだろうけれど。

 いや、それにしても、僕は前の2つの世界での最も偉い方の名前や顔なんて知らないから、案外、そちらも知られていないかもしれない。


「おい! 何とか言ったらどうだ!」


「ツェッドさん、少し黙ってください。彼らは––」


 奥から出ていらした、ツェッドと呼ばれた男性とは似ても似つかないひょろっとした体型の、高価そうな服を着た、黒い髪の男性が、何か説明をしてくれそうだったのだけれど。


「人に名前を聴くときには、まず自分から名乗るものじゃないかしら」


 タイミングが悪かったのか、ユニスがそれを遮ってしまった。

 別に名前を教えるくらいは構わないのではないかとも思うのだけれど、ユニスは喋るつもりはないらしく、エプロンドレスの内側からナイフを取り出す。やはり、ユニスもそこに得物を持ち歩いているらしかった。


「ユニス、名前くらいは良いと思うけれど。それで事が収まるのなら」


 自慢をするわけではないけれど、王室魔法顧問、あるいは、魔導書の主編集者のユースティアというのは結構知れ渡っているらしい。

 少なくとも名前に関しては、この国でも、学院の生徒や教師の皆さん、買い出しに出かけた時に会う街の人達、果ては他国から手紙やお姫様がいらっしゃるくらいには。

 僕自身、この名前は最も大切なもので、それこそ誇りに思っているけれど、それを振りかざす趣味はない。けれど、それで事が収まる可能性があるのであれば、この名を出すことに躊躇はない。


「申し遅れました。私の名はユースティア。僭越ながら、王室の魔法顧問などを務めさせていただいている者です」


 魔法顧問の証を取り出して示しながら、頭を下げる。

 少しは効果があったようで、とりあえず、暴力には至らず、こちらへ注目してくださっているのが感じられた。

 他の人が動き出す前に、僕とユニスは彼らとの距離を詰める。


「出過ぎた真似であることは十分に承知しておりますが、これも何かの因果、どうか私どもに事の次第をお教え願えないでしょうか」


 一応、こちらの話は分かっていただけたらしい。

 男たちはごそごそと荷物を漁ると、古びた数枚の紙を取り出した。


「申し遅れました、私はウェルシャーナ卿の下に仕えております、クライスト・ヘーゲルと申します。この地はこのようにウェルシャーナ伯爵の領地なのですが、勝手に孤児院などを建てられてしまっていたので、その件に関して説明を求めていた、というところです」


 クライスト氏は土地の所有に関する権利書––おそらくは写し––を見せてくださった。僕にはよく分からないので、ユニスにそちらは任せることにした。


「たしかにそう書いてあるわね」


 ユニスがそう答えると、クライスト氏は満足げな顔を浮かべられた。


「それで、この孤児院に関する権利書の類はこれだけなの? 写しは別にして、種類的にはこの1枚だけかしら?」


「そうですが?」


 それが何か、とでも言いたげなクライスト氏に、ユニスは権利書の一部分を指差して、


「ここには賃貸料を払えば土地の借用も認める、といった内容が明記されているわよ。貸し出しているにしろ、合意によるものなら、強制的に退去させることは出来ないはずだけれど? 払うもの、ってさっき言っていたけれど、それは一体いくらなの? もし、ずっと長い年月のものなら、直接こちらに回って来ても良い案件に思えるけれど?」


 こちらというのはお城の事で、お城に回ってきている案件ならば、すでに誰かしらが派遣されてきているはずである。

 金銭等の借用に関する法律も定められていて、それに触れるようであれば、然るべき機関にも報告は上げられてきているはずであり、それによってこちらにも誰か担当の方が居るはずなのだという事だった。

 もし何かおっしゃられれば、今すぐに念話でお城にいる魔法師団の方にでも連絡をして、担当の方に確認を取っていただこうかと思っていたけれど、そうはならず、彼らは何やら集まって話し込まれていらした。


「とりあえず、この場は私が預からせていただいてもよろしいでしょうか。出来れば明日、私が許可をいただいて参りますので、是非、然るべき場所で改めて主張されるようご報告いただけないでしょうか。必ず、その場を設けていただけるよう、進言いたしますと、私がこの名に懸けてお約束いたします」


 こういう時に限っては、普段は仰々しいものは落ち着かないと思っている自分の肩書が役に立つのだから、何とも言えない気分になる。

 先程の買い物の中から、紙とペンを取り出すと、今の問題に関する内容をまとめて、最後に自身の名前でサインを入れると、契約に関する魔法を使う。

 紙が光り、僕に魔法が掛けられたのと同様に、彼らにも魔法が掛かったようで、違和感を感じられたのか、身体を見下ろされたりしている。


「契約に関する魔法は魔導書にも記してありますので、そちらを読んでいただければご理解いただけると思います。何かご質問でもありましたら、今、私に答えることのできることでしたら何なりとお答えいたします」


 そっちのメイドさんの3サイズは、などと聞かれたらどうしてやろうか、と思っていたけれど、何も質問をされたりはしなかった。


「こちらの提案を呑んでいただき、感謝いたします、クライスト様」


「いえ。それでは」


 クライスト氏と雇われの方達が去ってゆかれ、とりあえず、僕とユニスは息を吐き出した。

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