買い出しとやりたいこと
当然の事だけれど、姫様方がご友人宅にお泊りになっていらっしゃるため、魔法の授業はお休みだった。
少し寂しくもあったけれど、それはその分自分の勉強に時間を割くことが出来るということで、お城に戻ってきてから早速図書館で書物を読みふけった。
姫様方がお戻りになられるまで数日あるのだし、その間、しっかりと集中して勉強が出来る。
図書館で勉強などしていると、ミラさんが見てくださったり、偶にやって来るユニスたちも得意な分野を教えてくれたりして、大分捗った。
ギルドの方からあげられてくる報告書の整理や、それに伴う調査には別の方が出向かれているということで、魔法師団の方で僕に出来る仕事は特になく、エイリオス様のお誕生日の準備をするにもまだ少し気が早い。
何かお城で出来ることはないかと思ってみても、大抵すでに役割が決まっているので、忙しい時ならばともかく、やれることはほとんどない。
翌日の朝方には魔法師団の皆さんの練習に付き合わせていただいたり、騎士団の皆さんの訓練に混ぜていただいたりもしたけれど、それ程長い時間を過ごすことが出来る訳でもない。
「どうしたの、ユースティア。ため息なんかついていると、幸せが逃げていくわよ」
勉強ならばいくらでもできるだろうと部屋に入ろうとしたところを、洗濯物を干し終えたところらしいユニスたちに捕まった。
「やることがなくて死にそう、って顔に書いてあるわよ」
それは主に、お城での仕事の役割分担がはっきりしていて、僕に出来ることがほとんどないからなのだけれど。
普段は姫様方に魔法をお教えする授業を受け持っているため、何もしないで食べ物と寝床を貸していただいているという罪悪感もそれほど感じているわけではないのだけれど、こう、仕事がないと、落ち着かないというか、逆に不安にすらなって来る。
いや、お城の防衛をするために備えるというのも、代えの効かない大事な仕事だというのも分かってはいるのだけれど‥‥‥。
無理やり思い出さずに覚えている記憶の最初のころから、暇があれば、働いていたり、食べ物を得るために走り回っていたから、こんな風に何もせずただぼうっとしている時間が凄く不安に思えてくるだけだ。しかも、寝床と食事まで提供してくださる。ある種のダメ人間製造所(今の僕に限って)なのかもしれない。
「普通、そんな考え方にはならないわよ」
ユニスは少し呆れていて、それから思いついたように「そうだ」と言うと、
「そんなに暇なら買い出しにでも付き合ってくれる? ユースティアがいるとすごく便利‥‥‥助かるのよ」
だから、親切でもなんでも、こんな風に誘ってくれたのは助かったし、嬉しかった。
「ありがとう、ユニス。それからごめんなさい。気を遣わせてしまって」
謝ると、ユニスに「めっ」とおでこを弾かれた。
「私の方が、多分、年上なんだからね。いつでも頼ってくれていいのよ」
そう自分で言った後、ユニスは少しへこんでいた。
ここで、「ユニスはまだ十分若くて魅力的だよ」などと言おうものなら、どうなることやらたまったものではないので、余計な口は挟まずに、ただ、もう1度「ありがとう」とお礼を告げた。
「普通、お暇を出されたら喜ぶものだと思うけど、ユースティアは違うのね」
違うというか、暇を出されるという経験がほとんどないため、どうしたらいいものか戸惑っているだけだ。
ひどく自己満足が過ぎる言葉に聞こえるかもしれないけれど、誰かの役に立って働いていると思うことで、生きていてもいいのだという実感を得ていたのかもしれない。そんな考え方では、またナセリア様や皆さんに怒られてしまうかもしれないけれど。
「じゃあ、私は許可を貰ってくるから」
詳しいことは分からないけれど、国家としての財源を扱う部署とは別に、こういった買い出し等の出納官吏も似たような部署で行われているらしい。
「僕は馬車の準備をお願いしてくるよ」
まあでも、心の方が大分軽くなったことは事実で、ユニスと一時別れて、僕はお城の馬車でも、姫様方が使われるものではなく、こういった買い出しなどのときに使う馬車のところへお頼みに行った。
もちろん、飛行の魔法等、馬車を使わずとも良いのだけれど、1人ならばともかく、ユニスに付き合わせて貰うのだから、あまり冒険はしない方が良い。
◇ ◇ ◇
途中、フィスさん達に見つかって余計なことに巻き込まれそうになるのを回避しつつ、僕はユニスと一緒に馬車で街まで買い出しに出かけた。
昼の買い出しにはずいぶん遅く、晩の買い出しにはまだ少し早いこの時間、買い物に来ていらっしゃる方はあまり多くはいらっしゃらなかった。
「買い出しって言っていたけれど、そんなに買うものがたくさんあるの?」
「食材でしょ、布と糸でしょ、肥料にインクに紙に袋、それはたくさんあるわよ」
お城にはたくさんの部署があって、買い出しに出かけるついでにはこういった買い物を頼まれることがあるのだという事だった。
「だから、ついでとかじゃなくて、ユースティアが来てくれて本当に助かっていると思っているわ」
前に、買い出しは自分たちの仕事だから譲ったりは出来ないと言っていたと思ったけれど。
「私も来ているわけだし、まあ、あんまり細かいことは気にしなくても––」
「どうかしたの、ユニス?」
順調に買い物を終えていたのだけれど、途中でユニスが何だか難しそうな顔をして立ち止まった。
「これ、何に使うのかしら? 魔法師団の方からになっているけれど、ユースティア、何か知ってる?」
リストを見てみると、聞いたような、聞いていないような名前のものが並んでいた。
「えーっと、気になったら聞いてみればいいんじゃない。ちょっと待ってて」
僕は念話を送って、師団の皆さんに確認を取る。どうやら、新しい薬の調合に関する試しの素材らしかった。
「そういうのって、報告書が挙げられてるものじゃないの?」
僕が見落としていただけかもしれない。
「でも、頼んで来られたのはフィスさん達だっておっしゃっていたけれど。その分の資金も出されたという事だったし」
ユニスの方が知っているんじゃないの、と尋ねてみると、ユニスは、知らないわ、と首を振った。
「危ないものじゃなさそうな感じだったけれど‥‥‥」
少し動揺していた感じだったんだよね。
「まあ、考えていても仕方ないし、必要なものならば仕方ないわよ。行きましょう」
どこで売っているのかというと、少し道を外れた、裏路地のようなところだった。
怪しげなローブを着込んだ方に売っていただいて、それを収納したところで、入り組んだ路地の奥の方から助けを求めるような声が聞こえてきた。
「ユースティア」
「うん」
僕たちはそちらへ向かって駆け出した。
 




