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お泊りに際しての問題

 春の最後の月、翠の月の頭。

 暖かな春の風が、最後まで残っていたピンクの花びらを散らせる中、朝日を浴びながら、姫様、若様を乗せた馬車はお城を出発した。

 お城から出て、ご友人、とまではいかなくとも、お知り合いのところへ泊るというのは、姫様方にとっても新鮮で、大層楽しみな事のようで、フィリエ様などは、手紙をお書きになられた日から毎日毎日、残りの日数を、まるで物語に出てくる恋人と会うのを楽しみに待つお姫様のように––実際にフィリエ様は『お姫様』なわけだけれど––指折り数えていらした。

 エイリオス様は他の方のお宅にお泊りになることに対して、遠慮する気持ちがあったようにお見受けできたのだけれど、フィリエ様に


「お兄様ったら、そんなに私たちや、お母様、お父様に会えないのが寂しいのね。泣いちゃっても、そこに私はいないのよ? 抱きしめてあげられないのよ?」


 と煽られて、少しばかりムッとなさったご様子で、


「そんなことはない」


 とおっしゃっていらした。

 アルトルゼン様も、ご自分の下を愛する娘と息子が離れて行かれるのを––特に愛娘に対して––随分と寂しがっていらっしゃるご様子だったけれど、どうやら、子供が成長してゆくのを見るのは嬉しい事であるらしく、クローディア様に泣きついていらっしゃるように見せかけて、その実、ただべたべたに甘えていらっしゃるだけだというのは、その場にいた誰もが思っているだけで、口に出すようなことはしたりしなかった。


「何を持って行こうかしら? 双六? それともお菓子? お洋服はどんなものが良いのかしら? ねえ、お姉様、ミスティカも、お母様に頼んで、クッキーを焼きにゆきましょう」


 散らかすだけ散らかされたお洋服や、櫛やブラシなどの身の回りの物を鞄に詰めてから、ナセリア様とミスティカ様とご一緒に厨房へ向かわれようとなさったフィリエ様をクローディア様が捕まえられて、しっかり片付けなさい、と注意なさっている声が聞こえてきていたりもしていた。


「良いですか、姫様、若様。何か、少しでも気になることがおありになりましたら、すぐに念話で私にお知らせください。すぐ馳せ参じますので」


 姫様方をお届する行きの馬車の中、今までも何度も言ってきたことを、さらに繰り返す。

 いい加減、うんざりなさっていらっしゃるかもしれないけれど、今回、姫様と若様は別々のお宅に、それもお城ではない場所にお泊りになられる。お城の警備の仕事があるため、僕はお城を離れることが出来ないので、普段のように結界を使ったりして姫様方をお守りすることが出来ない。

 そもそも、僕は1人しかいないので、若様、姫様の泊まられるどちらものお宅にお邪魔させていただくことが出来るはずもないのだけれど。

 真面目に聞いてくださってはいるようだけれど、おそらく、ご自分で解決なさろうとしてしまわれるだろう皆様に、一応、釘だけはささせていただく。


「心配性ねえ、ユースティアは。大丈夫よ」


 そうおっしゃるフィリエ様に、僕が口を開く前に、ナセリア様が静かな口調で注意をなさっていらした。


「フィリエ。ユースティアが言っているのは、もちろん、あなたや私たちの安全も考えてはいるのでしょうが、同じくらいに、先方の事も、それ以外の方のことも考えているのですよ」


 よく分かっていらっしゃらないお顔のフィリエ様に、ナセリア様はより詳しい解説をなさった。


「もし、あなたや私がお邪魔している最中に事件や事故に遭遇した場合、誰が一番、その責を負うことになり、誰がどのように思うのか考えられますか?」


 仮に、そんなことには絶対させるつもりはないけれど、フィリエ様がご友人宅、今回で言うのであればメイリーン様のお宅にいらっしゃる際、襲撃でもされたのであれば、どなたが一番責を感じられるだろうか。

 メイリーン様のご家族か、クローディア様か、それともすぐに駆け付けられなかった、騎士の皆様か、魔法師団の皆様か。

 誰が一番、なんて順番をつけられるものではないのだけれど、少なくとも王妃様、国王様を含め、国民の皆さんが悲しまれるのは確実だ。


「分かりましたか、フィリエ。あなたに何かあれば悲しむ人がたくさんいるのだということを考えなくてはいけませんよ」


 フィリエ様に言い聞かせられた後、何だかナセリア様の視線が僕の方に向けられて、あなたもですよ、と言われているような気がした。


「はい、お姉様」


 フィリエ様は目を伏せられて、しばらく黙り込まれた後、小さな、けれどはっきりした声でそう応えられた。



 ◇ ◇ ◇



 馬車は先に姫様方を目的地へと連れて行かれた。つまり、メイリーン様のお宅だ。

 僕たちの乗った馬車が到着したのはお昼過ぎくらいの時間帯だった。

 到着したときには、随分と長い間待っていらしたのであろう、メイリーン様のご家族の皆様と、先日パーティーでお見かけした女性––女の子の皆様が、お屋敷の門の前まで出迎えに出ていらしていた。

 馬車が止まり、天鵞絨の台の上にナセリア様から順番に、フィリエ様、ミスティカ様、こちらにはお泊りにならないエイリオス様とレガール様が姿を見せられると、一層硬い表情をなさって、これ以上ないほどに背筋を伸ばされた。


「本日は、当アトライエル家へお越しいただき––」


「張り切っているところ悪いのだけれど」


 アトライエル家のご頭首様と思われる方が、おそらくは何度も考えられたのだろう台詞を、フィリエ様はピシャリと遮られた。

 途端、その場にいらしたアトライエル家の方を含む、ご令嬢の皆様までもがびくりと肩を震わせられた。

 フィリエ様のお言葉は、内容こそまだ核心に触れてはいらっしゃらなかったものの、今の場をどう思っていらっしゃるのか、分かり過ぎるほど分かってしまう声音だった。

 それは、ミスティカ様とレガール様は違うにしても、ナセリア様も、エイリオス様も、同じお気持ちだったようで、フィリエ様を咎められたリはなさらなかった。


「私たちは『友人』として泊まりに来る、そういう風に手紙に書かなかったかしら?」


 自分より、10も、20も、それこそまさに親子くらいの年齢差のあるフィリエ様に対して、アトライエル家のご頭首様を含めて、その場にいらっしゃる方はどなたも言葉を紡ぐことが出来ずにいらした。


「あなた達は、私たち以外の、メイリーンの友人が来た時にも、同じような対応をするのかしら?」


 フィリエ様の言葉には、ナセリア様とエイリオス様は完全に同意であるようで、何もおっしゃられず、ただ黙って立っていらした。

 フィリエ様の、それからナセリア様とエイリオス様のおっしゃりたいことは分かる。

 しかし、いくら事前に報告したとはいえ、いくら先日お顔を合わせられたからとはいえ、そう簡単に王族の方への対応を準備できる、或いは変えられるはずもない。

 フィリエ様が不満に思っていらっしゃることは、こちらの皆様にとっては、まさに、文字通り、生活、或いは命に係わるかもしれない事なのだから。

 ナセリア様とエイリオス様が何もおっしゃられない以上、この場を収拾できるのは僕しかいなかった。


「フィリエ様。おっしゃることはまさにその通りだと思います。ですが、いくら事前に告知されようと、いくらこちらで構わないと言ったとしても、人の心はそう簡単に変えられるものではありませんから」


 フィリエ様の前に膝をつき、こちらの想いが伝わるように、慎重に言葉を選ぶ。


「たしかに、ロヴァリエ王女やリーリカ姫様の際にはこのような事はありませんでした。しかし、それは対等な立場の––少なくとも見かけ上は––関係だったからこそです。こちらがどう思っていようとも、そこに身分の違いという差は、明確に存在しているのです」


 ナセリア様が少しばかり寂しそうに瞳を伏せられる。


「最初から上手くいくとは王妃様もお考えではなかったことでしょう。クローディア様も、アルトルゼン様に見初められた際には、似たようなお気持ちだったのかもしれません。しかし、現在ではあのように、仲の良いご夫婦でいらっしゃいます。姫様も、この滞在中、は難しいかもしれませんが、もう少し長い目で関係を考えることがお出来になるはずです。そして、そうしていただけるだけの関係を築くことが、姫様にならば出来ると、国王様も、王妃様も、お考えのはずです。もちろん、私も」


 お説教ではないけれど、何様のつもりだと、そうとられても仕方のないような事を偉そうに言ってしまった僕の話を、黙って聞いていてくださったフィリエ様は思い直されたように、僕の方からアトライエル家の皆様の方へ向き直られた。


「失礼致しました。こちらの浅慮をお許しください。どうぞ、長くお付き合いいただけるのでしたら幸いです」


 まだぎこちなさはあるようだったけれど、御姉妹3人、きっとクローディア様のおっしゃられるような素敵な友人関係を築くことがお出来になるだろう。

 相手のご家族の皆様も、こちらこそ申し訳ありませんでしたと、頭を下げられた。


「では、どうか、姫様をお願い致します」


 僕は再びアトライエル家の皆様、ご令嬢の皆様に頭を下げ、エイリオス様達をお届けするべく、次のお宅へ向かった。

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