王妃様のお誕生日 7
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
フィリエ様のお言葉に引きずられていらしたかのように、頬を朱に染められたナセリア様が謝罪されながら僕の上からお退きになられると、部屋から出ていらしたご令嬢の皆様の中から「トゥエル!」という声と共に、1人の女性が進み出ていらした。
気の強そうな瞳をした、茶色い髪を左右で1つずつ跳ねさせた彼女は、トゥエルノート様と同じくらいの年齢にお見受けできた。
「あなた、こんなところで何しているのよ。男性は皆お庭にいるって聞いていたわよ? 大体そのせいでナセリア様が––」
見下ろされて、彼女の瞳が僕とナセリア様の後ろ姿をとらえる。見る見るうちに顔の青ざめられる彼女が何か行動を始められるよりも先に、ナセリア様が口を開かれた。
「す、すみません、ユースティア」
慌てられたご様子で、恥じらっていらっしゃるように、お顔を赤く染められたナセリア様が、僕の上からお立ちになられて、ドレスの裾を整えられる。
「いえ。ナセリア様にお怪我がなくて何よりです。私の方こそご迷惑をおかけいたしました」
僕も身体を起こすと、膝をついて頭を下げる。
抱き留めることが出来たような感触はしていたけれど、実際にお身体にも、ドレスにも、怪我や傷がなかったようで安心した。
それからナセリア様は、僕たちの後ろで言い争いを始めていらっしゃるおふた方へと視線をうつされた。
「申し訳ありません」
女性の方––たしか招待状ではメイリーン・アトライエル様とおっしゃられていたはずだ––メイリーン様は、僕たちが見ていることに気がつかれると、即座にトゥエルノート様の頭を掴んでご自身もご一緒に床に膝をつかれた。
「御見苦しいところをお見せいたしました。ナセリア姫様、重ねてユースティア様にも大変なご迷惑をおかけ致しました。大方、これが私たちのいる部屋へ来ようとしていたところを止めてくださっていたのでしょう」
「ちょっ、メイリーン、これって言い方はあんまりじゃ––イエ、ナンデモナイデス」
反論なされかけていらしたトゥエルノート様は、メイリーン様に睨まれて、背筋を伸ばされて、再び地面に頭をつけさせられていらした。
「さあ、皆、お姉様達の事は気にせず、向こうの方で遊びましょう。お母様が焼いてくださったチョコレートのバタークッキーは最高のお味よ。そうそう、ラノリトン王国産の双六なんかもあるのよ。『夫婦になるためのより良い7つの方法』とか、『竜の巫女の眠り歌』とか」
何事かと見に来ていらしたご令嬢の皆様は、主に僕とナセリア様に関して何か好奇の視線を向けていらしたようだったけれど、フィリエ様が––去り際にこちらに素敵なウィンクを飛ばされながら––上手く誘導してくださった。
おかげで僕たちは、見世物にされるよりも普通に話し合う機会を得ることが出来た。
「あ、あの、私は気にしておりませんから、顔を上げてください」
お顔を向けることは出来ませんと謝罪の言葉を口にされるメイリーン様が、ナセリア様のお願いに応じてくださったのは数分後のことだった。
「改めてお目にかかります。私は、アトライエル家長女、メイリーン・アトライエルでございます。ただ、今日この場では、クローディア王妃様のご意向により、ただのメイリーンであることをお許しください」
メイリーン様に––それはとても––よく言い含められていらしたトゥエルノート様も、改まったご様子で自己紹介をしてくださった。
これはご丁寧に、と、僕もメイリーン様にお顔を上げていただき、膝をつかせていただいた。
「こちらで魔法顧問を務めさせていただいております、ユースティアと申します。本日はお越しいただいたにも関わらず、お構いも出来ませんで、申し訳ありません」
メイリーン様もそのようなこと、と再び謝罪を申されて、このままでは延々と謝罪の応酬が続くだけと思われたため、僕たちは互いに同時に話を切り上げると、僕は僭越にも、ナセリア様のご紹介をさせていただこうと思っていたのだけれど。
「こちらに––」
「ユースティア。そのくらいは私が自分で」
ナセリア様に止められてしまったので、僕は頭を下げて、口を噤んだ。
「ナセリア・シュトラーレスです。どうぞよろしくお願いいたします。おふたりは仲がよろしいのですね」
ナセリア様がそうおっしゃられると、メイリーン様は何とも言えない、困ったようなお顔をされて、トゥエルノート様のお顔を見つめられた。
その視線を受けてトゥエルノート様が、おそらくは決め顔で、ウィンクを飛ばされたのを、メイリーン様が華麗に無視されると、トゥエルノート様は肩をすくめられた
「幼いころからの腐れ縁なんです」
今回のパーティーへの招待状はランダムに送られているはずなので、偶然といえばすごい偶然だ。
幼い、とメイリーン様が仰られた際、トゥエルノート様の肩が一瞬だけ震えられたのがわかった。しかし、トゥエルノート様はそのことを指摘されたりはなさらなかった。僕も、トゥエルノート様が反応なさったことに気付いたことは黙っていた。
おそらくトゥエルノート様にとってはメイリーン様がまだ幼く見えていらっしゃるのだろう。僕から見ればメイリーン様は、とても幼いとはお見受けできないけれど、昔からよくご存じの間柄ならばそういった意識も御有りなのかもしれない。
「では、ナセリア様。こちらの、トゥエルノート様は私がお連れいたしますので。メイリーン様、ナセリア様のこと、それからフィリエ様、ミスティカ様のこと、よろしくお願いいたします」
「あれ? 今いい感じに俺達もこっちに参加しようって流れになってたと思うんだけど? メイリーンだって俺がいた方がいいよね?」
メイリーン様はナセリア様と連れ立って歩かれながら首だけで振り向かれると、にこっと微笑まれるような笑みを浮かべられた。
「ユースティア様。ご覧の通りの愚か者ですけれど、どうかお付き合い、とまではいかずとも、末永く、手綱を握っていただけるようになってくだされば嬉しく思います」
トゥエルノート様にはひと言もお声がけなさらず、メイリーン様はナセリア様と楽しそうに会話を始められながら、会釈だけをこちらへ向けられると、お部屋の中へと戻ってゆかれた。
「トゥエルノート様。これ以上なさるというのでしたら、然るべき方達にお渡しすることになりますが?」
「わかったわかった。女の子を口説くのはまた今度、別の機会にさせてもらうよ」
「賢明なご判断です」
庭の方へ戻られるトゥエルノート様の後ろを僕は黙ってついて歩く。
庭まで戻ると、国王様に王妃様をお届けした旨をご報告した。
エイリオス様のご様子を窺うと、ヴァンスロート様を含めて、人の輪の中にエイリオス様もいらっしゃって、話し合ったりなさっているところのようだった。
「ユースティア、戻ったか」
僕がエイリオス様の前で膝をつくと、皆様からの視線を感じられた。
「ユースティア殿は魔法だけでなく、格闘も、それに料理や裁縫なども得意だとお聞きしました」
「多芸なのですね、魔法顧問殿は。一体、どのような修業、修練を?」
それからトゥエルノート様が今しがたの出来事を話されて、呆れられたリ、驚かれたりされながら、何だか心が温かくなるような時間を過ごさせていただいた。




